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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
3章
50/184

第50話 知的でクールです

 午前中は実行委員の仕事。午後は演劇の主演。自由な時間のない文化祭一日目が終了した。


 いよいよ明日が最終日。俺にとって勝負の日だ。

 明日は短いながらも自由な時間がある。午前中に演劇の主演をこなせば、二時間ほどの猶予を得られる。奈霧を誘って昼食を摂り、他クラスの出し物を回ってムードを高める。後夜祭で二人きりの場を作り、キャンプファイヤーを見ながら好意を告げる。

 そういう、作戦だった。


「ごめん釉くん。文化祭を一緒に回れなくなっちゃった」


 氷の塊を丸呑みしたような気分になった。思い描いていた未来図に亀裂が走って砕け散る。


「あの、釉くん?」

「あ、ああ、大丈夫聞いてるよ。何かあったのか?」


 もしや彼氏ができた? 一日目にのんびり文実の仕事をしていたから? 教室で立候補した時点でこうなることは決まっていた? 

 理不尽だ、あんまりだ。まとまらない思考がぐるぐると脳内を巡る。


「給仕役が風邪を引いちゃって、私が代役を務めることになったの」


 安堵のため息を突きそうになった。寸でのところで自重する。


「そう、か。風邪なら、仕方ないな」


 そう、仕方ない。遅くまで校舎に残って準備をした生徒は多いと聞く。一日目を乗り越えて緊張の糸が切れたのだろう。俺も入学試験の合格を知ってほくそ笑んだ次の日には、代償と言わんばかりに高熱を出した覚えがある。


 しかし明日。何で明日? このタイミングじゃなくてもいいだろうに。本格的についていない。


「埋め合わせってほどじゃないけど、明日私のクラスに来てよ。少しは話す時間を作れるし、クラスメイトも融通してくれるみたいだから」

「分かった。お昼休みに食べに行くよ」


 決まったことは仕方ない。そう考えることにした。奈霧だって、好きで給仕の代わりを務めるとは思えない。俺一人ごねるのも子供みたいだ。告白に備えて、少しでも良い顔をした方が生産的だろう。


「うん、待ってるね」


 沈んだ気分とは裏腹に、奈霧の声は弾んでいるように聞こえた。


 ◇


 文化祭二日目。

 学生は興奮冷めやらぬといった様子だけど、一日目よりは落ち着きを取り戻したように見える。俺は俺で、憐れな復讐者を演じて道化に甘んじる。


 二日目なのに、来客数が減っているようには見えない。請希高校のネームバリューが為せる業なのだろう。予想より多くの人がオリジナルの脚本に興味を持ち、賞賛を残して廊下に消える。

 

 クラスメイトには、誰に聞かれてもフィクションと答えるように厳命してある。嫌われ者の俺に反抗心を向ける者はいたけど、ノンフィクションと答えたクラスメイトはいない。俺が教室で目を光らせているからだろうか。昼休みになって部屋を空けるのが少し怖い。


 午前中最後の公演が終了した。お疲れーの声とともに、室内が笑顔で満たされる。クラスメイトと顔を見合わせ、演じ終えた余韻を分かち合う。輪に加われないことに物悲しさを覚えたものの、浅慮だった自分への罰として独りぼっちに甘んじた。

 室内と廊下を隔てるドアが開き、女子が顔を出す。


「体育館で公演する許可下りたよ!」


 クラスメイトがおおっと驚愕の声を上げた。

 午後の体育館はライブで賑わう予定だったが、そのボーカル担当が風邪を引いて寝込んだらしい。ライブ企画のドタキャン。昨日はその調整でてんやわんやしたのを覚えている。


 体育館は広い。教室では行えない派手なパフォーマンスを実行できる。ダンス部や体操部に混じり、俺のクラスメイトも立候補して体育館を取り合った。話し合いでは決まらず、今日くじ引きが行われる予定になっていた。許可が下りたということは、くじ引きで当たりを引いたのだろう。


 運が良いんだか悪いんだか分からない。教室と体育館とでは広さが違う。広さを活かした動きの練習は必須。自由時間を返上しての練習が確定した。これでは、どのみち奈霧とのデートなんてできなかっただろう。


