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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
4章
72/183

第72話 罪な男と罪な女


 俺達は優勝した。


 優勝したのは男子バスケのみ。女子バレーは奈霧の属する一組が優勝した。他の種目も別のクラスが決勝を制した。


 それでも優勝競技がないよりは良い。クラスメイトも口角を上げて俺達の優勝を祝ってくれた。試合中に失点のきっかけを作った件も、ダンクシュートを決めたことへの感嘆で上書きされた。俺は運動ができないキャラだと思われていたらしい。暴漢を沈めた件があるのに不思議なものだ。


 ロングホームルームを終えて教室を後にする。奈霧と合流して帰路の道に踏み出し、オレンジに浸食された空を仰ぐ。


「球技大会も終わっちゃったね」

「名残惜しいか?」


 奈霧がかぶりを振る。


「ううん、バレーボールに関しては踏ん切りが付いてるから」

「俺としては勿体なく映ったけどな。ジャンプサーブとか凄い速度だったし」

「ありがとう。でもいいんだ、高校生になってからは服飾に集中するって決めてたから。それに中学では優勝したけど、才能だけで言えば私より凄い人はいたんだよ。あくまでチーム競技だから勝てただけ。今やっても多分勝てないよ」

「上には上がいるってことか」

 

 スポーツ競技の才能は体格とセットだ。食事制限やトレーニングなら情熱次第でこなせるが、リーチを活かした守備範囲の広さと攻撃力は誤魔化しが利かない。


 奈霧は女子の中では背が高い。


 それでも芳樹と比べれば差は一目瞭然だ。街を歩けば、芳樹に劣らない体格の女性を見ることもある。球技大会で活躍する芳樹を見た時のように、奈霧にもこの人には勝てないと思う瞬間があったのだろうか。


「そんな顔しないでよ」


 思考を中断して我に返ると、奈霧が苦々しい笑みを浮かべていた。


「私凄く幸せなんだよ? 二度と会えないと思ってた幼馴染と恋人になって、好きなことに一生懸命になれる環境がある。確かに才能の壁を感じたことはあるけど、それだけが理由でバレーを止めたわけじゃない。高校の部活は練習も厳しくなるし、指を怪我するリスクも大きくなる。バレーと服飾、両方を天秤に掛けて今の道を選んだの。そこに後悔は無いよ」


 栗色の瞳に見据えられる。笑みを湛える表情には曇りがない。心の底からそう思っていることがうかがえる。


「私のことは良いんだよ。釉くんは怪我しなかった?」

「大丈夫だよ。転んだわけじゃないからな」

「風間さんと何か話してたよね? 何を話していたの?」

「よく分かったな。あの騒ぎの中で」

「口が動いてたから。あの人とは談笑するような仲じゃないし、気になっちゃって」

「だったら安心してくれ、奈霧が気にするようなことは何も話してない。思春期の男子がちょっと嫉妬に狂ってただけだ」

「嫉妬?」

「奈霧に好かれた俺のことが気に入らなかったんだってさ」


 大きな目が丸みを帯びる。桜色のくちびるから小さく息が漏れた。


「そういうことね。佐郷といい風間さんといい、どうして皆こじらせて人に迷惑を掛けるのかな」

「良くも悪くも、色恋沙汰はエネルギーが湧くからじゃないか?」

「釉くんはそういうの分かるの?」

「ああ、凄く分かるよ」


 渋谷区で失恋してから、そう思い込んでからの学校生活は灰色だった。クラスの行事なんてどうでもよかったし、誰に何を言われようと気にしなかった。

 

 奈霧と仲直りをしてから、文字通り世界が色付いた。登校するのが待ち遠しくなったし、行事が楽しみになった。和解していなければ文実に立候補しなかったし、佐郷の凶行を止めることも叶わなかった。奈霧が火傷したことを知って、この身を再び復讐鬼に堕としていたかもしれない。


 愛が全てを救うなんて思わない。


 それでも俺達の学校生活は救われた。俺が奈霧と肩を並べていられるのは、間違いなく恋愛がもたらした活力のおかげだ。


 恋愛と失恋は紙一重。生み出されたエネルギーがマイナス方向に振り切れば、凶行に走るやからが出るのも頷ける。


「前々から思ってたけど、奈霧って罪な女だよな」

「前も似たこと言ってたね」

「そうだっけ?」

「言ってたよ。君はモテるんだなって、すっごく意地悪な顔して言ってた」


 横目が細められた。俺は視線を逃がす。


「当時は君を復讐対象として定めていたし、仕方ないんじゃないかなーと」


 加えて、あの時はちょっとした嫉妬も混じっていた。ストーカーの話を持ち出して意地悪した俺をどうして責められようか。いや、当時に戻れたら過去の俺を引っ叩くくらいはするけども。


「私って男運無いのかな」


 息が詰まる。


 男運が無い。それって、俺も入っているのだろうか。


 確かに、俺は小学生時代のことを調べないまま復讐に走った馬鹿野郎だけど、感極まって演劇中に大告白をかましたアホンダラだけど、彼氏彼女の関係になってからは多少なりともマシになったと自負している。


 まだ足りなかった? 

 何が足りなかった。嫌われてしまっただろうか。軽口を吐いたことへの後悔が胸の奥で渦を巻く。


 奈霧がふっと小さく笑う。


「冗談だって。その件についてはもう謝ってもらったし、気にしてないよ」


 内心ほっと胸を撫で下ろす。

 奈霧が再び表情を引き締める。


「でも釉くんだって大概だからね? 幼馴染は得だよねーって嫌な感じで言われたこともあるんだから」

「それって俺を羨んだ発言じゃないのか?」

「発言したのは女子だよ? 仲直りする前は、何度も釉くんを紹介してって頼まれてたし」

「物好きな女子もいるんだな。当時の俺は誰もが認めるやばい奴だったのに」

 

 放送室を占拠して全校放送した挙句に、独り憂鬱ゆううつに沈んだ。周りとのコミュニケーションを敬遠しているかと思いきや、ボランティアに片っ端から顔を出してご奉仕プリンの名を欲しいままにした。


 そんな奴不気味だろう。陰口を叩かれたことも一度や二度じゃない。我ながら、よくいじめられなかったなと感心したくらいだ。数百人もいれば、変わった奴を好く女子も四人や五人いるということか。


「ちなみにさ」

「ん?」

「もし仲直りする前に女の子を紹介してたら、釉くんはどうしてた?」

「受け入れてただろうな」

「……断ってたって言わないんだね」


 奈霧がそっぽを向く。

 隠すことじゃない。俺は構わず言葉を連ねる。


「あの頃は色々と諦めていたんだ。好き嫌いで判断する余裕なんて無かった。俺のことなんてもう眼中に無いんだと思い込んで、そのままズルズルいったと思う」


 自棄じきになった末の受諾じゅだくなんて相手の女子にも失礼だ。世界だって色付きはしなかっただろうし、奈霧との思い出話を口にして相手を苛立たせた可能性も否めない。破局まで時間は掛からなかったに違いない。


「今じゃとても考えられないけどな。奈霧以外と歩く自分なんて想像できない」

「そっか」


 整った顔立ちが優しく微笑む。俺は口元を緩めて視線を前に戻す。


 通学路を歩き切ったら自宅で寝て、そうすればまた明日がやって来る。帰路の先に続く未来を想って、恋人と足を前に出す。


お読みいただきありがとうございました。


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