第71話 君達には勿体ない
そこから先も嫌がらせは続いた。
事故に見せかけた攻撃。同じやり方を繰り返すと怪しまれると思ったのか、やり口は存外に多種多様だ。バスケは体全体で行うスポーツ。手法なんて数多ある。
足、肘、背中。明らかなファールが混じってイエローカードが上げられた。
一回だけなら退場にはならない。加減した辺り、試合に勝つ気自体はあるらしい。点数差があっても捲れると踏んでいるのだろう。舐められたものだ。
「まだやるの? 怪我した振りして途中退場した方がいいんじゃない?」
「よくやるよなお前も。俺がキレて音声暴露するとか思わないのか?」
「お人好しの君にそれできないでしょ?」
「随分買いかぶられたもんだな。そんなことしたって、奈霧はお前達なんて相手にしないぞ?」
「こっちだって、あんな女相手にする気ないっつーの。こっちの目的はあくまでお前に恥をかかせることさ。君がずったんばったんしたせいで結構失点したし、彼女さんに幻滅されないといいねぇ」
ニヤついた笑みが視界を濁す。
風間さんは卑劣にして下劣だけど、やり口としては間違っていない。栄えある決勝戦でずっこけまくる男子なんて、女子からすればドン引きものだろう。
球技大会前の俺なら、今頃奈霧の目が気になって試合どころじゃなかったはずだ。負傷した振りをして保健室に逃げていたかもしれない。
可笑しさが込み上げて吹き出す。
「今なんか可笑しなことあった?」
「いや、見損なわれたもんだと思ってな」
「見損なう要素しかないっしょお前なんて」
「俺じゃない、奈霧のことさ。やっぱり公開告白して正解だったよ。あんな良い女、君達には勿体ない」
風間さんの眉根が寄る。
俺は足を前に出した。ボールをキャッチしてゴールへと走る。
「どうやらまーた痛い目に遭いたいようだねぇ」
別のバスケ部員が視界に飛び込む。口元には、風間さんの表情に似たニヤ付きがある。
いっそ清々《すがすが》しいくらいにやる気満々だ。足を開き気味にした体勢からして、今度は膝で来るだろうか。
「風通し良さそうだな」
俺は足を止めてボールを押し出す。股下でバウンドして背中側に抜けた。
「ナイス市ヶ谷!」
頼りがいのある仲間がボールを拾い上げた。
「やべえ芳樹だ! 下がれ!」
「これ以上点をやるな!」
相手チームが慌てて下がる。
その努力もむなしく、芳樹がボールを手に跳んだ。ボールが放物線を描いてゴールネットを揺らす。
風間さん達の目的は俺への嫌がらせ。その終着点は、俺がミスを連発したせいで負けたという事実を作ることだ。
その手法は、物理的接触を繰り返すことと非常に相性が悪い。
俺をいたぶるにも周りの目がある。レッドカードを食らわないためには、仕方ない接触だったと誤認させるシチュエーションが要る。
そんな状況、狙っても中々作り出せない。場の調整には時間が掛かる。
それは勝ちの目を削る行為に等しい。
嫌がらせに時間を注ぐほど、得点稼ぎに使える時間は短くなる。立ち位置は常に俺依存。芳樹を止められずに点差が開き、逆転に必要な時間も肥大する。
「君が言うように無様を晒したけどさ、俺としては終わり良ければ全て良しなんだ。ありがとう、俺に夢中になってくれて。おかげで奈霧に白星をプレゼントできそうだ」
舌を打つ音が鳴り響く。
「お前ら! こっからは全力だ! いいな!?」
二つの首が縦に揺れる。
今さらやる気になっても遅い。俺はチームメイトに耳打ちして下がり気味でパスを回す。相手選手の立ち位置に気を付けつつ、安全を確保している時はたっぷりと時間を使う。
もちろんボールは取られた。シュートも入れられた。
それで良い。逃げ切れるだけの点数差は芳樹が作ってくれた。時間を稼げば俺達の勝ちだ。
「ずるいぞお前ら! 正々堂々戦いやがれ!」
「その言葉そっくり返してやる。それより良いのか? 俺なんかに意識を割いて。君達じゃ二人掛かりじゃないと芳樹を止められないのにさ。ほら、芳樹が走るぞ」
俺は視線を振る。
これ以上点差が開くと、いよいよ本格的に間に合わない。俺達のチームで一番厄介なのは芳樹だ。同じ部に所属する彼らは、その脅威を俺よりも思い知っている。
風間さんが横目を振るのは必然だった。俺は風間さんの背後に抜けてゴールへと走る。
「芳樹!」
「任せろ!」
たくましい腕が引かれる。野球ボールを投げるフォームでバスケットボールが投げ放たれた。
そのボールをキャッチしてドリブルに移行。相手のゴールに肉薄する。
「行け! 釉くーんッ!」
聞き覚えのある声を聞いて口角を上げる。散々格好悪いところを見せたし、最後くらいは格好付けても罰は当たらないだろう。
助走のままに床を蹴る。
「おおおオオオオオオッ!」
ゴールリングにボールを叩き付ける。
ブザーが鳴り響いて、俺達は歓喜の声を上げた。
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