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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
4章
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第81話 奈霧宅へのお誘い


 期末試験が終了した。


 総合した点数は俺の方が上だった。僅差でも勝ちは勝ち。小学生時代の俺なら、拳を握ってこれでもかと歓喜の声を張り上げたに違いない。


 顔を合わせるなり優越感が湧き上がったものの、表情には出さないように口元を引き締めた。奈霧には服飾がある。単純に試験の点数で比べられる次元にはいない。


 何より見栄を張って嫌われるのが怖かった。奈霧がその程度で人を嫌うとは思えないけど、可能性がある以上はそれを無視できない。

 

 惚れた弱味と言うやつなのだろう。あるいは名前の付いた結びつきができて、無理やりぶつかっていく理由が無くなったからか。奈霧の負け惜しみを聞きながら表情の維持に努めた。


 月は十二月に突入し、冬休みまで残り一月を切った。


 学校のイベントもしばらくは見納めだ。試験はないし、文化祭のようなイベントもない。同級生も落ち着いて冬休みの準備を始めている。



 特に変わり映えのしない放課後がやってきた。マフラーを巻き、ブレザーの上からコートを羽織る。


「市ヶ谷、帰るのか?」


 振り向いて芳樹と視線を交差させる。

 

 芳樹が所属するバスケ部はまだ活動している。


 バスケットボールは屋内でやるスポーツだ。天候には左右されないし、校内ランニングや筋力トレーニングもある。冬休みの間もバスケのために体を動かすことだろう。


「帰宅部の俺が居てもやることないからな」


 俺が放課後も校舎に留まっていたのは、部活を終えた奈霧と合流する意図があったからだ。

 奈霧は被服部を退部した。今はマンツーマンで服飾について学んでいる。俺が校舎で時間を潰す意味はない。

 

「そうか。じゃまた来週な」

「寒いと筋肉が強張るし、怪我しないようにな」

「おう、ちゃんとストレッチすっから安心しろ」


 芳樹と笑みを交わして廊下に踏み出す。靴裏で下りの段差を鳴らし、昇降口の床に立つ。


 待つこと数分。廊下に恋人の姿が付け足された。華奢な体を包むのは暗い色のコート。登校時によく見かける藍色だけど、首元に巻かれているミントグリーンが良いアクセントになっている。コートの裾から見えるストッキングは収縮色として名高い黒。奈霧はスタイルが良いからモデルじみて見える。


 小さな顔に微笑が浮かぶ。


「お待たせ」

「そんなに待ってないよ。行こうか」

「うん」


 靴を履き替えて体を外気に晒す。


 鼻がツンとした。ふーっと呼吸して喉ごと蒸気で温める。冬は虫がいないけど、つんざくような冷気の洗礼がある。いずれ白い悪魔が降り積もることを考えると手放しには喜べない。


 せめてささやかな喜びだけは享受しよう。

 思った矢先に藍色の肩が並ぶ。


「もう冬だね」

「ああ」


 奈霧が歩を進めながら手の平を擦り合わせる。手を繋いで温めてあげようか、そんな考えが脳裏をよぎる。


 思うだけならタダだ。実行するとなるとハードルが高い。一度は口付けを交わした仲だけど、あれからああいった接触は一回もしていない。俺は理由付けをしないと動けないタイプらしい。


「手袋はしないのか?」

「うん、ちょっと節約してるの」

「節約? 何で」


 いまいちピンと来ない言葉だ。勲さんの身なりはいかにも社長って感じだったし、専属の運転手を雇っていた。奈霧家が裕福なのは明らかだ。


「お小遣いは裁縫道具や生地を買う費用に当ててるからね。散在するタイプじゃなかったから蓄えはあるけど、それも無限じゃないから」

「アルバイトはしないのか?」


 何なら同じ場所で働いてもいいかもしれない。知り合いがいれば何かとやりやすいし、一緒にいられる時間も増える。アルバイトに挑戦するなら良い機会だ。


「それも一度は考えたんだけど、やっぱり裁縫に時間を当てたいんだよね。何かいい方法ないかなぁ」


 プロであれば作った物がお金になる。好きなことで食べていけるなら最高だ。多くの人がそういう生き方に憧れて道を志す。


 その分競争率も高い。志す者全員ライバルだ。人数は一桁や二桁ではすまない。


 誰だって知ってもらえなければ買ってもらえないのに、数が多いと知ることも難しい。手っ取り早く知名度を上げるために登竜門があるわけだけど、その枠は狭い。作った物をお金に変えるのは簡単なことじゃない。


