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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
4章
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第88話 二度寝と呼び出し


 心臓を鷲掴みにされたような感覚に苛まれて講堂を後にする。


 集会を終えた廊下は理事長絡みの話題で持ちきりだ。特に女子は黄色い声で廊下を賑わせている。


 教師と卒業生の恋愛はよく聞く話だ。あれだけ見た目が若い理事長ともなれば、女子生徒のストライクゾーンに入っても可笑しくはない。


 気持ち悪い。吐きそうだ。見知った顔があの男を褒め称えるたびに、胃の中身が逆流しそうになる。

 

 顔が似ているだけならまだよかった。俺だって新任の理事長には人並みに興味があったし、拍手で迎える心の準備はできていた。


 だけど名前まで聞いたらもう駄目だった。生物学上の父とは小さい頃以来だけど、伏倉秀正という名前は脳裏に刻まれている。


 俺と母を見捨てて消えたろくでなし。これから俺は、あの男の運営下で学生生活を送ることになる。


 憂鬱だ。帰りたい。


「市ヶ谷さーん! おはよーっ!」

 

 元気な声が陰鬱な空気を吹き飛ばす。


 振り向くと幼さの残る顔立ちがあった。後ろには尾形さんと佐田さんが立っている。


「おはよう、三人とも」


 尾形さんが目を丸くした。


「どうした? 今日は元気ないな」

「ちょっと色々あってな」


 佐田さんが腕を組んでうんうんと頷く。


「分かるぜー。ドッペルゲンガーにでも会った気分なんだろ?」

「新しい理事長、市ヶ谷さんに凄く似てたもんねー」

「実はお兄さんだったりして」


 胸の奥がうずく。


 金瀬さん達に悪意がないことは分かる。九割型の生徒が新しい理事長に関心を向けていたんだ。彼らはその中の一グループでしかない。苛立ちをぶつけるのはお門違いだ。


「三人は今日も元気だな。何か良いことがあったのか?」

「良いことって、そりゃ新しい理事長が就任したことだろ」

「まだ若そうだし、私達に寄り添った運営してくれそう!」

「だよな」


 俺は口を引き結ぶ。

 適当に話題を探して口を開く。


「年近そうって言えば、浅田先生最近若くなったよな」

「誰?」

「市ヶ谷のクラスの担任だろ」

「ああ、ちょび髭先生か。言うほど若くなったか?」

「たぶん」


 たぶんどころか、全く若くなってない。萩原さんと話してからも気だるげなおっさんのままだ。


 話題を逸らせれば何でもいいと思ってたけど、さすがに適当過ぎたか。


「そんなことより新しい理事長の話しようよー」


 駄目だ、あいつの話に戻ってしまう。この分だと、教室に戻ってもクラスメイトが似た話を持ち込むかもしれない。


 俺は靴先を左方に向ける。


「悪い、気分が悪くなってきた。保健室行ってくる」

「大変! 付いて行ってあげようか?」

「俺が行くよ。金瀬と二人きりにするのは心配だし」

「尾形無礼! わたし何もしないよ?」

「信用ないんだよなぁ」


 俺そっちのけで、大して面白くもない漫才が始まった。

 話がまとまるのを待たずに踏み出す。


「一人で行けるよ。三人は理事長の話で盛り上がっててくれ」


 俺のいないどこか遠くで。そんな言葉を呑み込んで足を前に出す。


 人気が遠ざかる。独り息を突いて廊下の静寂をかき乱す。


 授業をずる休みするつもりはない。時間帯からして、一限目はこのまま自習になる。本格的な授業は二限目からだ。


 浅田先生のことだし、多少の雑談は聞き流すだろう。むしろ積極的に参加して、クラスメイトと一緒に盛り上がりかねない。金瀬さん達が告げていたように、俺と容姿が似ている点も指摘される。


 そんな空間は苦痛だ。自習に集中できるわけが無い。だったら保健室で二度寝にしゃれ込んだほうがましだ。


 保健室前で足を止めてドアをノックする。


 返事がない。教員は講堂に集まっていたし、それ絡みだろうか。


 ひんやりとした廊下で待つと風邪を引きそうだ。失礼しますと呟いて自己満足に浸り、がらっとドアを隅に押しやる。内履きから足を抜き、ベッドに横たわって掛け布団を握る。


 そこまで来てようやく気付いた。俺が保健室に行く旨は金瀬さん達に伝えたけど、彼らと俺の教室は違う。ちゃんと浅田先生に伝えてくれるだろうか。


 まあいいや。教室に顔を出してクラスメイトに絡まれても面倒だ。彼らは芳樹とも親交があるし、その線に賭けよう。


 俺は横たわってまぶたを閉じる。

 

 程よい眠気がやってきた頃合いになって、ピンポンパンポーンと軽快なリズムが奏でられた。


 意識が浮上する。教室に戻らない俺の呼び出しを想像して、意図せずまぶたが持ち上がる。


 それは浅田先生の声だった。気だるげな響きを帯びた声色が、俺の名前と向かうべき部屋の名称を読み上げる。


 俺は息を呑む。 

 担任教師が口にしたのは、俺に理事長室へ赴くことを命じる文言だった。


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