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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
4章
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第67話 贔屓するのは当たり前


 球技大会が始まった。


 球技大会実行委員によってトーナメント表が発表された。対戦相手の話題で教室が盛り上がり、体育館で行われる試合を見ようとクラスメイトが動く。


 俺も連れ出された。芳樹のパワーに引きずられて体育館の床を踏み締める。マッチングの通りに試合が行われ、計十人の男子が広々とした空間に靴音を鳴り響かせる。

 

 やはりと言うべきか、インパクトに欠ける光景だ。

 バスケ部員はユニフォームを身にまとっていた。体格の良い男子が隆々とした筋肉を躍動させる光景は、視覚聴覚ともに見ごたえがあった。


 夏休みにそんなものを目の当たりにしたからだろうか。床をキュッと言わせる音も、重々しいボールが床を打つ音も、何もかもが一回り小さく感じる。服装も見慣れた体操着で目新しさがない。表情や動きもお遊びを感じさせて、何とも言えない心持ちにさせられる。


 長く感じる試合が終わり、俺達の番がやってきた。ゼッケンをまとってポジションに付く。

 

 はっきり言って勝負にならなかった。ボールを握ったら芳樹目掛けてボールを投げる。それだけで点数が舞い込んできた。バスケットボールは体格でやるスポーツ。そんな言葉が脳裏をよぎる試合だった。


 陸上バスケ問わず、外国人選手が日本に来て無双する話はよく耳にする。種目によってはハンデを設けるくらいに有名な話だ。


 その根拠としては体格の差が挙げられる。差別ということで論争が巻き起こっても、違う物は明確に違う。競技に男女別が設けられたのも、元はと言えば男女の体格差あってこそだ。


 逆を言えば、同じ日本人でも体格次第で残酷な差が生まれる。


 その一例が今回の試合だ。誰も芳樹を止められない。パスやシュートが芳樹一人に止められる。練習量の違いはあれど、恵まれた体格がもたらすリーチとパワーはあまりにもバスケに適している。

 

 逆に背の低い選手は、高く掲げられたボールに手が届かない。攻撃の大半がブロックされ、相手の攻撃は防御不可。やがて心は敗色に塗りたくられ、競う気力すら失われる。残酷なまでの才能差がそこにあった。


 一礼を終えてコートを立ち去る。

 勝利は勝利。喜ぶべきなのに素直には喜べない。今回の勝利は芳樹一人でもぎ取ったに等しい。中学でエースを張った実力者にして現役のプレイヤー。そりゃ素人が勝てる訳ない。


 憂鬱なのはこれからだ。俺達が勝ち進んだ先には、部員を三人も抱えるチームが待っている。個々の力では芳樹に劣っても、三人もいれば芳樹のスペックを超えて余りある。敗北を抱えて廊下に消えるチームの背中は、未来の俺達の姿だ。


「勝ったのになーに暗い顔してんだよっ!」

 

 肩に重い腕がのしかかった。


「暗い顔にもなるだろう。俺達もああなりかねないんだから」

「四組には部員が三人いるしなぁ。でも心配したところでどうにもならなくね? 当たって砕くしかねえだろ」


 砕けるじゃなくて、砕く。

 いかにも芳樹らしい物言いだ。そのポジティブさは見習うべきものがある。


「女子のバレーって小体育館でやるんだっけ」

「ああ」

「見に行かねえの?」

「行くけど。何なら試合かなぐり捨ててでも」

「この彼女贔屓かのじょびいきめ」

「彼氏が彼女を贔屓ひいきするのは当たり前だろう?」

「そういやそだな」


 芳樹が納得した。ちょろい奴だ。


「そういえば、芳樹はハロウィンの日に合コン行ったんだったな。どうだった?」

「んー思ったよりピンと来なかった」

「良い子いなかったのか?」

「良いかもって思いはしたんだけどよ。正直楽しいって思えなかったんだよ。連れはよく分からないこと語りまくるし、女子陣は何度もトイレを行き来するしよ。最後はよく分からない内にペアを組まされんだぜ? もうわけ分かんね」

