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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
4章
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第85話 夜の語らい


 奈霧と談笑する内にドアがノックされた。咲羽さんの呼び掛けで一階の床に靴裏を付ける。勲さんも交えて豪華な夕食に手を付けた。


 会話は弾んだとは言えなかった。咲羽さんや奈霧から振られた会話に応じるだけ。俺から話を振った回数は片手で数えられる。


 一番喋ったのは咲羽さんだ。校舎での奈霧の様子や公開告白の状況など、かなり踏み込んだことを問われた。正直に話すのもはばかられたから苦笑いで誤魔化した。黙々とワインを口にする勲さんが気になって仕方なかった。


 食事の後は皿を下げて後片付けに協力した。何気なく勲さんから距離を取るように立ち回った。


 後片付けが一段落して、俺はリビングの出口へと足を進める。

 

 勲さんに言われるまでもなく泊まる気はない。夕食をご馳走になったし、奈霧にプレゼントも渡した。後は帰るだけだ。


「楽しかったかい?」

 

 背筋が伸びた。

 俺は顔に微笑を貼り付けて振り向く。


「はい。今日はありがとうございました」

「もう帰るのか」

「はい。長くお邪魔しても悪いので」

「それが理由なら、少しテラスの方で話さないか?」


 思わず息を呑む。

 何の誘いだろう、もしや奈霧と別れるように要求されるのだろうか。


 勲さんの口端が苦々しく吊り上がる。


「そう固くならないでくれ。こう見えて、ファミレスの件は少し大人げなかったと反省しているんだ。娘や咲羽の前だと聞けないこともあるし、少しだけ君の時間を分けてもらいたい。駄目だろうか?」


 そこまで言われたら断る理由もない。


「分かりました、ではご一緒します」

「ありがとう。こっちだ」

 

 勲さんがグラスとワインボトルを持ってソファから腰を上げる。


 大きな背中を追った先は小部屋になっていた。長方形のガラスが一列に並び、カーテンじみた様相を醸し出している。

 

 折戸パネルの向こう側に広がるのは夜のとばり。暗がりに配置されたガーデンライトが庭の輪郭を暴き、その温かな灯りで大人びた雰囲気を演出する。


 さながら高層ビルから見下ろした夜の街。この眺めを映しながら口に含むワインはさぞ美味だろう。


 男の夢、そんなワードが脳裏をよぎる。


「どうしたんだい? 座りなよ」

「はい。失礼します」


 勧められたチェアに腰を下ろす。

 グラスがかざされた拍子に、暗紫色の液体が軽やかに揺れる。


「飲むかい?」

「俺は未成年ですよ?」

「だよね」


 勲さんが口にグラスの縁を付けて傾ける。食事中も頻繁に口にしていたけど、まだ胃の中に入るらしい。もしかして酒豪なのだろうか。


「それで、話とは何でしょうか?」

「食事中に気になったことがあってね」

「マナーが悪かったですか?」


 胸の内で後悔の念が渦を巻く。


 半日掛けて調べてきたのにリサーチが足りなかったか。こんなことなら一日かけて反復練習するべきだった。


 勲さんがかぶりを振る。


「いや、マナーは完璧だった。育ちの良さすら感じたよ。これまで耳にしてきた悪評の方を疑ったくらいだ」

十中八九じゅっちゅうはっく、いえ六七むしちくらいは合っていると思いますよ? 俺は育ちが悪いので」

「そういうことを自分で言ってはいけない。両親の件で何かあったのは分かるが、口にした分だけ自己肯定感が薄れてしまうからね」


 反射的に目を見張った。


「俺、両親について詳しく話しましたっけ?」

「いいや。だが君の、私や咲羽を見る目が気になった。私に苦手意識を持っていることは知っていたが、咲羽にも似た視線を向けていただろう。差し支えなければ理由を聞かせてくれないか?」


 恋人の父親に聞かせる話じゃない。


 そう思ったけど、どことなく漂う父性に釣られた。くちびるの内容物がヘリウムガスと化したかのように口が開く。


「両親を思い出していたんです」

「私と咲羽は君の両親に似ているのかい?」

「いえ、全然似てません。父は俺と母を置いてどこかに消えましたし、母は過労で鬼籍きせきに入りましたから」


 俺は空気を重くしないように口角を上げる。


 努力の甲斐もなく、勲さんの表情から微笑が消える。


「すまない、不用意なことを聞いてしまった」

「気にしないでください。もう乗り越えたことですから」

不躾ぶしつけだとは思うが、乗り越えたと言うのは嘘だろう。君はそんな表情をしていない」

「そうかもしれませんね」


 俺はテーブルの天板に視線を落とす。


 本当に乗り越えたなら、父のことを考えるたびに胸の奧は騒めかない。それが答えだ。


 一緒に過ごして改めて思った。奈霧を取り巻く家庭は本当に幸せそうだ。両親の仲が良くて、こじれやすいと言われる父と娘の関係も良好に見える。


 妬みはない。壊してやろうなんて考えたこともない。


 それでも疎外感を覚えずにはいられない。笑顔にあふれたやり取りを見るたびに、どこか遠い出来事のように感じる。


 どうしても考えてしまうんだ。俺にも親がいたら、こんな感じなのだろうかと。


「もし父に会ってしまったら、俺はどうするのが正解なんでしょうか?」


 意図せず問い掛けが口を突いた。


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