第80話 競うことの意味
騒がしい友人と一緒にファミレスの入り口をくぐる。店員から席への案内を受けて、金瀬さん達と同じテーブルを囲む。
メニュー表に腕を伸ばす。パスタ、ハンバーグ。色とりどりな写真に食欲をそそられる。今は夕食前。ここで食べてしまおうか?
でも他の四人には家族がいる。夕食も用意されるだろう。俺一人美味しい物を食べるというのも気が引ける。
芳樹が目を丸くする。
「お、旨そうなハンバーグあるじゃん」
「こっちも美味そうだな! 俺こっち頼むから少し交換しない?」
「いいなそれ!」
芳樹と佐田さんが意気投合した。さすが体育会系、考えることは同じのようだ。
「そんながっつりしたものを頼んで、夕食はどうするんだ?」
「食べればいいじゃん」
「正気か?」
「正気だって。運動部の食欲舐めんなよ?」
俺は運動部じゃないから分からないけど、そういうことなら気兼ねする必要も無い。
全員注文を決めた。俺は呼び出しボタンを押す――前に芳樹に押された。歩み寄った店員に望むメニュー名を口にする。
去り行く店員の背中を見送り、バッグから勉強道具を取り出す。
「おいおい、ファミレスまで来て勉強かよ?」
「芳樹はここに何しに来たんだ?」
「腹を満たすために決まってんだろ」
芳樹が片方の眉を跳ね上げる。何言ってんだ? と言わんばかりの反応だ。
言いたいことは分かる。ファミレスはそういう店だ。勉強するための場所じゃないことは承知しているけど、芳樹に言われると腑に落ちない。
俺は教科書と睨めっこする。
「おいおい、マジで勉強すんの?」
「君はもう帰れよ」
「ひっど!」
「そもそも芳樹が勉強見てくれって言うから、俺は貴重な勉強時間を割いたんだぞ?」
「そうは言うけどさ、加藤さんはハンバーグを頼んでるぞ? 誰が食べんの?」
「佐田さん」
「俺かよ⁉ さすがに一人で二個は無理だっつーの!」
「応援してあげるよ?」
「ナナは俺を殺したいの?」
「じゃあ仕方ないか」
俺は自分の勉強に集中する。周りでガサゴソと物音がした。他の四人も各々勉強道具を取り出して自習に励む。
視界の隅に店員が映る。一人、または二人分の料理が並べられ、計三度の行き来で全員分の皿が並べられた。
いただきますを口にして食器を握る。ほろ苦いデミグラスソースの掛かったオムライス。卵の下にあるチキンライスは胡椒が効いていてスプーンが進む。たまにはと外食して以来、困ったら注文してきた料理だ。
「美味い! 美味いぞこのハンバーグ!」
「チーズとろっとろ!」
「パスタ一巻きやるから交換しない?」
「わたしも欲しいーっ!」
料理交換を尻目にチキンライスを口に運ぶ。咀嚼しながら単語帳のページをめくる。
「本当に一生懸命だな」
オムライスが半分なくなった頃に視線を上げると、四人の苦笑が集まっていた。
「期末前だぞ? 一生懸命になるのは当たり前だろう」
「それを踏まえてもだよ。周囲無視して英単語覚えるとか、俺には無理だわ」
「周りの目が気になっちゃうよねー」
「そうそう。つい合わせちゃうっつーか、ストイックになれないんだよな」
俺の友人だけじゃない。多くの人がそうだ。だから孤立しがちな俺と違って、皆の周りには人がいる。
今でこそ芳樹達がいるけど、俺に異名が無かったらこの時間も無かったかもしれない。罪悪感から逃げる必要がなければボランティアに参加しなかったし、金瀬さん達と仲良くなることも無かった。
きっと性なんだ。俺という人間は、誰かと仲良くなるためにエネルギーを使えない。コミュニケーションやその他諸々、それらに必要な労力を損得無しには費やせない。社会的動物と言われる人間だけど、数十億もいればそういう人が生まれ出ても可笑しくない。
ある意味、俺はなるべくして両親を失ったのかもしれない。多分孤独に引かれる質なんだ。繋がりを保つには外的要因が要る。それこそ誰かと競うとか、そうせずにはいられなくなるようなきっかけでもなければ。
「……ああ」
ようやく腑に落ちた。
俺は縁を繋ぎたかったんだ。子供心に、奈霧と他人の関係に戻ることを拒んでいたのだろう。面と向かって友達になろうと言う度胸は無かったし、友達を作る方法も知らなかった。そんな俺が奈霧と絡むには、競うことを選ぶ他になかったんだ。
「市ヶ谷さんひっどーい!」
「え?」
俺は反射的に振り向く。端正な顔がぷくーっと膨れていた。
「なに? 何が起きた?」
「何だ、話聞いてなかったのか。今お前、金瀬さんに付きまとわれて迷惑してるんじゃない? って問い掛けにああって言ったんだよ」
「ち、違う! 今のは誤解だ! 別のことを考えてて、合点がいったからああって言っただけなんだ!」
「別のことって何?」
墓穴を掘った。誤魔化すべく思考を巡らせる。
特に良い案が浮かばず、無言の圧力に負けて白状する。
「奈霧相手に闘争心を燃やす理由だよ」
「理由分かったの⁉ 興味あるーっ! 教えて!」
金瀬さんが身を乗り出す。芳樹達も興味津々と言った様子で視線を向けてきた。
面と向かって口にするのは小っ恥ずかしい。俺は誤魔化すべく意地悪げな笑みを作る。
「期末試験で、俺より高い点数を取れた人にだけ教えてやるよ」
「うわ、それ学年二位だった奴が言っちゃ駄目だろ!」
「言いにくいことなんだよ。金瀬さんへの侘びで仕方なく条件を付けただけだ。諦めろ」
「最初から聞かせる気ないってことじゃん! だったら勉強道具奪っちゃる!」
「おわっ!? ばかやめろ!」
単語帳を取られバッグを取られ。全力で妨害する友人に向けて腕を伸ばす。
てんやわんやしながら夕食を腹に収めて、勉強会という名の何かはお開きになった。