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【6章完結】罪には罰を  作者: 原滝飛沫
4章

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第65話 変身


 ハロウィン風カレーライスは好評だった。金瀬さんがジャック風ライスと星型野菜ではしゃぎ、尾形さんと佐田さんがサイコロ肉を取り合う。俺は自分の肉を守りながら談笑に励んだ。


 意外だったのは、奈霧がそわそわして俺の肉を狙っていたことだ。何か思うところでもあったのか、緊張した面持ちで腕を伸ばしては引いていた。


 じれったくなって、奈霧の皿にある肉にフォークを刺してやった。あーっ! と張り上げられた声を無視して口に入れると、旨みに混じって優越感の味がした。俺のクレープを一口食んだ時の金瀬さんも、きっとこんな心持ちだったのだろう。奈霧にはじとっとした目を向けられた。やり返されて肉が一つ減った。


 食事を終えると、尾形さんと佐田さんが皿洗いに立候補した。料理をしたことのない二人だ。胸中で不安が渦を巻き、俺も後片付けに立候補して後ろで見張った。


 皿洗いを終えてリビングに踏み入ると、二つの人影が無いことに気付いた。尾形さんと佐田さんが顔を見合わせる。


「どこ行ったんだ?」

「さあ」


 玄関から外に出るには、キッチン近くの廊下を歩く必要がある。誰一人気付かなかったなんて考えにくい。


 おそらく二人は外に出ていない。二人一緒に消えているのだから、お手洗いということもないだろう。


 一つの光景が脳裏をよぎる。


「まさか」


 俺は足早に踏み出す。


 想起されたのは、狼男と大目玉がベッドの下を覗き込んでいたワンシーン。尾形さん達はその手の知識を漫画で知ったと言う。奈霧達が知っていても不思議はない。

 

 恥じる物を置いた覚えはないけど、棚には小学校時代のアルバムがある。捨てきれなかった写真には漏れなく奈霧が映っている。金瀬さんが見たら大はしゃぎするだろう。男性陣に伝わったら間違いなく揶揄われる。


 俺は危機感に駆られてスリッパを踏み鳴らす。

 背後でスリッパの音を聞いた。


「俺達も行こう」

「付いてくるな」

「何か思い付いたんだろ?」

「ああ。だから付いてくるな」

「そんな面白そうな反応されたら俺、付いて行きたくなっちまうよ」

「離せ大目玉! 畜生風情が!」

 

 狼男も加わって腕を伸ばす。俺が指を引き剥がしては、別の手に衣装をつかまれる。

 泥沼の駆け引きに身を投じる内にドアが開く。


 開いたのは俺の自室――ではなく脱衣室のドアだった。


「お待たせーっ!」


 振り向いて、数秒前まで噴き上がっていた焦燥が吹き飛ぶ。

 

 金瀬さんの頭部から猫耳が伸びていた。腕の先端は肉球のある猫手に変わり、波打った胴体は丈の短い黒ドレスに覆われている。お尻の近くから伸びる細長い尾が、我こそは猫であると主張している。


 耳元で口笛が鳴った。


「猫だ! 猫耳だ!」

「めっちゃ可愛いじゃん」

「二人は惚れちゃ駄目だからねー? どう、市ヶ谷さん」

「良いと思う。元気な金瀬さんにぴったりだ」


 金瀬さんがえへへーとはにかむ。俺を意識して着飾ってくれた。彼女持ちの身とは言え、その事実は素直に嬉しい。


「金瀬一人なんだな。奈霧さんは?」

「え? あれ、いない。まだ恥ずかしがってるのー?」

 

 金瀬さんが振り返って脱衣室に踏み込む。


「ほら、そんな所にいたら市ヶ谷さんに見てもらえないよーっ!」

「分かった! 分かったから引っ張らないで! 自分で出るからっ!」


 金瀬さんが数歩下がる。

 脱衣室から栗色の瞳が覗き込んだ。とんがり帽子が廊下に現れ、膝丈のブーツが廊下の床を踏み鳴らす。


 俺は目を見張る。


 白い魔法使いだった。魔女と言えば黒と相場は決まっているけど、驚くほど不自然さを感じない。新雪を思わせる白に、発光していると見紛みまがうミントグリーン。清楚さと高級感にあふれた装いを、アクセントの黒が引き締めている。


