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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
4章
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第66話 悪目立ちと禁忌


 球技大会があるらしい。ロングホームルームで委員長の女子が教壇の上に立ち、教師は文実決めのごとく教室の隅に座す。


 男女共に種目はバスケとバレー。委員長の指が黒板に白チョークの先端を叩き付け、バスケとバレーの文字が記される。


 呼び掛けられて、右端の席に着く生徒が腰を上げる。一列ずつ前に出て、希望種目の下に名を連ねる。


 俺も前の生徒に次いで腰を上げる。白いチョークを握って黒いプレートに殴り書き、バスケの下方に市ヶ谷釉の名を刻む。


 種目決めが終わって放課後を迎えた。机と椅子を下げて教室を後にする。

――その直前にクラスメイトから呼び止められた。表情からほとばしるやる気に当てられて目を細める。みなぎる活力、眩しいことこの上ない。


 話の流れで体育着をまとった。どこの誰とも知れない同級生が体育館の使用許可を得たらしい。普段このスペースはバスケ部によって打ち鳴らされるものの、今日は使われる予定がない。よその高校校舎に移動して練習試合をするそうだ。


 がらんとした空間に足を踏み入れる。クラスメイトが倉庫の鍵を開け、後に続いてボールカートを引く。


 パス練習を初めて数分後。重々しい入り口のドアが左右に開く。新たな靴が体育館の床を踏み鳴らす。


「あれ、市ヶ谷じゃん」

「尾形さんもバスケを選んだのか」

「ああ。俺んとこはバレー部に所属してる奴が多くてさ。種目を選ぶ余地がなかったんだ」

「そうか」


 同調圧力と言うやつだろうか。勝つためには、チームに部員を多く入れた方が良いに決まっている。勝ちにこだわるクラスほどそうする。クラスに部活所属者が多くてラッキーと思っていたけど、そうじゃないケースもあるようだ。


「市ヶ谷はどうしてバスケにしたの?」

「バレーよりは楽できるかと思って」

「おいおい、バスケって言ったらスポーツの中でもハードだろ」

「一般的にはな。でも球技大会はどうだろう」

「と言うと?」

「授業中に思ったこと無いか? 体育でのスポーツは仲間内でやるものだって。どうせボールが回ってこないなら楽した方がいいじゃないか」


 バレーボールはポジションが決まっている。相手のサーブ次第でレシーブやトス、あるいはスパイクを打たねばならない。仲間の練度次第では、意図せず自分の番がやってくる。一瞬も気が抜けない。


 そういう意味では、バスケットボールは少々特殊だ。激しく動くことで知られる種目だけど、今回のようなイベントでは仲良しな生徒の間でボールが回される。


 事実体育の授業ではそうだった。俺がポジションを取っても、そこにパスが来ることは稀だった。球技大会だけが例外とは考えにくい。


 本番の日、俺がボールを握る機会は限られる。


 逆を言えば、その分だけ楽ができる。部活に所属する生徒が多いチームほど有利なのだから、バスケ部が芳樹一人の時点で優勝する目はない。早めに負けて奈霧の試合を見に行く方が合理的だ。


「意外だな。市ヶ谷はもっとガツガツ行くと思ってたよ」

「そりゃ本番では勝ちに行くけど、毎日練習してる連中相手だと分が悪いだろう。四組はバスケ部員が多く所属しているし、もう立派な優勝候補だ。まともにやって勝てるわけがない」

「でも練習には来てるじゃないか」

「誘われたからな。本番でボールは握れなくてもディフェンスはできる。その練習と思えば無駄じゃないと思っただけだ」

「何だ、やっぱ勝つ気満々じゃん。授業風景は知らないけどさ、今の市ヶ谷ならパスは来ると思うぜ?」

「おーい!」


 張り上げられた声が伝播する。

 振り向くと、先程までパスを回していた男子が腕を上げていた。


「いつまで喋ってんだよ? パス待ってんだけどー」

「悪い」


 謝罪ごとボールを押し出す。


「どうして俺にパスが来ると思うんだ?」

「だって練習誘われたんだろ? 授業じゃあるまいし、嫌いな奴を練習に誘う奴なんかいねえって」

「文化祭前に嫌われ者になったばかりだぞ?」

「周りはそんなにお前のこと嫌ってねえって。ほら、舞台上での大告白あったろ。ああいう告白されてみたいって話、結構耳に入ってくるんだぜ?」

「それ金瀬さんだろ絶対」


 尾形さんがかぶりを振る。


「いいや、クラスの女子。市ヶ谷がナナを庇ってから、一部のクラスメイトが謝ってきたんだよ。俺達から離れて行った奴にも頭下げられてさ、それからは話しかけられることが増えたんだ」

「それは良かった。悪目立ちした甲斐があったよ」

 

 返ってきたボールを両手で受け止める。気のせいか、ボールの勢いが先程よりも強めに感じた。


「自虐させたかったわけじゃないんだけどな。何て言えば伝わるか……そうだ。市ヶ谷はネタ的に好かれてるんだよ、愛故に」

「なぁ、もうそれ禁忌きんきにしないか?」

「えー」


 間延びした声で不服を示された。俺は苦々しく口角を上げる。夏休みまでは初対面も同然だったのに、いつの間にか仲良くなったものだ。

 

 尾形さんが背を向ける。


「せっかくだし、後で試合形式でやらね?」

「クラスメイトに話を通してみるよ」

「頼んだ」


 尾形さんがチームメイトの方に踏み出す。

 俺はクラスメイトに向き直り、手中にあるボールを送り返す。

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