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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
4章
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第77話 後悔せずにいられるのか?


 昼休みが終わるなり、宿泊研修のプログラムが始まった。


 テーマは自己開示。自分のことを知ってもらうために、二人一組で自己紹介を交わす。後続には、一つ前にペアだった人を紹介していく内容だ。

 

 俺はクラスメイトと自己紹介を交わし、ペアになった生徒の情報をまとめて放浪する。別生徒と顔を合わせて元ペアの生徒を紹介する。


 芳樹はゲーム感覚と言っていたけど、やってみると地味に面白い。小中学の話を聞かれる点から目を逸らせば興味深いものだ。


 相手を取っ替え引っ替えする内に荻原さんと対面した。


「よっ、市ヶ谷さん。他者紹介いい感じにできてる?」

「ああ。五人紹介した」

「へえ、思ったより積極的じゃん。市ヶ谷さんは人見知りするタイプだと踏んでたけど、実は人と繋がりたくて仕方ないタイプ?」

「そこまでじゃないけど、最近は繋がりを広めてみようと思っているんだ」

「おお、そりゃいいことだな。市ヶ谷と話したがってる奴結構いるし、みんな喜ぶよ」


 俺は苦々しく口角を上げる。

 無意識なんだろうけど、言い方が浅田先生そっくりだ。


「大げさだな。本当にそう思ってくれているなら、俺の友人はもっと増えてると思うんだけど」

「市ヶ谷が中途半端に悪役ムーブかますからだろ。金瀬さんを庇ったのは分かるけど、一度小畑寄りに立っちゃった奴は話しかけにくいんだよ」

「ああ、それなら分かる」


 本当は話しかけたいのに、負い目が邪魔をして近付くのはためらわれる。プリン頭だった頃の俺とそっくりだ。磁石の同極を帯びたようなあの感覚は、意思に関係なく足を遠のかせる。


