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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
4章
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第68話 全力を出せなくなると思ったから

 見に行った試合は奈霧が属するチームの勝利で終わった。

 

 中学の頃にバレーをやっていたという話は本当のことだったらしい。動きがキビキビとしていて、スパイクで床を鳴らした時は男子顔負けの格好良さを誇っていた。


 球技大会一日目を終えて昇降口に足を運ぶ。

 ロッカー付近に奈霧の姿があった。小さな顔に笑みが浮かび、しなやかな腕が左右に揺れる。


 奈霧と肩を並べて通学路を逆行する。


 歩く途中でカフェに寄ることを提案した。鈴の音に歓迎されて店内のチェアに腰掛け、奈霧と同じテーブルを挟んで飲み物を注文する。


 店員の背中を見送って奈霧に向き直る。


「中学の頃にバレーやってたって聞いたけど本当か?」

「本当だよ。三年間やって最後の年に優勝したの。最優秀選手賞を取って表彰されたこともあるんだから」


 奈霧が得意げに胸を張る。競争で俺に勝った時の小学生奈霧を想起した。


「それは凄いな。どうして教えてくれなかったんだ?」

「話す機会がなかったから。体育の授業は男女別だし」

「それもそうか」


 その大会はきっと盛り上がっただろう。奈霧の容姿は見栄えする。その上で一際優れたパフォーマンスを発揮したとなれば、業界外でも一躍時の人だったに違いない。


 スラックスの上で指をぎゅっと丸める。恋人の晴れ姿を観客席で見れなかった。仕方ないと分かっていても悔しさを禁じ得ない。


 時間は巻き戻せない。俺にできるのは、奈霧との一日一日を大事にすることだけだ。


「明日も応援に行くよ」

「うん。私も釉くんを応援しに行くね」


 息が詰まった。

 強張りかけた口を無理やり動かす。


「いや、無理して来なくてもいいんだぞ?」

「無利なんてしないよ。決勝まで勝ち進んでも応援には行けるし」

「勝ち進むチームには部活所属の生徒がいるだろう? 勝っても疲れるだろうし、教室でゆっくりしてればいいじゃないか」

「やだ。絶対見に行く」

「やだって子供かよ」

「私に見られたくないことでもあるの?」


 奈霧が目を細める。

 ない、と言っても奈霧が信じないのは明白だ。さて、どう言いくるめたものか。


「……浮気?」

「断じて違う」

「じゃあ理由を話してよ。球技大会の試合を見に来るなって、相当な理由がないと言わないでしょう?」


 俺は口をつぐむ。

 

 相当に値する理由ならある。

 おそらく俺達は決勝で四組に負ける。芳樹以外は食い下がるのも難しいだろう。翻弄されて無意味にフィールド内を駆け回る、そんな姿を奈霧に見せたくない。


「教えて」


 強めの口調に押し切られた。俺は観念して口を開き、考えていることを洗いざらい言葉にして吐き出す。

 

 奈霧が小さく息を突く。


「なるほどね。釉くんの懸念は分かったけど、それは杞憂だよ。釉くんが勝負事に手を抜かないことは知ってるもの。仮に明日大差で負けても、私が釉くんを見損うことはないよ」


 目を見て言い切られた。実際のところは本番になってみないと分からないけど、大真面目な表情を見ていると嘘じゃないと思えて来るから不思議だ。


 嘆息が店内の空気を震わせる。真剣身のある表情が緩んだ


「良かったぁ。本当に浮気だったらどうしようかと思ったよ」

「浮気なんてしないって言ったのに」

「だって、釉くんが如何いかにもって感じで話すから。身構えるなって言われても無理だよ」

「何で身構えるんだよ。俺と奈霧は、もうただの同級生じゃないのに」

「分かってるけど、釉くんは想像以上に人気あるんだもん。不安になっちゃうよ」


 端正な顔に気の抜けた微笑が浮かぶ。安堵したその表情がいじらしく見えて、衝動的にチェアから腰を上げる。


「言葉で駄目なら、何をしたら安心してくれるんだ?」

「え?」


 戸惑う奈霧との距離を詰めて顔を近付ける。


「また、すれば安心してくれるか?」

「またって、え? でもあの、ここは人目が……」

 

