表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
罪には罰を  作者: 原滝飛沫
4章
69/184

第69話 球技大会二日目


 球技大会二日目。

 最後の日ということで、体育館に足を運ぶ生徒が増えた。初日より多くの視線に晒されながらキュッキュと床を擦り鳴らし、接戦の末に勝利をもぎ取る。


 相手も勝ち残ったチーム。チームにはバスケ部の生徒が混じり、芳樹一人では抑えきれなくなってきた。むしろ芳樹をマークされて、俺もボールを持つ機会が増えた。

 それが良いことかどうかは分からない。ただ一つ言えるのは、俺次第でプラスにもマイナスにもなるってことだ。俄然やる気が出てきた。


 芳樹達と勝利を労い、その足で小体育館に移動する。

 行われるのは女子バレーの決勝戦。広々とした空間が多くの人影で賑わっている。


「凄い人だな」

「決勝だからな。何だかんだ皆興味あるんだろ」


 芳樹と肩を並べて人混みに近付く。足を前に出すにつれて、右方左方から視線が突き刺さる。


「あ、奈霧さんの彼氏だ」

「きっと応援に来たんだよ。愛故に」

 

 さいっこうに居心地が悪い。

 

 好奇の視線だけじゃない、中には敵意に近いものも混じっている。俺は踏み出すペースを落として芳樹の後ろに隠れる。


 たくましい腕に背中を押された。


「もっと前出ろって。下がったら奈霧さんがお前を見つけられねえだろうが」

「分かってるよ」


 居心地が悪いんだから仕方ない。俺は会場を見渡して、奥に見える階段を指差す。


「上から観戦しよう。その方がよく見えるはずだ」

「そりゃそうだけど、奈霧さんからお前の顔見えなくね?」

「いいから!」


 芳樹の背中を押して段差に足を掛け、ギャラリーの床に靴裏を付ける。


 ピーッと甲高い音が鳴った。コート外で奈霧が腰を落とし、ボールを放って跳躍する。

 助走の慣性を乗せたジャンプサーブ。華奢な体を反らせて球体を打つ様は、その身をしならせて矢を射出した和弓を想起させる。見惚れるほどに美しい所作だ。後頭部付近で揺れる髪束も視覚芸術めいて見える。


 所詮他人事。

 対戦相手にとっては疎ましい射手だ。見惚れることなく足を動かしてレシーブを間に合わせる。


 奈霧のサーブでもぎ取れたのは一点だけ。点を取り返されてローテーションに入る。


 遊戯に等しい球技大会なのに、コート内の全員が真剣な表情で相手コートを見据えている。年の近い女子達が、今は近しいだけの何かに見える。


 試合はワンサイドゲームとはいかない。点を取っては取られを繰り返し、再び奈霧のサーブ番が回ってきた。


 応援の声に混じって、奈霧が激励の声を上げる。後一点で決勝を制するこの場面。華奢な体には相当なプレッシャーが掛かっていることだろう。


 選手全員が額に汗を浮かべている。

 

 鏡の前で整えた容貌と比べれば、お世辞にも華やかとはいかない。セットした髪を崩したくないと愚痴っていた女子ですら、無造作にゴム紐で一括りにしている。全てをこの時間に集約させて弾けさせる。さながら線香花火のような在り方だ。

 

 柵を握る指に力がこもる。応援の声で賑わせていた観客も、緊張した面持ちで奈霧の手元を見つめている。


 恋人がボールを宙に放り投げる。助走を付けて体を反らし、細い腕を鞭のごとくしならせる。


 スパイクじみたサーブがネットを越えた。

 相手もる者、きっちり受けてボールに放物線を描かせる。レシーブ、トス、スパイク。バレーの基本にして極致のサイクルが緩急を付けて繰り返される。もどかしい。見ているこっちが声を張り上げてしまいそうだ。

 

 頑張れ。負けるな。

 

 集中を切らすのは本意じゃない。喉元から出掛かった言葉を呑み込み、思念だけで恋人の背中を応援する。


 相手のスパイクがネットの上辺を擦った。ボールが変な軌道を描いて床に迫る。


「っ!」


 奈霧が身を投げ出した、手首が落下地点に先回りし、辛うじてボールが放物線を描く。

 チームメイトが動く中、奈霧が両腕を伸ばして体を浮かせる。間に膝を入れて立ち上がり、右腕を上げて踏み出す。


「ボールちょうだい!」


 チームメイトが応えた。角度を付けてボールを弾き、ネット付近に落ちる軌道を作り出す。


 奈霧が跳ぶ。

 ブロックが跳ぶ。


 叩かれたボールが床を打った。ボールが落ちたのは対戦相手のコート。奈霧の元に女子が集まり、体を密着させて勝ちどきの声を上げた。奈霧も表情を華やがせて勝利の喜びを分かち合う。


 整列の号令が掛かった。両チームが列を作って一礼する。ギャラリーの歓声が室内を駆け巡る中、奈霧がきょろきょろと周囲を見渡す。


 俺は柵から身を乗り出す。


「格好良かったぞ!」


 奈霧が振り返って仰ぐ。口元を緩めて、次の瞬間にはニッと笑んで白い歯を見せた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