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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
4章
73/184

第73話 変わらないもの


 

 宿泊研修に参加することになった。 


 一泊二日。ペンを握っての勉強から離れて、属性の違う勉強をする。学ぶことに変わりはないけど、クラスメイトは勉学から解放されるとはしゃいでいた。


 同学年と学校行事で出掛ける。俺が長らく経験してこなかったことだ。


 待ち受けるのは小学生以来のイベント。遠足を待つ子供の気分なんて覚えてないけど、楽しみを待つ気持ちは分かる。出発前日にはそわそわして中々寝付けなかった。忘れ物がないか不安になって、時々体を起こしてバッグの中身を確認した。


 当たり前と言うべきか、俺はぼんやりした頭で起床する羽目になった。身支度を済ませてマンションを後にする。ずしりと肩にのしかかるバッグの重みが感慨深い。


 校舎が近付くにつれて、視界内に制服姿がちらつく。平日は毎日目にしたカバンに混じって、大きな荷物を持つ人影が点在する。俺と同じ一年生の生徒だろう。


 宿泊研修をするのは一年生のみ。二、三年生はいつも通りの校舎を歩む。学年が一目で分かるのは新鮮な光景だ。


「市ヶ谷さーん!」

「おはようっ!」


 振り返った先には二つの人影があった。大人びた少女が軽く腕を振り、小さい方が右腕をぶんぶん振る。


「おはようございます。菅田先輩、波杉先輩。今日も元気そうで何よりです」

「そういう君は眠そうだね」

「さては夜更かししたなボーイ?」

「まあ、はい」

 

 してないけど、今日を楽しみにしたせいで寝不足になった、なんて言ったら絶対笑われる。ここは誤魔化す一択だ。


「だめだぞー? いくら今日を楽しみにしてたって、ぼんやりした頭じゃ楽しめないんだから」


 嘘を付いた甲斐がなかった。


「誰も楽しみで寝不足になったとは言ってませんよ?」

「嘘だー絶対楽しみで寝付けなかった口でしょ」

「違いますって。何でそう決めつけるんですか?」

「私がそうだったから」

「……あー」


 俺はどう反応すればいいんだ。喜べばいいのか? 一緒にするなと怒ればいいのか? 返答に困る発言は控えてほしいものだ。


「懐かしいなぁ。真樹ってば、バスの中で爆睡してたねぇ」

「ちょっと双葉、言わないでよぉ。私にも先輩の威厳ってものがあるんだからー」

「菅田先輩に、威厳?」


 俺は思わず眉をひそめる。

 菅田先輩が目を丸くした。


「おーい何だその反応! 無礼だぞ、敬いたまえ後輩!」

「少し前までは素直に敬ってたんですけどね。最近先輩方を子供っぽく感じる機会が増えたと言いますか」

「わたしにも飛び火したっ!? それにしてもこの落ち着きよう、ボーイに何があったの言うのだ」

「決まってる。パートナーを持つ者の余裕ってやつよ……!」


 先輩方がごくりと喉を鳴らす。いかにも重要なことを話していそうな雰囲気が醸し出され、周囲からちらほら視線が集まる。


 この漫才じみたやり取りも久しぶりに見た気がする。俺に気を遣って、奈霧と二人きりになる時間を作ってくれてたとか? 

 考えすぎか。

 

「ところで最近奈霧さんとはどうなの?」

「順調ですよ」

「そうじゃなくて、進展具合だよ」

「へえ意外。真樹でも気にするんだねぇ」

「そりゃあね、私もうら若き乙女ですし。双葉にはまだ早いかもしれないけど」

「なぬっ!? 同い年のレディに向かってなんてことを!」

「そうだったんですか?」


 すかさず菅田先輩のノリに乗った。

 幼い顔立ちが驚愕に染まる。


「市ヶ谷さんまで! はっ! もしやこれが、二次界隈を賑わせたというカリスマブレイクというやつ!?」

「違うよ?」


 真樹先輩の方が早かった。大真面目なツッコミを前に、俺は小さく吹き出す。

 波杉先輩が両の拳を握り締める。


「笑われたっ!? おのれ。この笑われた恨み、晴らさでおくべきか」

「怒った?」

「怒った。必ずや邪知暴虐じゃちぼうぎゃく蒙昧もうまいを叱らねばならぬと決意した」

「メロスパロるのやめてください」


 波杉先輩がウインクしてピンクの舌を出す。

 メラメラとした雰囲気が一瞬の内に霧散した。


「まあ冗談はさておき、せっかくの宿泊研修だもんね。二日間楽しんできたまえ」

「忘れ物はない?」

「はい。何度も確認しましたから」

「何度もチェックしたんだ?」

「失言でした。忘れてください」

「いいや忘れぬ。必ずや墓場まで持って行く」


 墓場まで持って行くならいいか。誰にも話さないってことだし。

 菅田先輩が目を丸くする。


「あれ、そういえば双葉日直じゃなかったっけ?」

「あ、そうだったやっべ! わたしもう行くね!」

「はい。転ばないように気を付けてください」


 波杉先輩が身を翻して走る。

 小さな背中が遠ざかる中、波杉先輩もカバンを脇に抱える。


「私も行くよ。お泊りだからって、奈霧さんに変なことしちゃ駄目だからね?」

「しませんよそんなこと。そもそも別の部屋ですし」

「なら安心だ」


 んじゃねーと声を残して、大人びた方の先輩もハイペースで靴音を鳴らす。

 恋人ができても変わらない絆を実感して、俺は口角を上げて踏み出す。


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