表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
罪には罰を  作者: 原滝飛沫
3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/191

第53話 ダークコンパス

「まじで? 佐郷の野郎返ってきてたのか」


 尾形さんが眉根を寄せる。

 俺達は中庭に集まっていた。佐郷と話を付けるなり、金瀬さんとのグループチャットを介して知り合いに呼び掛けた。退学になる前、佐郷は金瀬さんを狙っていたという。接触するかもしれないと思ったけど杞憂きゆうだったようだ。

 佐田さんがため息を突く。


「退学したくせによく顔を出せたなぁ。どんだけツラの皮が厚いんだよ、あのダーク……コンパス野郎」

「エンパスな。何だよダークコンパスって。闇落ちしたコンパスかよ」

「思い付かなかったんだよ!」

「佐田と尾形のコントはどうでもいいよー。今はそのダークエンパスをどうするかって話でしょ。奈霧さんは何もされなかった?」

「うん。ゆ……市ヶ谷さんが助けてくれたから」

「凄い騒ぎだったよね。紅茶の入ったティーポットが割れたって聞いたけど、あれって佐郷さんの嫌がらせ?」

「おそらくは。直接見たわけじゃないけど、あの言動からすると十中八九じゅっちゅうはっくわざとだろうな」


 店員が悲鳴を上げなかったら気付くのが遅れていた。転ばないように踏ん張ってくれなかったら、奈霧を抱き寄せる時間を確保できなかった。

 何かがちょっとでもずれていたら、高熱の液体が奈霧の頭に掛かっていた。あの挑発めいた物言いと嘲笑。悪意を感じるなと言う方がどうかしている。

 金瀬さんが不愉快そうに眉をひそめる。


「ひどい! 退学したのも全部あの人が悪いのに、女の子にそんなことするんだ!」

「ほんとだよ、心のブレーキどうなってんだか」


 尾形さんが嘆息する。


 ブレーキなんてない。有ってもきっとぶっ壊れている。小学校で会う前からそういうものが壊れていたんだろう。俺と奈霧を仲違いさせるために壬生を使い、それでも足りないと知るなりクラスメイトを煽動した。


 人を道具か何かと思っていなければできない所業。いや、思っていても普通はできない。サイコパスやダークエンパスであることを隠して生きる人は多いと聞くが、佐郷は自分のためなら平気で隠れみのを脱ぎ捨てる。


 小学校で俺を襲った不幸はまだ終わっていない。


 教室での出来事は、俺にそれ痛感させるだけの十分なインパクトがあった。


「気休めにはならないかもしれないけど、佐郷は君達に手を出さないと思う」

「どうしてそう思うの?」

「あいつが言ってたんだ、俺のクラスの演劇を楽しみにしてるって」


 奈霧が目を見開く。


「それって!」

「ああ、おそらく佐郷の狙いは俺だ。逆を言えば、演劇で仕掛けるまでは大それた行動を取れない。演劇前に校舎から追い出されるのは御免だろうしな」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ⁉ それってもう脅迫じゃない!」

「何かする気満々にしか聞こえないよな。演劇を中止した方がいいんじゃないか?」

「言いたいことは分かるよ。でもそれをすると、佐郷から目的を奪うことになる」


 金瀬さんが小首を傾げる。


「それの何が悪いの? 悪事は止めた方が良くない?」

「それが最適解になるのは、悪事を止めた後でその悪人を捕縛できるケースだけだ。今回は違う。下手に演劇を中止したら、佐郷の次の動きが分からなくなる。ただでさえブレーキが壊れてる奴だ。自棄になったら何をするか分からない」