 ふと気になってポケットに手を突っ込む。スマートフォンのボタンをプッシュし、親指で画面をタップする。


「奈霧は作った物をどうしてるんだ?」

「部屋に置いてあるよ。手が止まった時に見ると、これだけ作ってきたんだって自信に繋がるんだ」


 なら駄目か。

 でも伝えるだけ伝えておこう。


「作った物に自信があるなら、売ってみるのも有りじゃないか?」

「え?」


 奈霧が目を丸くする。

 俺はスマートフォンの画面をかざす。


「調べてみたけど、ハンドメイド販売っていうのがあるらしいんだ。インターネットを介して、手作りの品をお金に換えられるらしい」

「へえ、そんなのがあるんだ。でも私には何の実績も無いよ?」

「実績を要求しないサイトを使えばいいんじゃないか? その分登録してる人は多いだろうし、価格競争とか人気の作家に人が集まるデメリットもある。でも裁縫の時間を確保しつつ稼ぐならそれが一番だと思う」


 奈霧が口元に手を当てる。

 どことなく探偵を想起させる仕草を経て、真面目な表情がふっと緩む。


「ありがとう、その線で考えてみるよ。釉くんに相談してよかった」


 純粋な笑顔が報酬として視界を華やがせる。

 役に立てた。その実感が胸の奧に熱を灯した。


「やれることは他にもあるぞ? SNSで知ってもらう努力をしたり、動画をアップしてみるのも手だな」


 奈霧は見栄えするし。そんな言葉を発しようとして喉元で引っ掛かる。

 上手くいってほしい気持ちは確かだけど、SNSに投稿すれば多くの人の目に触れる。彼氏としては複雑な気分だ。


 俺の葛藤を知ってか知らずか、奈霧が眉根を寄せる。


「うーん、人の目に触れるのはちょっと怖いなぁ」

「ハロウィンの時もそんなことを言ってたな。ブランドを立ち上げたらどのみち人目が集まるぞ。デビューが決まっても同じことを言うつもりか?」


 奈霧が抱いている苦手意識は実力に関連するものじゃない。小学生の頃に、クラスメイトに後ろ指差されたことが原因だ。問題が実力うんぬんじゃない以上、行動を起こさない理由は無い。


「言いたいことは分かるけど、それ皮算用かわざんようじゃない?」

「経験を積むことに早い遅いはないだろう。犬に対する恐怖感だって、勇気を出して克服したじゃないか。まずは試してみたらどうだ?」


 奈霧が再び沈黙する。

 次いで苦笑が空気を震わせた。


「まずは試す、か。うん、その方が私らしいかも。ちょっと怖いけどやってみるよ。話は変わるけど、釉くんはクリスマスに何か予定ある?」

「ないよ」


 端正な顔がふっと綻ぶ。


「良かった。じゃあ二十四日に私の家でパーティやらない?」


 表情筋が引きつるのを感じた。


「奈霧の家か……」


 二十四日は休日だ。学生の俺達はもちろん、平日は会社に足を運ぶ大人達も自由な時間を謳歌する。当然奈霧の自宅には勲さんがいるわけで。


――有紀羽は私の、娘だからね?


 ファミレスでの会話。公開告白を戒められた時の光景は鮮明に思い出せる。


「俺の家じゃ駄目なのか? 芳樹や金瀬さんも誘ってさ、友人だけでぱぁーっとやるのも悪くないと思うんだけど」

「それも楽しいだろうね。でも恋人になって初めてのクリスマスなんだよ? 私は、釉くんと二人きりがいいな」

 

 語尾が空気に溶けた。奈霧が指をもじもじさせる。

 懇願するような上目遣いにとどめを刺されて、俺はこほんと咳払いする。


「なら、仕方ないか」

「う、うん」

 

 会話が途切れた。地面を踏み鳴らす音だけが聴覚を刺激する。


 二人きり。

 恋人の自宅で、二人きり。

 

 実際には勲さんやその伴侶がいるのは分かってる。それでも意識するなって方が無理だ。そわそわするのを止められない。


「と、とにかく、クリスマスに奈霧の自宅だな。両親の許可は得てるのか?」

「う、うん! 話は通してあるから大丈夫だよ」

「そうか。分かった、行くよ。集まる場所と集合時刻はどうする?」

「クリスマスパーティは自宅でやるけど、できればその前に二人で外を歩きたいな」

「いいな。奈霧は行きたい場所あるか?」

「特に考えてない」


 行き当たりばったり。それがいつものパターンだ。当日を迎えれば順当にそうなるだろう。


 それじゃ味気ない。せっかくのクリスマスデートなんだ。初めて新宿でデートした時の二の舞にはしたくない。二十四日までにしっかりとプランを練って、着実に奈霧をエスコートする。それでいこう。



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