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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
4章
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第76話 俺みたいに


 体操着に着替えて自分の布団を調達する。


 布団の位置はじゃんけんで決めた。各々布団を置いて暇を潰し、時間を見てカフェテラスへと足を運ぶ。


 同じ部屋を使う仲でも、一緒に昼食を摂らなければならないなんてルールはない。

 

 俺は独りバイキングの列に並ぶ。スローペースで前進し、好きなおかずを好きなだけ皿に盛りつける。


 視界内に、同じ作業をして賑わっているグループがあった。彼らのお盆にある皿には、お子様ランチに盛り付けられていそうなメニューが乗っかっている。さながら、気に入った物を片っ端から詰め込んだ玩具箱だ。


 気持ちはよく分かる。俺も小さい頃は、ハンバーグにナポリタンを掛けてオムライスで閉じれば最強なんて思っていた。


 俺は適度に野菜も盛り付けて列を脱する。周囲を一瞥し、空いているテーブルに歩み寄る。


 その途中で浅田先生を見つけた。

 クラスの担任。文化祭前の題材決めで俺を売った教師。これまでは教師の一人としか認識していなかったけど、荻原さんの話を聞いた今では妙に気になる。


 逡巡して、靴先を浅田先生の方に向ける。

 正面に座る度胸はない。斜め前にある椅子の前で足を止める。


「浅田先生、同席してもよろしいでしょうか?」

「ん? 構わんぞー」

「ありがとうございます」


 お盆の底で天板をコトッと鳴らす。椅子を引いて座に尻餅を付き、いただきますを告げて箸を握る。

 

 ご飯を舌の上に乗せつつ、隙をうかがって視線を上げる。


 ちょび髭。大人の色香を感じさせながらも、覇気の類は一切感じられない。


 こうして担任教師の顔をまじまじと見つめたのは初めてだ。興味がなかったのもあるけど、最近までは身の周りのことで一杯一杯だった。先生から見て、俺はどんな生徒に映っていたのだろう。


「最近市ヶ谷変わったよなぁ」


 しみじみと告げられて背筋が伸びた。


「何ですか突然」

「いや、こうして市ヶ谷と話すのは初めてな気がしてな。色んな意味で印象に残ってるぞ?」

「例えば?」

「入学式だな。髪を金色に染め上げてたから、気合入ってんなぁと思ってたんだ。なのに女っ気がねえどころかクラスメイトを遠ざけるし、ご奉仕プリンの名を欲しいままにした挙句にゴマプリンだ。この流れ、約半年でやってんだぜ? 二十年近く教師やってるが、こんなに移り変わり激しい生徒はお前が初めてだ」

「よく見てるんですね」

「担任だからな。これ綺麗事じゃねえぞ? 予兆が見えたらすぐ動かないと手遅れになる。目を光らせる癖が付いてんだよ」


 先生が自慢げに煮物を頬張る。中年の貫禄ある顔立ちなのに、煮物を味わう表情は子供のようにあどけない。


「目を光らせるという割に、あまり俺に接触してきませんでしたね」

「奈霧の件か。デリケートな話題だったからな。特にプリン時代の落ち込みようって言ったら、好きな女に振られた男そのものだったろ。声掛けられる雰囲気じゃねえよあれは」

「実際失恋みたいな状態でしたからね」

「だろ? だから文化祭の時は驚いたぞ。佐郷がナイフ握って舞台に上がったのもそうだが、市ヶ谷は市ヶ谷で公開告白しやがるしよ。俺がプロポーズした時よりも派手だったぞあれ」

「やめてください。あれは俺の黒歴史なんですから」


 耳たぶが焚火で炙られたように熱を帯びる。

 せっかく愛を語る者が減っていたのに、公開告白のせいで再燃してしまった。人生でトップスリーに入るレベルの黒歴史だ。


「照れなくてもいいじゃねえか。あんな劇的な青春、生徒の九割は送れねえぞ? 結婚式は俺も呼べよな」

「どうしてですか?」

「どうしてって、告白であの大舞台だぞ? お前がどんなプロポーズで奈霧を落とすのか非常に興味がある」

「そうですか。呼びません絶対に」

「つれないねぇ」


 先生がナポリタンをちゅるちゅると吸う。

 しかしさっきから美味しそうに食べるものだ。皿に盛り付けた量じゃ少ないだろうか? 無くなる前に盛り付けてこようかな。


「何にしても良かったよ。一時期は心配してたが、今は友人や恋人もいるみたいだしな。ま、担任としてはもう少しクラスに目を向けてほしいところだがね。お前と話したがってる奴結構いるんだぜ? 相談してきた生徒もいたくらいだ」