「おお……」


 感嘆の呟きがリビングに溶ける。

 奈霧が頬を微かに赤らめて上目遣いをする。


「ハロウィンと言えば黒だから、敢えて外してみたんだけど……どう、かな?」


 繊細な指がケープの裾をつまむ。

 我に返る前に口が開く。


「見違えたよ。凄く似合ってる」

「……ありがとう」


 消え入りそうな声に続き、引き結ばれていた桜色の口元が緩む。

 金瀬さんがふっと笑む。


「それじゃコスプレも済ませたことだし、張り切ってゲーム大会行ってみよーっ!」

「ゲームってソシャゲでもすんの?」


 くぐもった声に、金瀬さんが瞳をすぼめる。


「何でそんなもの五人でやらなきゃいけないの? アナログに決まってんじゃん。色々持ってきたんだよー? ほら!」


 大きなバッグが開かれ、アナログな物品が顔を出す。かぼちゃと蝙蝠が描かれたトランプケースに、友情を破壊すると名高いボードゲームも収まっている。


「お、絆をデストロイするやつじゃん。マジでやんの?」

「わたし達ならだいじょーぶでしょ」

「それフラグでしかないんだよなぁ。ただゲームするのも味気ないし、何か賭けねえ?」

「手土産に持ってきたお菓子でいいんじゃない?」


 金瀬さんが振り向く。センターテーブルの上にあるのは菓子折りの山。奈霧達から手土産に貰った物だ。


「えっ、菓子取るの?」

「ハロウィンだよ? トリック・オア・トリートしないと。まずはこれね!」

 

 金瀬さんがトランプケースを取り出す。慣れた仕草でシャッフルが行われ、五個のカード束ができ上がる。


 大富豪。カードを順番に差し出し、先に手札が尽きた者ほど偉くなるゲーム。


 当然俺には経験がない。スマートフォンでルールを調べながらプレイしたけど、ゲームはリアルタイムで進行する。慣れている面々によってぼこぼこにされた。


 続くボードゲームはサイコロを振るタイプだった。運要素が強いだけに思いのほか荒れた。一番前を走っていた金瀬さんがとんでもマスに止まって悲鳴を上げた。


 佐田さんが大爆笑してチャンスとばかりに臨み、盛大にずっこけた。ビリを走っていた俺の駒が四人を追い越し、一番最初にゴールのマスまでたどり着いた。


 熱くなった頭を冷やすべくベランダに出る。


 友人を迎えた時に青かった空は、すでに黒に呑まれて跡形もない。街は夜の化粧を施されて、あちこちで照明を瞬かせている。


「もうこんな時間か」

「楽しいと時間を忘れちゃうよね」

 

 返事があるとは思わなかった。

 振り向く俺の隣に奈霧が並ぶ。


「上がったのか?」

「うん。何とかね」

 

 リビングを見ると、金瀬さんがサイコロを振るところだった。尾形さんと佐田さんもむきになって、俺達の離脱には気付いていない様子だ。


「自然豊かな所だと星が見れるのかな?」

「かもしれないな。母方の祖父の所に身を寄せていた時は、よく星を眺めていたよ」

「そうなんだ。機会があったら私も見てみたいな」

「その時は一緒に見よう。良いスポットを紹介するよ」

「うん。楽しみにしてる」


 向けられた微笑みに微笑を返して、俺は夜空を仰ぐ。

 すみを塗りたくったような暗い空模様。人工的な明かりに負けて、天然の煌めきは見る影もない。


 きっと夜空は未来に似ている。突っ立つだけでは隠れた輝きが見えない。欲しい時間を得るには、自分の足で相応しいポイントを踏みしめる必要がある。


 俺は文化祭最終日に好意を告げた。告白を誤魔化すことなく、奈霧と相対したから今がある。未知に踏み出すのは今も怖いけど、足の出し方は学んだ。俺達なら望む未来へと歩いて行けるはずだ。


 近くにある無防備な手をそっと握る。

 言葉もなく、やんわりと握り返す感触があった。


お読みいただきありがとうございました。


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