第82話 クリスマスデート
俺は考えた。
クリスマスっぽいデート。それに相応しいルートや服装。知識やインターネットを活かして思考をこねくり回した。
いかんせん時間が足りない。クリスマスデートの話を持ち掛けられたのは金曜日だ。準備だってろくにしていない。
奈霧は時間にルーズなタイプじゃない。三日前に誘われても準備が大変なことくらい分かっていたはずだ。もしや俺が誘うのを待っていたのだろうか。だとしたらがっかりさせてしまった? デート当日は彼氏として名誉挽回しなければ。
でもクリスマスパーティって何をするんだ? ハロウィンに集まった時のように振舞えばいいのか? じゃ服装は真っ赤なサンタコス? 白い髭を蓄えてケーキ持って行った方がいい?
ネットで調べて冷静になった。どうも思考が暴走しがちだ。勝手に突っ走らないように気を付けよう。
取り敢えずクリスマスプレゼントと菓子折りを用意した。衣服は店舗でお勧めしていた物を一式購入し、雪に備えてスノトレも準備する。少しでも履き慣れようと、スリッパの代わりにスノトレを履いて過ごした。
前日の内に準備を整えて、リストアップした物を一つ一つ確認する。いつもより早くベッドの上に寝転がって布団を被った。
迎えたデート当日。空は晴れているけど快晴じゃない。天気予報は雪。予定通り降る前提で動こう。
そわそわした心持ちで朝のルーティンをこなし、先日購入したシャツに袖を通す。肌に触れる冷たさで意識が覚醒する。
奈霧の自宅にお邪魔するのは午後からだ。午前中は奈霧と出歩いて親睦を深める。
平日とは違う。今日は初めてのクリスマスデートだ。新品同然のダウンコートを着込んでマフラーを巻き付ける。念のため鏡の前に立って立ち姿をチェックする。
「……合わないかな」
マフラーとコートが同色だ。マフラーの色を気にせず、これだと思ってコートを買ってしまった。これまでは特に気にしてなかったけど、奈霧のコーデを見た後だとどうしても気になる。
悩んだ末にマフラーは置いて行くことにした。どうせ歩くんだ。すぐ熱くなるだろう。
「よし」
気合は十分。ポーチの中身を確認し、スノトレで廊下の床を踏み鳴らす。
玄関のドアを開けるなり、ひんやりとした風に髪を撫でられた。後方から声無き呼び掛けが聞こえる。首を温めてやるぞーとマフラーが俺を呼んでいる。
踵を返しかけて踏みとどまる。今日はぽかぽかよりも格好付け優先だ。
誘惑を振り払って外に踏み出す。エレベーターを目指して足早に歩を進め、慣性に揺られて一階の床に靴裏を付ける。
気が付くと外に出ていた。エントランスを通過した記憶が曖昧だ。
緊張している。脳が情報の処理を滞らせている。奈霧と二人で出掛けるのは初めてじゃないのに、クリスマスというだけでどうしてこんなにカチコチなのだろう。
すぅーっと肺を膨らませる。
ふーっと白い息を吐き出してから足を前に出す。
足が速まる。見慣れた景色が気になるから、寒いから。それっぽい理由が頭の中に浮かぶ。誰も見ていないはずなのに視線が気になる。
最近は肌寒い。外で待っていては凍えてしまう。
その点は考慮している。待ち合わているのはカフェ店内。暖房が効いた室内なら、奈霧がスカートを履いてきても安心だ。軽食を取って二人で色々見て回る。今日はそういうプランを立てた。
だから俺は目を見張った。
待ち合わせている店舗の近くに見知った人影があった。マフラーにコート。金曜日の放課後にも見た組み合わせだけど、マフラーは人目を惹く鮮やかな赤を帯びている。その下は新雪のごとき白に彩られ、巫女にも似た清楚さと神秘的な雰囲気を醸し出している。
栗色の瞳と目が合った。ハーフアップで結われた髪が揺れ、花のような笑顔が咲く。
「おはよう釉くん!」
ブラウンのブーツが地面を踏み鳴らす。見慣れないヒールブーツだ。この日に備えて新調したことがうかがえる。その事実に歓喜を得たのもつかの間。別の考えが脳裏をよぎった。
履き慣れないヒールの小走りは危ない。思って俺からも駆け寄る。
「何で外で待ってるんだ? 寒くなかったのか?」
歩くならまだしも棒立ちだ。手袋は諸事情で付けてないみたいだし、ストッキングだって完全に冷気を遮断できるわけじゃない。
奈霧が苦々しく口角を上げる。
「そんなに長い間立ってたわけじゃないから大丈夫だよ」
「無理はしてないんだな?」
「心配性だなぁ。ちょっと待ってみただけだよ。凍えそうになったら店内に避難してたって」
「それならいいけど」
いや良くはないんだけど、デート当日に言い合いしても仕方がない。
奈霧と元待ち合わせ場所に歩み寄る。鈴の音に歓迎されて店内の床を踏む。
温い空間を突き進み、案内された席の前でコートを脱ぐ。椅子の背もたれに掛けて正面に視線を向けると、淡いベージュのニットが露わになった。毅然とした制服姿を見慣れているせいか、ギャップで可愛らしさが凄まじいことになっている。
見惚れて、俺は目を見張る。
まだ奈霧の身なりを褒めていない。外で待たれていた衝撃で完全に忘れていた。あれだけ前日の内に流れを確認しておいたのに!
今からでも言うべきか? でも本来合流してすぐ告げるべき言葉だ。取って付けた感が出ると以降の展開に関わる。
しかし何故奈霧は外で待っていたのだろう。店内は暖房が効いているし、お昼時でもないから店内は混み合っていない。もしや、一秒でも早く会いたかったから外で待っていた、とか?
被りを振って、その小っ恥ずかしい内容を頭の中から振り落とす。暖房が効きすぎているのか、頬がお風呂でのぼせたように熱くなった。
だめだ、集中しろ!
俺はテンプレから外れてしまった。これからどうすればいい? まさか目の前でスマートフォンを取り出すわけにもいかない。諭吉に頼って脱出した時みたく、お手洗いに避難してスマートフォンで調べるか?
「釉くん、ここクリスマスメニューあるみたいだよ?」
「え? あ、ああ。美味しそうだな」
とっさに微笑で応じる。
初めてのクリスマスデートは、何とも言えないスタートダッシュになった。