第69話 球技大会二日目
球技大会二日目。
最後の日ということで、体育館に足を運ぶ生徒が増えた。初日より多くの視線に晒されながらキュッキュと床を擦り鳴らし、接戦の末に勝利をもぎ取る。
相手も勝ち残ったチーム。チームにはバスケ部の生徒が混じり、芳樹一人では抑えきれなくなってきた。むしろ芳樹をマークされて、俺もボールを持つ機会が増えた。
それが良いことかどうかは分からない。ただ一つ言えるのは、俺次第でプラスにもマイナスにもなるってことだ。俄然やる気が出てきた。
芳樹達と勝利を労い、その足で小体育館に移動する。
行われるのは女子バレーの決勝戦。広々とした空間が多くの人影で賑わっている。
「凄い人だな」
「決勝だからな。何だかんだ皆興味あるんだろ」
芳樹と肩を並べて人混みに近付く。足を前に出すにつれて、右方左方から視線が突き刺さる。
「あ、奈霧さんの彼氏だ」
「きっと応援に来たんだよ。愛故に」
さいっこうに居心地が悪い。
好奇の視線だけじゃない、中には敵意に近いものも混じっている。俺は踏み出すペースを落として芳樹の後ろに隠れる。
たくましい腕に背中を押された。
「もっと前出ろって。下がったら奈霧さんがお前を見つけられねえだろうが」
「分かってるよ」
居心地が悪いんだから仕方ない。俺は会場を見渡して、奥に見える階段を指差す。
「上から観戦しよう。その方がよく見えるはずだ」
「そりゃそうだけど、奈霧さんからお前の顔見えなくね?」
「いいから!」
芳樹の背中を押して段差に足を掛け、ギャラリーの床に靴裏を付ける。
ピーッと甲高い音が鳴った。コート外で奈霧が腰を落とし、ボールを放って跳躍する。
助走の慣性を乗せたジャンプサーブ。華奢な体を反らせて球体を打つ様は、その身をしならせて矢を射出した和弓を想起させる。見惚れるほどに美しい所作だ。後頭部付近で揺れる髪束も視覚芸術めいて見える。
所詮他人事。
対戦相手にとっては疎ましい射手だ。見惚れることなく足を動かしてレシーブを間に合わせる。
奈霧のサーブでもぎ取れたのは一点だけ。点を取り返されてローテーションに入る。
遊戯に等しい球技大会なのに、コート内の全員が真剣な表情で相手コートを見据えている。年の近い女子達が、今は近しいだけの何かに見える。
試合はワンサイドゲームとはいかない。点を取っては取られを繰り返し、再び奈霧のサーブ番が回ってきた。
応援の声に混じって、奈霧が激励の声を上げる。後一点で決勝を制するこの場面。華奢な体には相当なプレッシャーが掛かっていることだろう。
選手全員が額に汗を浮かべている。
鏡の前で整えた容貌と比べれば、お世辞にも華やかとはいかない。セットした髪を崩したくないと愚痴っていた女子ですら、無造作にゴム紐で一括りにしている。全てをこの時間に集約させて弾けさせる。さながら線香花火のような在り方だ。
柵を握る指に力がこもる。応援の声で賑わせていた観客も、緊張した面持ちで奈霧の手元を見つめている。
恋人がボールを宙に放り投げる。助走を付けて体を反らし、細い腕を鞭のごとくしならせる。
スパイクじみたサーブがネットを越えた。
相手も然る者、きっちり受けてボールに放物線を描かせる。レシーブ、トス、スパイク。バレーの基本にして極致のサイクルが緩急を付けて繰り返される。もどかしい。見ているこっちが声を張り上げてしまいそうだ。
頑張れ。負けるな。
集中を切らすのは本意じゃない。喉元から出掛かった言葉を呑み込み、思念だけで恋人の背中を応援する。
相手のスパイクがネットの上辺を擦った。ボールが変な軌道を描いて床に迫る。
「っ!」
奈霧が身を投げ出した、手首が落下地点に先回りし、辛うじてボールが放物線を描く。
チームメイトが動く中、奈霧が両腕を伸ばして体を浮かせる。間に膝を入れて立ち上がり、右腕を上げて踏み出す。
「ボールちょうだい!」
チームメイトが応えた。角度を付けてボールを弾き、ネット付近に落ちる軌道を作り出す。
奈霧が跳ぶ。
ブロックが跳ぶ。
叩かれたボールが床を打った。ボールが落ちたのは対戦相手のコート。奈霧の元に女子が集まり、体を密着させて勝ち鬨の声を上げた。奈霧も表情を華やがせて勝利の喜びを分かち合う。
整列の号令が掛かった。両チームが列を作って一礼する。ギャラリーの歓声が室内を駆け巡る中、奈霧がきょろきょろと周囲を見渡す。
俺は柵から身を乗り出す。
「格好良かったぞ!」
奈霧が振り返って仰ぐ。口元を緩めて、次の瞬間にはニッと笑んで白い歯を見せた。