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ミントブルーの純情  作者: 洋梨
第3章 ダークグリーンの葛藤
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1


『ねえあお! みつくん彼女できたって本当?!』


 みかちんからの慌てた電話は、あの日から1週間もしないうちにやってきた。3回目のコール、何も考えずにスマホを手に取ってしまった。焦ったみかちんの声はやけに軽々しく聞こえた。例えるなら綿飴みたいな現実味のない話。



「え、何言ってるの?」

『だから、みつくん!彼女できたらしいけど!』

「え、知らなかったけど……」

『ほんとだよ!バスケ部の奴に聞いたもん。マネージャーと遂にくっついたって』


 バスケ部のマネージャー。咄嗟に思い浮かんだのはユカリちゃんの、みつのことを好きだと言った、あの可愛らしい照れた笑顔。

 短いスカートも、栗色の綺麗な髪も、整えられた指先も、いい香りのする香水も。誰が見ても、カワイイ、が似合う女の子。


「そうなんだ、全然知らなかった」


 やけに冷静にそう言って、指先で自分の毛先をくるん、とつまむ。ユカリちゃんのそれとは大違いだな、なんて捻くれたことを思いながら。


『私もびっくりだよー。みつくん彼女作るなんてさ。いつまでもシスコンのままだと思ってたなー』

「はは、そんな訳ないよ。みつだってそのうち彼女できると思ってたし、いつかは結婚するんだし……。むしろ遅いくらいだよ」

『まあ確かに、あの容姿だもんねえ。今までいなかったのが不思議なくらい』


 お風呂から上がって、髪を乾かして。まさに今、みつの部屋へ向かおうとしていたところだった。いつもみたいにジャンプの最新号を取り合って、何にもないみたいに、みつのベットに横になる予定だった。

 でもどうしてだろう、指先は、少しだけ震えている。

 実感が全然湧いてこない。みつに彼女ができた。いつか、ううん、そのうち、こういうことだって起きるって思ってた。ちゃんとわかっていたはずだ。

 みつに『いつばんのひと』が出来た。

 ─────みつに、恋人が出来た。

 改めて自分の中でその事実を繰り返して呟いてみても、ずっと実感がないままだ。シチューの中に時々混ざっている火の通っていないニンジンみたい。上手くかみ砕いて飲み込めない。

 いくらなんでも、突然すぎるよ、みつ。


「まあ、みつって、顔だけはいいからね」


 はは、と笑ってみせたけれど、下手くそな笑い方だなあと自分でも思う。おかしい、こういう時、作り笑いをするのは私の得意技のはずなのに。

 みつのいいところ、たくさん知ってる。顔だけじゃないってこと、むしろ私が一番知っているつもりだ。

 生意気で、口が悪くて、すぐに喧嘩するけれど。本当は誰よりも優しくて、努力家で、素直で、自分の気持ちに真っ直ぐな人。

 それなのに─────弟だから。こんな風に、みつのこと、言わなきゃいけない。私たちが、〝家族〟で〝姉弟〟だから。


『……あお』


 みかちんの、少しかすれた声が耳元に届く。いつも笑っているみかちんの、こんな声を私は初めて聞いた。


「なに? みかちん」


 私が出したわざとらしい明るい声に、失敗はなかったと思う。いつも通り。何年もこうやって笑って生きてきた。だから今回だって、大丈夫だって思ってた。


『……大丈夫?』


 不安そうなみかちんの声が私の耳に届いた瞬間、私は反射的に、通話終了ボタンをタップしていた。


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