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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
4章
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第95話 アメリカの街


 勉強はひとまずお休み。息抜きで街を出歩くことになった。


 登校日は着々と近付いている。友人と遊び歩く未来を考えて、事前に街を歩いておくのも悪くない。


 インターホンが鳴り響く。腰を浮かす前に、玄関の方でカチャと音が鳴った。廊下から白銀の美貌が現れる。


「なあ、インターホンの意味無いんじゃないか?」

「でも私の入室に気付いたじゃないですか?」

「昨日はそれで面倒なことになりかけたんだよなぁ」


 世話係ということもあってか、白鷺さんは俺の部屋のルームキーを持っている。


 アメリカの地を踏んだ最初の朝は、寝室に白鷺さんの姿があった。俺を起こして朝食を食わせるのも世話係の仕事らしい。以降は不要のむねを伝えたら、白鷺さんは喜んで受け入れてくれた。


 会って一日も経たない女子の手料理を食べる。日本では一度もなかった体験だ。


 思い返すと、俺は奈霧の手料理を食べ損ねていた。小学校の調理実習で口にしたことはあるけど、あれを手料理と言うのは違う気がする。


 文化祭に佐郷さえ現れなければ。


 でもその場合は、演劇の場を借りた大告白が実現しなかった。空港でのキスも無かったと考えると、逆にそれで良かったのでは? と思わなくもない。顔が緩んでいたのか、白鷺さんにジト目を向けられたのは良い思い出だ。


 霞さんも合流して準備万端。俺達は部屋を後にしてエレベーターに乗り込む。慣性を経てエントランスに踏み出し、コンシェルジュ相手に練習した英語を発する。笑顔と見送りの言葉を返された。


 俺の英語が伝わった!


 二人の手前、内心ガッツポーズをするだけにとどめた。冷たい外気の洗礼を受けて車に乗り込み、後方へと流れる景色を眺める。


 流れる景観が輪郭を取り戻した。後部座席のドアを開けて、靴裏をコンクリートの地面に付ける。

 

 洋画に映る建物を背景に、日本では見る機会の限られた顔立ちが散在する。建物の配色に異なる趣向を感じるものの、建物や車の形状は似通っている。わだちを刻む無機質の箱に故郷の温かみを覚えた。


 霞さんの案内を受けながら歩を進める。時折店に立ち寄って間食を摂る。


 アイスやカキフライ、グラタンのような何か。いずれも日本で見たことがある一方で、全体的に大盛りだ。

 

 カキフライはサクサクしていない代わりに、衣の食感がパンと調和していた。


 グラタンはチーズとマカロニ。野菜がない代わりに、こってり感が凝縮されていて食べやすかった。


 ちょっと変わった味わいを堪能しながら雑談に励む。


 二人が口にするのは英語。少しでも理解を促進させるべく、英語で話してほしいと頼んだ。


 全然会話にならなかった。白鷺さんのため息を機に英語タイムが終了し、引き続き街の地面を踏み鳴らす。


 日本語に切り替えても、会話のほとんどは白鷺さんと霞さんの間で行われた。


 たまに霞さんが会話を振ってくれるけど話を広げるにも限界がある。同年代と言えど男性と女性。趣味と生きてきた環境の違いが如実に表れた。


 道行く人の邪魔にならないように、白鷺さんの後ろに付く。


 二人の話に耳を傾けつつ、周囲の会話を盗み聞きして耳を英語に慣らす。一フレーズを聞き取れた時は歓喜で叫び出したくなった。


 それだけリスニングに集中していれば、連れを見失うのも至極当然と言うべきか。俺の前にいた二人がどこかに消えた。


 強烈な疎外感と寂寥感が押し寄せる。ヒューッと吹いた風が落ち葉をさらって俺を置き去りにする。


 連絡先を交換しているとはいえ、視界を飾るのは見慣れない建物だ。歩いてマンションまで戻れる距離じゃないし、左胸の奧がキュッと締まるこの感覚は心にくる。


「あら、もしかして市ヶ谷さん?」


 バッと振り向く。

 

 異国の街並みに、記憶にある人物が溶け込んでいた。品のある佇まいのお婆さんが微かに笑む。


「やっぱり市ヶ谷さんね。こんにちは」

「こんにちは。伏倉さんはどうしてアメリカに?」

「旅行よ。お友達が冬に行きたいって言うから付き添ったの。そういうあなたはどうなの? 見たところ一人に見えるけれど一人旅が趣味なのかしら」

「旅行じゃありませんよ。ここには短期留学で来たんです」


 伏倉さんが目を丸くする。


「短期留学?」

「はい。三月までアメリカの高校で過ごすことになったんです」

「へえ、今の請希高校ってそんなことしてるのね。ってことはお友達も近くにいるのね」

「いえ、俺一人です」

「そうなの? こういうのって複数人希望者を募って行うものじゃない?」

「俺もそう思いますけど、今回は一人分しか枠がなかったんですよ。話を持ち込まれたのも年明け間近だったので、急遽きゅうきょ決まったんでしょうね」

「大変だったのねぇ。その留学の話を持ち込んだのは誰なの?」

「新任の理事長です。面白いことに名字が伏倉なんですよ。一字一句伏倉さんと同じです」

「あらま。珍しいこともあるものねぇ」


 しみじみとした言葉が空気に溶けた時、離れた位置から呼び掛ける声を聞いた。見知らぬお婆さんが俺達を見て腕を振る。


 知り合いなのだろう。伏倉さんが彼女らに腕を振る。俺は会釈で応じた。


「私はもう行くけれど、市ヶ谷さんは独りで大丈夫?」

「はい。知り合いと連絡先を交換してるので大丈夫だと思います」

「もし何かあったら大使館に行くのよ? きっと助けてもらえるから」

「分かりました。伏倉さんも旅行楽しんでください」

「ありがとう」


 お婆さんの背中が小さくなる。


 友人と合流した背中を見届けて、俺はスマートフォンで霞さんにコールした。




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