 萩原さんがニカッと笑う。


「ま、俺は一抜けさせてもらうけどな。早速だけど紹介し合おうぜ?」

「いいよ。じゃあ俺からいくぞ。小笠原さんについて――」


 顔の前に手がかざされた。


「待った待った! せっかくだし俺達自身のこと紹介しようぜ? 俺は市ヶ谷さんのこと知りたいんだよ」


 きょとんとする。

 数拍置いて、胸の内でぽかぽかしたものが込み上げる。自分の存在を肯定された感覚は嬉しいけど照れくさい。


「分かった。じゃあ俺自身の紹介をするよ」

「よろしく頼むぜ」


 最初の相手に語った内容をそのまま告げる。


 奈霧への公開告白は事故だったと告げようとして、逡巡した挙句に止めた。奈霧は恥ずかしがっていたけど、満更でもないような雰囲気も醸し出していた。

 つまり見栄だ。彼氏として格好付けた。クラスメイトが真実を知ることは決してない。


「俺からは以上だ。何か質問はあるか?」

「んにゃ。演劇で背景は知ってるから特にないな。強いていうなら、演劇のどこまでが本当のことなんだ?」

「内緒だ」

「うわ、それほとんど嘘ってことじゃん。奈霧さんとちゅっちゅしてたってのは本当のことだったのか」

「君思った以上にグイグイ来るな」

「健全な男子高校生なもんで」


 てへ、とルームメイトが片目を閉じる。

 茶化す空気を感じて、俺は小さく息を突く。


「質問はないってことだな。じゃ次は萩原さんの番だ」

「あーごめんごめん! 一つだけ聞かして、真面目なやつ!」

「真面目なやつだけな」

「ありがと。市ヶ谷さんってさ、カフェテラスで親父と昼食摂ってたよな?」


 俺は口元を引き結ぶ。悪いことをしたわけじゃないのにバツが悪くなった。


「別に変な意味で言ったわけじゃない。ただ、部屋で俺との関係を話した後だったろ? どうしても気になっちゃってさ」


 別姓になった父親だ。浅田先生の意味深な発言といい、複雑な家庭環境だったのは察するに余りある。萩原さんから見て、俺の行動が知りたがりに映っても不思議はない。


 萩谷さんは仲良くなれそうなクラスメイトだ。こんなことで誤解されたくない。正直に話すことが義務と考えて、俺は耳にしたことを洗いざらい言葉にした。


「ごめん、萩原さん」

「何が?」

「行動が迂闊だったからさ」

「ああ、そういうことか」


 萩谷さんが苦々しく肩を揺らす。


「実は俺、ほとんど家庭の事情知らねえんだよ」

「そうなのか?」

「ああ。両親が離婚したのは物心つく前なんだ。お袋に聞いても、元親父が俺の兄をやったの一点張りでさ。それじゃぜんっぜん分かんねーっつーのな」


 告げるクラスメイトの表情は晴れやかだ。からっとした笑みからは繕いの色がうかがえない。


「それじゃ請希高校に入ったのは、浅田先生に事情を聞くためなのか?」

「そういうこと。でも中々聞く機会ないんだよなー」


 萩原さんが頭の後ろで両手を組む。口調の変わらないその態度に、初めてわざとらしさを感じた。


 お節介だろうか。

 逡巡して、覚悟を決めた。


「同じ校舎に居るんだ。機会が無いってことはないだろう」


 萩原さんが目を丸くする。


「ん、何が言いたいの?」

「言おうか迷ったけど、せっかくだし言っておくよ。君は聞くのが怖いだけだ。違うか?」

「違わない」

 

 飾りのような笑みが鳴りを潜めた。


「怖いに決まってんじゃん。殺したって聞かされてきたんだぜ? なのに警察沙汰にはなってない。警察を騙せるだけの知能犯だったら、下手をすれば俺も消されるかもしれない。そう考えたらすんなりと聞けるわけないだろ」

「随分妄想を膨らませたもんだな。もう十一月だぞ? ずっと浅田先生を見てきて何も思わなかったのか?」

「そりゃ思ったことはあるよ。ものぐさだなぁとか、適当だなぁとか、良い印象はないね」

「自身の子を手に掛けるタイプに見えたか?」

「いいや」

「じゃあ何を怖がるんだ? ここまで来ておいて、話をせず卒業ってのは無しだろう」


 萩原さんが肩をすくめる。


「他人事だから簡単に言うけどさ、相手は血が繋がってるだけでほとんど他人だぜ? 少しは言う側の気持ちを考えてくれてもいいんじゃねえの?」

「気持ちなら分かるよ。俺も言いたかったことを言えなかったからな」

「それって奈霧さんへの想いのこと言ってんの?」

「ああ」

「いやねぇ。もしかしてのろけ? 嫉妬しちゃうわぁ~~」


 萩原さんが体をくねくねさせた。俺はふざける面持ちを真顔で見つめる。

 通じないと悟ったらしい。クラスメイトが渋い顔をした。


「俺はきっかけに恵まれただけだ。何かが一つでも違っていたら、きっと誰かに奈霧を取られていた。浅田先生だって、いつまで請希高校にいるか分からないんだ。仮に転勤が決まっても、浅田先生は俺達には教えないだろう。そうなった時、君は後悔せずにいられるのか?」


 萩原さんが床に視線を落とす。


 萩原さんの両親が離婚したのは物心つく前。父の顔なんてうろ覚えだろう。


 高校生になるまでには十年以上を要する。気付くにあたって写真が役立ったとは思えない。俺と浅田先生の会話を気にしていたし、浅田先生が請希高校で教鞭を振るっていたことと、萩原さんが請希高校に進学したことは無関係ではないはず。言葉を交わせないまま卒業すれば間違いなく後悔する。


 とはいえデリケートな問題だ。俺が直接介入してこじれてもまずい。後は当事者の決断次第だ。


「話を逸らして悪かった。自己紹介の続きをしよう。次は萩谷さんの番だ」

「あ、ああ」


 萩原さんが戸惑いながらも口を開く。彼の自己開示を耳にして、二つほど質問を投げ掛ける。欲しい情報を得て解散した。



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