「そうだったんですね。知りませんでした、クラスメイトと仲良くする件については善処します」


 告げた言葉は嘘じゃない。俺が周りをないがしろにしたせいで起きたトラブルもある。自覚的にならずにはいられない。


 浅田先生が満足げに頷く。


「おう、よろしくな。結婚式の時は招待状忘れるなよ?」

「それはもういいですって」


 そのネタまだ続くのか。

 もういいや、自分で話題を変えてしまおう。


「ところでプロポーズがどうのと言ってましたけど、浅田先生って恋愛したことあるんですか?」

「失礼だなぁ。何だ、お前可愛い彼女ができたから自慢してんのか?」

「違います」

「じゃあ写真を見せびらかしたいのか? そういやちょっとえっちなやつって聞いたぞ? けしからんな、見せろ」

「あなた先生ですよね? そもそも邪なものじゃありませんよ」


 浅田先生がつまらなそうに頬杖を突く。


「なーんだ、違うのか。スマートフォン奪ってでも見てやろうかと思ったのに」

「それでいいのか浅田」


 思わず呼び捨てにしてしまった。

 愉快気な笑みがカフェテリアの空気を震わせる。


「冗談だっつの。んで、恋愛したことあるのかって話だったな。プロポーズの話は嘘じゃないから『ある』と答えるしかないが、随分唐突な質問だな。萩原にでも聞いたのか?」


 息が詰まった。このタイミングで荻原さんの名前を出した理由なんて、わざわざ問うまでもない。


 萩原さんから聞いたことを明かすべきか、黙っておくべきか。

 迷った末に口を開く。


「何で分かったんですか? ポーカーフェイスには自信があったんですけど」

「そうなのか。なら安心しろ、今のは鎌掛けただけだから」

「は?」


 一瞬思考が漂白された。

 我に返って、胸の奥から悔しさに似たものが込み上げる。


「そんな顔すんなよー。ほれ、ウインナーやるから」

「いりません」

「そっかぁ。美味いのに」


 先生がウインナーを頬張る。頬をもごもごさせる様子からは、気を悪くした様子は見られない。萩原さんと先生にとって、離婚はすでに過去の出来事なのだろうか。

 

 推測して、ちょっとした罪悪感が胸をチクリと刺す。

 

 俺も苦しかった頃は態度を偽った。佐田さんや尾形さんに奈霧について聞かれた時は、胸を抉られるような気持ちを味わった。誰にだって触れられたくない部分はある。そんなことは身に染みて分かっていたはずだったのに。


「すみません、デリカシーに欠けてました」


 自然と謝罪の言葉が口を突いた。

 先生がもぐもぐを止めてごくっと喉を鳴らす。

 

「前々から思ってたがよ、市ヶ谷ってくそ真面目だよな」

「何ですか突然」

「突然じゃねえって。演劇の題材決める時も、本当に嫌なら放り出せばよかったんだ。知らんぷりしてれば、あいつらだって別の題材に変更したはずだ」

「そんなことしたら嫌われるじゃないですか」

「当時はクラスメイトなんて居て居ないようなもんだったろ。違うか?」


 口をつぐむ。それを言われたら何も言い返せない。

 

 少なくとも奈霧と和解する前は、どうせ退学するんだからどうでもいいと思っていた。文字通りクラスメイトは居て居ないものだった。


「真面目なのは教師としては楽だけどよ、そんなんじゃ世の中生き辛いぞ? 今の内に力の抜き方も勉強しとけ。でないと」


 浅田先生がコップの縁を口に付けて傾ける。コップの底でお盆を鳴らし、椅子から腰を上げる。


「俺みたいに、自分の子を殺しちまうかもしれないぜ?」

「……え?」

 

 俺は思わず顔を上げる。

 問い掛けの声は背中で受け止められた。遠ざかる背中が、これ以上聞くなと言っているように見えた。



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