「仕掛けるタイミングが分かってるだけましってことだね」

「そういうことだ」

「てかさ、これって俺らだけで話し合う問題じゃなくね?」

「だよな。こういう時は普通教師に相談するもんだ」

「してもいいけど、教師がどう行動するか分からないのが怖いんだよな」


 尾形さんが苦笑いする。


「おいおい、教師は大人だぜ?」

「大人でも警察じゃないんだ。迂闊には話せないよ」


 大人でも教師。教師は教えるのが仕事だ。


 危険人物の説得や捕縛は管轄外。下手をするとその先生にも危害が及ぶ。考え無しには頼れない。


「監視してもらうのはどう? 体育館の入り口で見張ってもらうとか」

「それは難しいだろうね」

「奈霧さんはどうしてそう思うの?」

「佐郷はまだ何もしてないからだよ。見つけても拘束できないし、体育館には大勢の人が集まる。演劇の時は照明も絞られるから、ずっと見張るのは無理があると思う」

「事件を未然に防ぐのって難しいね」

「犯罪が無くならないわけだよね」


 俺を抜きにして会話が重ねられる。真剣な表情で、俺のために案を出し合っている。


 有効な策は一向に出ないけど、親身になってくれる人がいるのは心強い。俺一人だったら、きっと佐郷を直接叩く方向性に流れていた。


 実際に一度考えた。


 人間の性質上、守るよりも攻める側の方がどうしても有利になる。


 どさくさに紛れて佐郷を排除する。懸念を排斥する手法が一番安全で手っ取り早いのは言うまでもない。


 でも俺はそれをしない。


 ここで排斥の択を取ったら復讐鬼だった頃の俺と何も変わらない。これまでの数か月が無意味だったと断定するに等しい行為だ。


 ここ数か月の間に色んなことがあった。辛いこともあったけど楽しかった。


 俺は過去よりも今が好きだ。もう復讐者には戻りたくない。


 戦おう。


 これからも『伏倉釉』として生きていくために、ふさわしい手段を以って佐郷との因縁を断つ。


 決意を新たにして、スマートフォンで時刻を確認する。


「もう少しで練習が始まるからそろそろ行くよ。さっき俺が狙われてるって言ったけど、あれはあくまで推論だ。今日が終わるまでは一人で行動しないように気を付けてくれ」

「分かった。ごめんね、あまり役に立てなくて」

「そんなことはないさ。皆がいてくれて心強いよ」

「何か役に立てることがあったら言ってね! 私にできることなら何でもするから!」

「金瀬さんもありがとう。尾形さん、佐田さん、金瀬さんを頼むよ」

「任せろ」

「奈霧さんはいいのか?」

「奈霧とは少し話があるんだ」

「分かった。不謹慎かもしれないけど、演劇楽しみにしてるぜ」

 

 三つの背中が廊下に消える。


 俺は奈霧に向き直った。


「奈霧は暇もらったんだよな?」

「うん。佐郷がいるとなると危ないからね」


 佐郷の名前は俺以上に悪評高い。教室で騒ぎになったこともあって、奈霧は教師から早退の許可をもらったらしい。


「奈霧に二つ頼みがある」

「聞かせて」

「上演中は何が起きても、何もしないでくれ。これはマナーのことを言ってるんじゃない、本当に何があってもだ」

「それって、佐郷が動いた後のことを言ってるんだよね?」

「ああ」

 

 真剣身を伝えるべく栗色の瞳を見据える。


 奈霧がまぶたを下ろす。


「大丈夫、自覚してるよ。私は釉くんと違って格闘技を修めてないし、逆に邪魔になっちゃうもんね。努力はしてみる」

「努力かよ」

「体が勝手に動いちゃうこともあるでしょ?」

「まあな」


 事実俺がそうだった。


 奈霧がストーカーに押し倒されそうになった時、気が付いたら間に入っていた。


 同じことが奈霧にも起こらないとは限らない。そんな展開が訪れないように気を張っていよう。


「二つ目だけど、ガムテープをありったけ持ってきてくれ」

「ガムテープなんて何に使うの?」

「企業秘密だ」

「説明になってないけど、時間がないみたいだし聞かないでおくよ。私からも一つ聞かせて。今回の件は壬生さんも関わってると思う?」

「いや、それはないだろうな」

「どうしてそう思うの?」

「以前ファミレスで自白させた時に、二人は仲間割れをしてたんだ。俺以外にも人がいたのに、声を張り上げて醜く責任を押し付け合っていた。佐郷が復讐を提案したって壬生は乗らないだろう」

 

 もちろん俺を逆恨みしている可能性はある。


 でもそれ以上に、自身の失恋を招いた佐郷に対しての憤りがあるはずだ。


 壬生は昔から感情任せに動く節がある。頭では合理的だと理解しても、佐郷を信じることは未来永劫みらいえいごうないだろう。


「そっか。答えてくれてありがとう、一応私の方でも気にしてみるよ」

「帰らないのか?」

「釉くんが危ないかもしれないのに、私一人でなんて帰れないよ」


 気にしなくていいのに。


 とはいえ奈霧一人に帰路を歩ませるのも不安だ。佐郷がまだ奈霧を諦めてなかったら、人知れず路地裏に引きずり込むくらいはやりかねない。


 むしろ人のいる校舎の方が安全かもしれない。


「くれぐれも一人にならないように気を付けてくれよ」

「分かってるって。心配性だなぁ釉くんは」

「相手が相手だし、用心に越したことはないんだよ。そういえば佐郷に連れ出されたから聞き忘れてたけど、どこか痛むところはないか?」

「大丈夫だよ、釉くんが守ってくれたから。でもいきなり腕を引かれた時はびっくりしたかな。注文を受けている最中だったし」

「俺も無神経かとは思ったんだけど、断りを入れる暇がなかったんだ。許してくれ」

「その件は気にしてないよ。びっくりって言うのは、てっきり注文は私なのかと思っちゃったから――」

 

 奈霧が突然口を閉ざす。


 俺はおもむろにまばたきする。


「ごめん、後半が小さくて聞こえなかった。もう一回言ってくれ」

「な、何でもない! ガムテープだね? 買い集めたら体育館まで持って行くから任せて!」


 奈霧が足早に歩行スペースを踏み鳴らす。


 逃げるような歩調。自身が発した言葉を思い返して恥ずかしくなったに違いない。

 

……いいんだろうか、こんな俺が自惚うぬぼれても。


 奈霧が俺に好意を向けていると、思い込んでもいいのだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