「今何回分からないって言ったか覚えてるか?」

「分からーん」


 間延びした声が廊下に響き渡った。チームメイトと階段に足を掛けて教室への道のりを歩む。


 別クラスの教室から靴先が出た。大きな目が丸みを帯びる。体操着姿を見るのは初めてだけど、早乙女さんと見て間違いない。


「市ヶ谷さんに加藤さん。久しぶりですね」

「夏休み前以来だな」

「私もいるぞーっ!」


 首元で結われた髪が揺れる。忘れもしない。スーパー前で俺を見捨てた糸崎さんだ。

 顔に微笑を貼り付けて口を開く。


「糸崎さんも久しぶり。あの時はよくも見捨ててくれたな」


 早乙女さんが目をぱちくりさせる。


「見捨てたって?」

「聞いてくれ早乙女さん。君の友達はひどい奴なんだ」

「こら! いきなり何を言い出すんだ人聞きの悪い!」


 糸崎さんの眉が逆ハの字を描く。

 俺は意地悪く口端を吊り上げる。


「じゃあ糸崎さんは何で逃げたんだ?」


 奈霧に振られた尾形さんが歩み寄って来た時、俺は糸崎さんと一緒に逃げようとした。それが俺を置いて逃げた訳じゃないなら弁解を聞いてみたいものだ。


 糸崎さんが体の前で人差し指の先を突き合わせる。


「あれはその、本能が悟ったというか、逃げるべきだと思ったと言うか」

「つまり逃げたんだな」

「違うよ? ほら、思い出してみて。あの場所にいた二人って、見るからにアレだったでしょ?」

「アレだったな」


 アレとはアレのことだろう。糸崎さんは頑張ってはぐらかそうとしているし、俺が考えた内容で間違いはないはずだ。人の失恋話なんて広めるべきじゃない。


「それで?」

「それであの、隠れなきゃと思って」

「思って俺を囮にしたわけだな」

「悪いとは思ったんだよ? でも目の前にちょうどいい人がいたから、抗えなくて……ごめんちゃい」


 糸崎さんが顔の前で両手を合わせる。冗談半分って感じもするけど、俺だって本気で怒ってるわけじゃない。小さく息を突くに留める。


「まあいいや。ところで――」

「え待って軽っ。私今謝ったんだけど?」

「そうだな。だからどうでもよくなったんだ」

「許すじゃなくて、どうでも良くなったの? さっきまでの割と真面目なやり取りは?」

「茶番だ。早乙女さんと糸崎さんは何の競技に出るんだ?」

「私はバレーです。と言っても補欠なんですけどね」


 早乙女さんが苦笑する。


 教室に収まる生徒の数は四十人前後。男女で分けて、さらに半分に分けても十人いる。

 競技の種目はバスケとバレー。チームに十人もいらない。半数近くは外から試合を眺めることになる。


「出ない側からすると暇だよねー球技大会って」

「糸崎さんも補欠なのか?」

「うん。うちのクラスは結構ガチ眼な人が集まっててさ。私背が低いから弾かれちゃった」

「バスケとバレーって身長大事だもんな」


 バレーもスパイクにブロックと、背丈を要求する場面が多い。ジャンプサーブも高身長であるほど角度が付けられる。


 バレーのサーブは、連続して得点する限り同じ選手が打ち続ける。素人を狙い撃ちされたらひとたまりもない。ローテーション次第では完封も可能だろう。

 

「同性の中でも身長で分けてくれればいいのにねー」

「背丈じゃないけど、ボクシングは体重で階級を分けてるよな」

「そうそう。差があるんだから分けてくれないと不平等だよね。そういう意味じゃ奈霧さんは大丈夫かもしれないけど」

「スタイル良いもんね奈霧さん。中学じゃ三年間バレーやってたみたいだし、良いところまで行きそうだよね」

「だねぇ。そのまま男子の方に混じって男どもを薙ぎ倒してほしいところだけど、市ヶ谷さんのお友達みたいなのがいたら難しそうだねぇ」

 

 糸崎さんが瞳をずらす。


 視線の先には芳樹。長袖長ズボンの体操着とはいえ、俺よりも恵まれた体格をしているのは一目で分かる。ルール有りの競技で勝つのは難しいだろう。


「俺、そんなに強そうに見える?」

「見える。間近で見るとちょっと怖いくらい」

「そっかぁ。合コン上手くいかなかったのも、それが理由だったりすんのかなぁ」

 

 芳樹が腕を組んで首を傾げる。


「糸崎さんの言葉は真に受けない方が良いぞ」

「ひどーい! 市ヶ谷さんは私のことどんなふうに思ってるの?」

「謝れるひどい奴?」

「ひっど!」


 静かな廊下に抗議の声が伝播する。

 それもすぐに談笑に変わった。廊下で会ったのも何かの縁。俺は奈霧の試合を見に行こうと提案する。


 了承を得て、四人で教室前を後にした。


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