 白い頬が見る見るうちに紅潮する。

 熟れたりんごのような顔をまぶたの裏に焼き付けて、俺はメニューに人差し指を伸ばす。


「選んでくれ。ちょっと恥ずかしい思いをするか、俺にこのキャラメルパンケーキを奢るか」

「それは……って、奢るの私なの?」

「ああ」


 瞳がすぼめられ、俺は我慢できずに吹き出す。笑い声を上げたらしなった腕に肩を叩かれた。

 俺は満足してチェアに腰を下ろす。


「釉くん、やっぱりちょっと意地悪になったよね」

「やっぱりって何だよ」

「だって、文化祭の時も私に意地悪したじゃない。私にご主人様って呼ばせたし」


 コスプレ喫茶での光景を思い出す。

 呼び方が違うと指摘して、メイド奈霧にご主人様呼びを催促した。自分がやったことを思い出して、お風呂でのぼせたように頬が熱を帯びる。


「あ、あれはその、場の空気に当てられて変な気分になっただけだ。意地悪する気はなかったんだよ」

「ふーん。ちなみに変な気分って?」

 

 そこ突っ込むか普通!? 

 まずい、墓穴を掘った! 全身全霊を以って誤魔化さなければ。


「思い出した。奈霧にもう一つ聞きたいことがあったんだ」

「確か、以前もこんな流れで誤魔化そうとしたよね?」

「……今日のバレーの試合のことだ。どうして上手くない人を狙い撃たなかったんだ?」

「それ苦しいんじゃない?」

「苦しい話題転換なのは認めるけど、気になったのは本当だよ。理由があれば教えてくれないか?」


 奈霧は今日の試合でジャンプサーブを打っていた。二回同じ人に対して放ち、三回目からは違う方向にサーブを打った。

 

 結局四回目に上手くレシーブされて、奈霧の連続サーブが途切れた。ずっと同じ相手を狙い撃っていれば、奈霧のジャンプサーブだけで十点以上はもぎ取れそうな勢いだった。


「それなら簡単だよ。単に、私が全力を出せなくなると思ったから」


 俺は合点がいかず眉をひそめる。

 奈霧が言葉を連ねる。


「私だって、弱い人を集中狙いするのが合理的だとは思ってるよ。でも罪悪感って言うのかな? そういう雑念に気を取られて、パフォーマンスが落ちるのは嫌だなぁって思ったの」

「相変わらず不器用なんだな」


 相手の急所を突くよりも、自分の全力を真正面から叩き付けた方が強い。

 

 何という自信家。意図せず口角が上がる。


 白い頬がぷくっと丸みを帯びた。


「今心の中で小馬鹿にしたね」

「してない」

「悪かったね不器用で。そういうさがで生まれ出ちゃったんだから仕方ないでしょ?」

「してないって言ったのに」

「だって笑ったじゃない。他に今の笑みにどんな意図があるって言うの?」

「微笑ましくなったんだよ。そんな君だから、俺は小学生の頃から好いていたんだろうなってさ」

「なっ」

 

 言葉を失った奈霧をよそに、俺は郷愁じみた感傷に身を任せる。


 小学生だった頃の奈霧もそうだった。ズルをすれば勝てる時も真正面からぶつかって、本来避けられたはずの敗北に甘んじていた。恥じない自分を貫く在り方を見て、当時の俺も負けられないと奮起したものだ。


 そんな幼馴染が、今は俺の恋人として同じテーブルを挟んでいる。感慨深くなって、胸の奥で温かいものがじわっと広がる。


「正々堂々か。俺もやってみようかな」


 小難しいことを考えずに真正面からぶつかる。それで試合に負けるなら仕方ない。時間を取って練習はしたんだ。努力の末に敗北を味わうのも、栄えある一つの青春だろう。


「そうだね! 全力でやってみたらいいんじゃない?」


 奈霧がお冷を仰ぐ。涼し気な氷の音とは対照的に、恋人の顔はお風呂でのぼせたように真っ赤だった。


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