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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

分水嶺の影

作者: 茶東為西(さとうなりにし)

葉月(はづき):上杉家に忠誠を誓う若い忍者。小柄だが敏捷で、鋭い感覚を持つ。


影虎(かげとら):敵対勢力の武田家に忠誠を誓う忍者であり、葉月の宿敵。技術は葉月と互角で、感情を一切表に出さず冷徹かつ合理的に行動する忍者。


時代背景:戦国時代、信濃川を中心とした地域の支配を巡り、上杉謙信と武田信玄が対峙する時期。


夜の静寂が山を覆い、月明かりがわずかに木々の間を照らしていた。


分水嶺の近く、葉月は息を潜めながらその場に立っていた。

冷たい夜風が肌を刺すように吹き、木々がささやくように揺れる。

彼の目は、眼下に広がる山々を鋭く見つめていた。遠くには、川の音がかすかに響いている。


この地は、両軍にとっての生命線だった。


「分水嶺を押さえることで、武田は補給路を確保し、信濃を制することができる。しかし、それを許すわけにはいかない。」

葉月はそう自分に言い聞かせ、使命の重さを再確認した。

分水嶺を武田に奪われれば、上杉の兵は補給を断たれ、戦の趨勢(すうせい)が大きく変わるだろう。そのためには、私自らが影虎を討つことが重要だった。


風が少し強くなった。


葉月は気配を感じた。敵の忍びが近づいている。その気配は鋭く、殺気を含んでいた。葉月の呼吸は自然と浅くなり、心臓が高鳴る。


彼は体を低くし、音もなく草むらの中に潜んだ。




突然、夜の静けさを破るように、影が素早く現れた。

暗闇に紛れるように現れたその姿は、間違いなく影虎だった。葉月は咄嗟(とっさ)に身を潜め、木陰から敵の動向を観察する。


影虎の動きは無駄がなく、音も立てずに分水嶺の高台へと進んでいく。


「ここで仕留めるしかない…」

葉月は冷たい汗が頬を伝うのを感じた。


忍びとして数々の任務をこなしてきたが、影虎との対峙は常に神経を張り詰めさせる。

彼の動きは鋭く、常に一歩先を読んで行動している。


葉月は影虎の背後を取るべく、静かに足を進めた。

わずかに地面が湿っており、その一歩一歩が重く感じられる。しかし、影虎もまた敏感だ。足音一つでも気づかれかねない。


影虎が立ち止まった。

葉月は息を呑んだ。


暗闇の中で、二人の間には緊迫した空気が流れていた。

影虎がゆっくりと葉月の方向に振り向く。

その目が暗闇の中で光るように感じられた。


「やはり、来ると思っていたよ、葉月。」

影虎の声は静かでありながら、どこか冷たさを帯びていた。


その言葉に葉月は答えず、ただじっと敵を見据えていた。


「分水嶺は武田に渡さない。それが私の使命だ。」

葉月の声も低く、しかしその言葉には決意が込められていた。


影虎との対決は避けられない。


二人の間には、これまでの対峙の記憶が流れ込んでいた。



葉月は一瞬の隙をついて、素早く動いた。

刀を抜き放ち、影虎に向かって斬りかかる。

しかし影虎はその動きを予見していたかのように、即座に後方へ跳躍し、葉月の攻撃をかわした。


「その程度では私には届かない。」

影虎は静かに言い放つと、素早く手裏剣を投げた。

葉月はその動きに即座に反応し、体をひねって避けたが、一つの手裏剣が彼の肩をかすめた。

鋭い痛みが走るが、葉月はそれを表情に出すことなく、再び刀を構え直す。


二人は、周囲の木々に音もなく動き回り、互いに攻撃を仕掛け合った。


刀と刀が交わり、その度に火花が散るような音が響く。


影虎の動きは鋭く、葉月にほとんど隙を与えない。一瞬でも気を緩めれば、命を奪われるだろう。



戦いは、木々の間を縫うように展開された。葉月は影虎の攻撃を避けながら、木の枝を足場に使い、高所からの攻撃を試みた。

影虎もまた、木々の影を利用して姿を隠し、急所を狙った手裏剣を放つ。



「葉月、お前はまだ甘い。」

影虎は静かに言ったが、その言葉にはどこか揶揄するような響きがあった。

葉月はその言葉に動じることなく、さらに攻撃を仕掛けた。




葉月は、影虎の攻撃の隙を突くために、動きを僅かに遅らせた。

その一瞬の遅れに影虎は気づき、刀を振り下ろしてきた。

葉月は目論見通りのその動きを読んでいた。彼は素早く体を反転させ、影虎の刀を避けながら、その勢いを利用して影虎の胴を斬りつけた。


「ぐっ…!」


影虎の苦悶の声が、暗闇に響いた。

彼は地面に膝をつき、片手で傷口を押さえた。

葉月はすぐに影虎に刀をむけ、その刀を喉元に突きつけた。


「これで終わりだ、影虎。」


葉月の声は冷静で、だがどこかに揺らぎがあった。彼の心の中で、影虎という宿敵を前にしての達成感と、戦いの虚しさが交錯していた。互いに命を賭けて戦ってきた相手を、ここで終わらせることにためらいがなかったわけではない。しかし、ここで影虎を討たなければ、分水嶺は武田に奪われ、上杉の敗北は避けられない。


