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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
4章
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第75話 健全な男子


 窓の外に見える景色が止まった。慣性が尽きて炭酸の抜けた音がする。


 クラスメイトがぞろぞろと腰を上げて外へ向かう。同年代の背中を追いかけてコンクリートの地面を踏み締める。整列して点呼が取られ、制服の流れに乗って昇降口に雪崩れ込む。


 研修センター内では、下履きで建物内部を歩くことは禁止されている。外履きを持参の袋に収め、持参した青緑のスニーカーに足を挿し入れる。


 内履きの裏で廊下の床を踏み鳴らす。


 浅田先生が踏み込んだ部屋には、細長いテーブルがずらっと並んでいた。縦長の人影が先着順に奧から座るさまは、カートリッジに詰められる弾薬を思わせる。


 しおりに記された予定では、この場所でオリエンテーションが行われる。研修センター内でのルールを叩き込まれるのだろう。


「あーあーマイクテス、マイクテス、フフンフーン」


 生徒が談笑で室内を賑わせる中、研修センターの責任者がマイクテストを行う。

 笑い声を上げる同級生を尻目に、俺は一人思考にふける。


 このオリエンテーションが終われば、大して親しくないクラスメイトと同じ部屋に押し込められる。充実した時間になるか、空虚な時間になるかは俺次第だ。


 マイク越しに声が張り上げられる。マイクテスおじさんによる説明会が始まった。

 

 ◇


 芳樹と別れて廊下を突き進む。


 宿泊する部屋は、事前にしおりで割り振られている。メンバーは全員親しくないクラスメイト。自然と気が引き締まる。


「……ここか」


 しおりを片手に、ドアに貼られた紙を見る。しおりに記載された番号と、紙に記された数字を再度照らし合わせる。


 俺はドアノブに腕を伸ばす。


 室内と廊下を隔てる板の向こうには、しばらくの間共に過ごすクラスメイトが待っている。


 ここからは未知の領域だ。ちゃんと挨拶できるのか、微笑を崩さず接することができるのか。もし緊張して無言のままやり過ごせば、気まずい研修期間の幕開けとなる。


 固唾を呑み、ドアノブをひねって開け放つ。

 踏み込むなり五つの視線に歓迎された。


「お、愛故にじゃん」


 早速表情が強張りかけた。玩具でも見つけたような視線を向けられる。


「やめろって。本人は嫌がってるらしいから」


 ルームメイトの一人がフォローに入った。愛を口にした男子が目を丸くする。


「あれ、市ヶ谷嫌がってんの?」

「俺はそう聞いてる。市ヶ谷さんはどう思ってるんだ?」


 うかがうような視線が殺到する。

 正直なところ、人前でなければ気にならないくらいには慣れた。それに俺が異名を疎んでいた理由は、耳にするとどうしても奈霧の存在がちらついたからだ。仲良くしたくてもその資格がない、そんな現実を突き付けられて苦しかったからだ。

 

 俺はもう奈霧と和解している。そこから一歩踏み出して恋仲になった。現状異名を疎む理由は恥ずかしい以外にない。


 そう、つまり恥ずかしいのだ。故に俺の返答は一つ。


「いい気分はしない。今後控えてくれると助かる」

「だとさ」

「分かった。悪い、つい調子に乗った」

「いいよ。今後気を付けてくれれば」


 俺は畳を踏み締めて部屋の隅に荷物を置く。

 フォローしてくれた男子が歩み寄る。


「文化祭の時はごめんな。親父が調子ぶっこいたせいで迷惑掛けちまった」

「親父?」


 誰のことだ?

 俺が目をぱちくりさせると、少年が苦笑する。


「そりゃ分かるわけないか。じゃ初めまして、僕は萩原俊也。旧姓は浅田だ」

「浅田って、え?」


 心当たりがある。思わせぶりに旧姓を口にしたのだから無関係ではないだろう。


「もしかして、担任の?」

「そ。今は離婚してるから他人だけど、元々は俺の親父」


 そんな重い話を前触れもなく持ち出されたら、俺はどう言葉を返せばいいんだ。

 くすっと笑い声が上がる。


「悪い悪い、急にこんな話されても困るよな。とっくに終わった話だ、気にしちゃいないから安心してくれ」

「そうか、それなら良かった」


 俺はほっと胸を撫で下ろす。離婚した父親が教師なんて、萩原さんに掛かるストレスは想像するに余りある。


 今まで萩原さんは、他の生徒には想像もできない生活を送ってきたのだろう。子供ながらに色んなことを考えて、色んなことを我慢してきたに違いない。揶揄われる俺に助け舟を出したのも、そういった境遇から生まれた高い精神年齢故か。


 安堵したら喉の渇きを覚えた。旅行バッグのファスナーを空けてペットボトルを取り出す。


 萩原さんがぐいっと顔を近付ける。


「ところでさ、バスの中での話本当?」

「話?」


 クラスメイトの顔を尻目に、ペットボトルの蓋を開けて水を口に含む。


「奈霧さんの写真を家宝にしてるって話」


 噴き出した。

 むせた。飲み下す水が気管に入って肺の収縮を誘発する。


 前言撤回。

 萩原さんはやはり健全な男子だった。



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