 俺は私服を脱いで制服を身にまとい、クラスの雰囲気を壊さないようにそっと廊下にはける。


 疲れを感じる。激しく動きはしなかったものの、観客の前で声を張り上げたから緊張して無駄に体力を使う。栄養を求める頭に突き動かされて歩を進める。


 一組の入り口付近には列ができていた。げっと思わず発した呟きが廊下の喧噪に溶ける。並ぶだけで三十分は経ちそうな長さだ。


 俺は憂鬱な気分を引きずって最後尾につく。短い自由時間がさらに短縮されるけど、どうせ奈霧とは文化祭を回れない。芳樹は別の友人と校舎を巡っているし、休み時間なんて有って無いようなものだ。


「お、そこのイケメン久しぶりだな」


 横目を振ると、頭一つ高い背丈の中年が立っていた。身なりは黒一色。ファミレスで会った時は隆々としていた腕が長袖に隠れている。目付きの悪い目は眼鏡のレンズで飾られ、頭にはシンプルな野球帽が乗っかっている。


「確かファミレスで会った……」

「そうそう、諭吉を受け取ったナイスガイだ。懐かしいなぁ、お前請希高校のエリートだったんだな」


 自分でナイスガイって言うんですか? なんて突っ込む愚は犯さない。見るからに怖そうだし、喧嘩になったら腕っぷしで勝てる気がしない。純粋な力の前に俺の悪評は無意味だ。久しぶりに味わう緊張で表情が強張りそうになる。

 俺は手頃な会話を探し、眼鏡に目を付ける。


「視力悪かったんですか?」

「いや、この眼鏡は伊達だ。文化祭は大勢の人が来るだろ? 眼鏡を掛けて知的な雰囲気を出せば、シングルな良い女が寄ってくるかもしれないと思ってな」

「そんなものですかね」


 いやありえないだろう。俺が眼鏡を掛けたところで、周りが態度を急変させるとは思えない。イメチェンを理由にするならまだいい。知的な印象付けをしたいなんて言ったら、芳樹辺りは吹き出して笑いそうだ。

 男性が眉をひそめる。


「ん、さてはお前疑ってんな? これでも眼鏡掛けて嫁をゲットしたんだぜ?」

「既婚者だったんですね。駄目ですよ浮気は」

「馬鹿言え、今は独身だっつの。ところで、諭吉と引き換えにくれてやったやつはどうしてるんだ? 今も使ってんのか?」

「あー、はい」


 使ってない。趣味じゃない服だったし、変装目的じゃなきゃ購入なんてしなかった品々だ。今は部屋に置いてある。着ることは二度とないだろう。


「そうか、そりゃよかった。ところでさ、この帽子どう思う?」

「いいんじゃないですか?」

「眼鏡はどうだ?」

「知的でクールです」

「だよな! 欲しいか? 今なら諭吉でいいぞ」


 言うと思った。俺は微笑を崩さずかぶりを振る。


「いえ、今日はやめておきます」

「そうかぁ、残念だ。まあ文化祭を楽しんでくれや」


 男性が大きな背中を向ける。


「食べていかないんですか?」

「こんな長い列に並べってか? それとも後ろ入れてくれんの?」

「入れません。そういうのはトラブルのもとになるので、最後尾に並んでもらうことになります」

「いいじゃんそれくらい、俺達の仲じゃねーか」

「俺は実行委員なんですよ。俺がやったら周りに示しがつきません」

「そーかい、んじゃ俺はそこらの店舗で済ませるわ」


 男性が踏み出してひらひらと前腕を振る。大きな背中が廊下の人混みに消えた。

 意図しない遭遇だったけど、いい暇潰しにはなった。割烹着のコスプレをした女子に案内されて一組の教室に踏み入る。

 

 空いている席のほとんどが埋まっている。談笑で賑わう空間を突っ切り、英国風な空間に腰を落ち着ける。

 コスプレ喫茶と言われるだけあって、室内の床を踏み鳴らす人影にはいくつか種類がある。和風漂う割烹着、快活そうな猫耳少女、男子はタキシード姿の執事や王子。仕切りは段ボールを装飾したものだろうか、給仕の衣服に合った区画が用意されている。


 こだわっているなぁと感嘆しつつ、メニュー本を手に取って料理の写真を眺める。注文する品を決めて呼び鈴を鳴らし、スマートフォンの画面に視線を落とす。

 

「お、お呼びでしょうか? ご主人様」


 鼓膜に溶けるような声を聞いて、俺はバッ! と顔を上げる。




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