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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
4章
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第79話 普通と変


 奈霧とはよく競争をしていた。


 駆けっこ、サッカー、ドッヂボール。気の強い奈霧は男子に混じって競うことも多かった。俺も男子の威信を賭けて勝たんと気を奮い立たせた。威信なんてものが当時の俺にあったかどうかはともかく、負けたくない一心で手足を動かした覚えがある。


 返却された答案も競う対象になった。赤ペンで記された数字の大小を比べて、大きかった方が歓喜とともにマウントを取った。

 

 当時は恋愛感情なんて自覚してなかった。勝った時は、胸の内で渦巻くもやもやを吐き出すように高笑いした。負けた時は声を荒げて負け惜しみを口にした。


 今となっては良い思い出。

 高校生になった俺達は、試験の点数を前にしてどんな反応をするだろう。


「なあ、市ヶ谷は自宅で試験勉強してんの?」

「してない」

「嘘付け」


 俺は顔を上げる。

 芳樹の半目と目が合った。


「何だその目は」

「嘘付きを見る目だよ」

「知らなかった。君は探偵の資格を取得していたんだな」

「探偵に資格ってあんの?」

「日本は民間資格だけど、アメリカだと本格的な資格が設けられてるらしいな。場合によっては警察と連携して犯人を追うんだとか」

「へえ。じゃあ某探偵が住んでる地域ってアメリカの日本人街なのか」

「凄い発想だな。そんなこと考えたこともなかったぞ」


 その想像力を勉強に活かせば、もっと良い点数を取れるだろうに。請希高校に入学したくらいだから地頭は良いんだろうけど、やる気にエンジンを掛けるまでが遅すぎる。


 だから俺は自分のために勉強をした。芳樹に頼まれて図書館で勉強を教えたけど、何かとごねるものだから放任スタイルに切り替えた。


 試験前三日を切った辺りから芳樹にエンジンが掛かった。


 試験で赤点を取れば、補習や再試験が待っている。試験後の自由が奪われることを恐れて、勉強に精を出すようになったのだろう。あるいは匙を投げられることへの怯えに駆り立てられたのか。いずれにせよ、請希高校の放任主義は一定の成果を出している。


 靴音が近付き、俺は顔を上げる。

 あどけない顔に笑みが浮かんだ。


「やっほー市ヶ谷さん」

「こんにちは金瀬さん。尾形さんに佐田さんも、三人で試験勉強か?」

「うん。良い点数を取らないとお小遣い減らされちゃうから」

「金瀬さんらしいな」


 満面の笑みで告げられて思わず苦笑する。

 白い頬がぷくーっと丸みを帯びた。


「あーっ! 今絶対失礼なこと考えたでしょ?」

「考えてないよ」

「うそーっ! 言っておくけど、わたしはちゃんとアルバイトしてるんだからね?」

「へえ。何のアルバイトをしてるんだ?」


 金瀬さんが手の甲を向ける。


「カフェの店員でしょ? コスプレ喫茶でしょ? ケーキ屋でしょ? 後は――」

「ストップストップ」


 尾形さんが指を曲げてのカウントを止めた。


「何で止めるの? わたしは市ヶ谷さんに身の潔白を証明しないといけないのに」

「ここ図書室だぞ? 周りの迷惑になるから声抑えような」


 俺は周囲を一瞥する。

 当たり前と言うべきか、学年問わず生徒が席を埋めている。何本かの視線が向けられていた。


 俺は小さく頭を下げて尾形さんに向き直る。


「場所を変えないか?」

「そうだな。一緒に勉強したら騒がしくしちゃうだろうし、ファミレスにでも行くか」


 尾形さんが金瀬さんに横目を振る。

 金瀬さんが俺にじとっとした視線を向けた。何故俺を見た? 提案したのは尾形さんなのに。


 俺は視線を逃がして芳樹を見る。


「芳樹もそれでいいか?」

「おう」


 道具をバッグに詰めて図書館を後にする。

 廊下に鳴り響く靴音を聞きながら金瀬さんに歩み寄る。


「金瀬さん、誤解させたなら謝るよ。別に変な疑いを掛けたわけじゃないんだ」

「ほんと? 見損なってたりしない?」

「しないよ。文化祭前に身を挺して庇ったことを忘れたのか?」


 金瀬さんにあらぬ疑いが掛かった時に悪役を演じて、クラスメイトから少なからずヘイトを買った。そんな俺が金瀬さんを疑っては本末転倒だ。間抜けなことこの上ない。


「そっか。よかった!」


 金瀬さんが表情を綻ばせる。子供っぽい笑みが放課後の廊下を華やがせた。


「市ヶ谷さん一生懸命だよね! わたし達も早めに教室を出たのに、もうノート広げてるんだもん。びっくりしちゃった」

「こいつめっちゃやる気出してるからな」


 芳樹が会話に乱入した。金瀬さんの視線が芳樹に移る。


「そうなんだ。試験で一位でも狙ってるの?」

「いいや?」

「嘘だぜ。こいつ絶対自宅でたっぷり勉強してっから。文化祭前も奈霧さんに対抗心燃やしてたし」

「そこまで反応してなかっただろう」

「してたじゃん! 奈霧さんが中間で一位取ったって聞いたら、お前めっちゃ元気になったじゃん!」

「誤解を招くような言い方はやめろ」


 確かにちょっと、ほんのちょっとだけ悔しいとは思ったけど、あれは元気になったとは違う。俺はマゾじゃないんだから。


「一つ疑問なんだけど、どうして奈霧さんと一緒に勉強しないの?」

「しないと駄目なのか?」

「駄目じゃないけど、普通一緒に勉強しない? わたしが彼女だったら市ヶ谷さんと勉強したいけどなー」

「こらこらナナ、彼女の不在中にアピールしちゃ駄目だろ」


 尾形さんが振り向いて難色を示す。

 細い首が傾げられる。


「アピールして何が悪いの? 奈霧さんから許可もらってるよ?」

「それが可笑しいんだよなぁ。ほんと奇妙だよ、市ヶ谷さんと奈霧さんの関係って」

「そうか?」

「そうだよ。どこに彼氏へのアピールを許す彼女がいるんだ」

「奈霧さんがいるじゃん」

「ごめんナナ、ちょっと黙ってて」


 幼い顔立ちが風船のように膨らむ。

 金瀬さんは引き下がらなかった。変、変じゃない。尾形さんとの問答が始まり、俺の周りが騒がしさを帯びる。


 変と言えば変だ。俺もそう思う。

 奈霧に負けたくないという気持ちはある。二位より一位だ。誰だってそうだろう。


 だけど小学生の俺は周りに興味がなかった。


 奈霧とは上級生との喧嘩を通して仲良くなったけど、逆を言えばそれだけだ。ドッヂボールで同じチームになっても、チームメイトの名前なんて数時間もすれば忘れた。テストも興味があったのは自分の点数だけ。奈霧と競うまで、誰が俺より上かなんて気にしたこともなかった。


 思い出せない。俺が奈霧としのぎを削るようになったきっかけは、一体何だったのだろう。


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