影虎は、地面に膝をつきながらも冷たい目で葉月を見上げた。その目には痛みと疲れが漂いながらも、どこか諦めの色は見えなかった。


「お前が勝ったか、葉月…だが、まだ終わってはいない。」


影虎の声は弱々しくも毅然としていた。彼は、葉月が思っていた以上に強靭な精神力を持っていることを、改めて実感させられた。その時、葉月の胸に、ある疑問が浮かんだ。影虎が言う「まだ終わっていない」とは、何を意味するのか。


「何を言っている?お前はもう戦えない。」


葉月は影虎に問いかけるが、彼は口元にわずかな微笑を浮かべるだけで何も答えなかった。その瞬間、葉月は背後に新たな気配を感じ、即座に後方へ飛び退いた。彼が身を翻したその場所には、無数の手裏剣が突き刺さっていた。


「影虎が単独で来るはずがない…!」


葉月は瞬時に理解した。影虎は、自らが囮となって葉月を引き寄せ、その間に別の忍びが迫っていたのだ。影虎の「まだ終わっていない」という言葉の意味がようやく明らかになった。彼の狙いは、葉月を倒すだけではなく、影虎自身が犠牲になることで他の忍びたちが分水嶺を奪取する時間を稼ぐことだった。


葉月は再び構え直し、周囲の気配を探った。すぐ近くには、まだ姿を現していない複数の忍びが潜んでいるのが分かる。しかし、ここで逃げるわけにはいかない。彼の背後には、上杉の軍が控えており、この分水嶺を守るためには、影虎を含むすべての敵を排除しなければならなかった。


---


### 新たな敵との戦い


葉月は冷静さを保ちながら、影虎の言葉に耳を傾けた。


「俺を討ったところで、お前の勝ちは確定しない。これで終わりと思うな、葉月。」


その瞬間、木々の影から次々と現れる数人の忍びたちの姿が葉月の目に映った。皆、武田の忍びであり、影虎の仲間であった。彼らは無言で葉月を取り囲み、完全な包囲網を作り出していた。


「くっ…!」


葉月は汗が額を伝うのを感じながら、背筋が冷たくなった。これまでにない緊張感が彼を包む。分水嶺を守る使命は変わらないが、一人でこの数を相手にするのは厳しい状況だ。


「退くわけにはいかない…。」


葉月は心の中で自分に言い聞かせた。彼は静かに深呼吸をし、視線を鋭く周囲の忍びたちに走らせた。音もなく彼らが動き始める。全員が高度な技術を持つ忍者であることは明らかだった。手裏剣や短刀を駆使し、一斉に葉月へと襲いかかってきた。


葉月はその攻撃を巧みにかわしながら、素早く木の幹を背にして、次の動きを考えた。彼の武器は刀一振り。対して、敵は複数の忍者で、それぞれが別々の攻撃手段を持っていた。葉月は戦況を冷静に見極めながら、攻撃のチャンスを伺った。


「ここだ…!」


一瞬の隙を見つけた葉月は、刀を構え、前方に飛び込む。敵の一人が手裏剣を投げるが、それを間一髪で避け、そのまま敵の懐に飛び込むと、鋭く刀を振り下ろした。刃が敵の肩に深々と入り、次の瞬間、その敵は地面に崩れ落ちた。


しかし、他の忍びたちは怯むことなく、再び葉月に向かってくる。彼らは完全に訓練された兵士であり、仲間の死にも動じることはなかった。葉月は再び素早く身を翻し、木々の間を縫うようにして逃げながら、次の攻撃に備えた。


---


### 戦いの結末


激しい戦いが続く中、葉月は自らの限界を感じ始めていた。敵の忍びたちは次々と襲いかかり、彼の体力は確実に削られていた。しかし、分水嶺を守るためにはここで倒れるわけにはいかない。葉月は気力を振り絞り、最後の力を振り絞った。


一瞬の隙を突いて、葉月は影虎の仲間を一人、また一人と倒していく。その度に、彼の体は限界に近づいていった。しかし、彼の心の中には、上杉謙信のため、そして故郷のために戦うという強い信念があった。


やがて、最後の一人を倒したとき、葉月は息を切らしながらその場に立ち尽くした。周囲には静寂が戻り、再び風の音だけが響いていた。彼は刀をゆっくりと鞘に収め、分水嶺を見上げた。影虎はすでに力尽き、その横たわった姿はどこか安らかに見えた。


「終わった…。」


葉月は静かに呟いた。分水嶺は守られた。しかし、その戦いの代償は大きかった。彼の心の中には、勝利の喜びよりも、失われた命と、戦いの虚しさが広がっていた。


---



参考文献

1. 武田信玄と上杉謙信の川中島の戦いに関する史実

2. 日本の戦国時代における忍者の役割と戦術

3. 信濃川と荒川の分水嶺に関する地理学的資料

4. 『日本の戦国時代を生きた忍び』 - 柴田勝家

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