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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
3章
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第46話 デマと悪役


 早朝。通学路を歩き切って教室に踏み入る。

 クラスメイトがざわざわしていた。経験上、彼らが賑わっている時は大抵ろくでもないことが待っている。俺は覚悟をして自分の席に着く。


 予想通り人影が寄ってきた。情報は俺も欲しい。黙々と芳樹からの状況説明を受ける。


 話題のネタになっていたのは金瀬さん達だった。情報源は俺の異名で盛り上がった匿名サイト。率直に言って風評被害に当たる内容が記されていた。

 

 サイトをさかのぼってみると、ろくでもない噂自体はかなり前からあった。犯罪者の家族が疎まれるのと同じ事。佐郷と友好関係があったことで、金瀬さん達もそれに近しい類なのではと疑われていたらしい。


 ようやく合点がいった。昼休みの食堂で受けた視線が、ずっと心に引っ掛かっていた。あれは俺じゃなくて、佐田さんと尾形さんに向けられたものだったんだ。


 記憶を辿ってみると、金瀬さんのグループが俺以外と談笑するところを見たことがない。俺が知らなかっただけで、佐郷が自主退学してからずっと浮いていた可能性もある。

 林間学校のボランティアで対面した時、彼らは俺に怒りを覚えなかったのだろうか。もしくはその怒り以上に、俺に排斥される恐怖に怯えていたのだろうか。


 本当に俺は未熟だ。自分のことに精一杯で、周りを見ようとしていなかった。これじゃ小学生の頃と何も変わらない。佐郷達のデマが引き金になったのは間違いないけど、俺の奔放さも確かな一つの要因だった。新たなトラブルの火種になっても不思議はなかったのに。


 俺が考えを巡らせるのをよそに、先生の言葉が耳から耳へと抜けていく。休み時間には匿名サイトをスクロールして、書き込みの内容を吟味する。

 放課後がやってきた。俺はロングホームルームを終えて席を立つ。


「市ヶ谷さん、一緒に行こ!」


 小畑さんが歩み寄る。俺は寄りそうになる眉根を定位置に押し留め、顔に微笑を貼り付けて廊下に出る。


「あ……」


 廊下で靴音が止まる。振り向いた先で金色の髪が揺れた。いつもの純粋な笑顔は欠片もない。口を引き結んだ表情から一転、整った顔立ちにぎこちない笑みが浮かぶ。


「こんにちは市ヶ谷さん。元気?」

「ああ、元気だよ」


 金瀬さんは? なんて問い返しはしない。表情は笑みで飾られているけど、平常心でいられるはずはないんだ。金瀬さんがいつも通りを望んでいるから、俺もそうしているだけに過ぎない。


「これから会議室に行くんだよね? 良かったら一緒に――」

「あのさ!」


 声が張り上げられた。俺は金瀬さんから視線を外す。隣でペアの実行委員が金瀬さんを睨む。


「もうそういうのやめてくれない?」

「そういうのって?」

「とぼけないでよ。あんた、この前からずっと市ヶ谷さんに付きまとってるじゃん」

「付きまとってるってひどいなぁ。わたしは――」

「知ってるよ。あんたがやばい奴だってこと」


 あどけない顔立ちから笑みが消える。対照的に小畑さんの口端が吊り上がる。


「匿名サイトに書いてあったよ。あんた、パパ活してんでしょ」

「してないよ」


 落ち着いた声が返ってきた。真剣な声色に違わず、真面目な視線が小畑さんに向けられる。

 場の空気が一気に張り詰めた。隣でクラスメイトが歯を食いしばる。


「そりゃしてないって言うでしょうよ。口だけなら何とでも言えるし」

「書き込みだって何とでも書けるね」

「ハッ、反論のつもり? 火がないところに煙が立たないって知らないの?」

「誰かがドライアイスでも放り投げたんじゃないかな? 昇華した二酸化炭素がドアの隙間から侵入すれば、室内に閉じこもってる人は煙と勘違いしても可笑しくないよね」


 例え話。煙に巻く言い方だけど、金瀬さんの言いたいことはよく分かった。

 俺も金瀬さんと同意見だ。噂やデマなんていくらでも作り出せるし、両想いの男女を引き裂くこともできる。悪用すれば他者を殺めることも可能だ。言葉が秘める力はそれほどまでに強い。


 SNSを使えば匿名で発言できる。だから多くの人は勘違いをする。言葉は誰かを一方的に突くための矛じゃない。声文字問わず悪意は悪意。それらは人々の感情を逆撫でする。迂闊に振り上げれば自らを滅ぼす諸刃の剣だ。


 俺は匿名掲示板の書き込みを調べ上げた。開示請求しなくともIDは確認できる。書き込みの上にあるアルファベットが同じなら、該当する書き込みは全て同一の端末から発されている。

 言葉は情報。文字も情報だ。一見ばらばらな書き込みでも、かき集めたそれは投稿者の形をしている。


 隣にある顔が歪む。


「は? 急にドライアイスとか何言ってんの? 話を逸らそうとしないでくれる?」

「そんなつもりはないよ。理解できないのは、小畑さんの想像力がないからじゃないの?」

「あんたってほんっといちいちムカつく。類は友を呼ぶって本当だね。さすが佐郷と仲良くやってただけはあるよ」

「その人は関係ないでしょ」

 

 ピシャリとした声色だった。

 こらえきれなかったとばかりに、小畑さんが失笑する。


「あるよ。まさか気付いてないとでも言うつもり? じゃ教えてあげるけど、あんた周りから疎まれてるよ? あの自己中サイコパス野郎と仲良くやってたくらいだもん。頭のネジの一つや二つ外れてたって可笑しくないし、怖がられたって当然だよね!」

 

 金瀬さんが口元を引き結ぶ。指をぎゅっと丸めて繊細な手を角ばらせる。引っ叩きたいのだろう、適当なことばかり言う嫌な少女を。それでもやらないのは、金瀬さんが自らの立場を理解しているからだ。


 噂が本当か嘘かなんて関係ない。いわくつきの人物が問題を起こすと、やっぱり危ない人なんだと認識される。自らの立場を守るためには我慢するしかない。


 この場に限った話じゃない。俺達が観測できないだけで、世界のどこかで似たようなことが起こっている。人種問題、加害者の家族を追い込む義憤と偽善。反抗した先にあるのは決め付けと排斥。校舎はまさしく小さな世界だ。


 でも俺は知っている。友人のために、不良もびっくりのやばい奴と接触した物好きがいる。そのやばい奴のために奔走してくれた友人もいる。制服を押し込めるこの小さな世界にだって、そういう善意はあった。今度は俺が誰かの善意になる番だ。


 決心して口角が上がる。行うのは自分がやってきたことの後始末。それを善意なんて言葉で飾った滑稽こっけいさを自分で嘲笑う。


「ひどいな小畑さん。頭のネジが飛んでるだなんて」

「そう? でもこれくらい言ってやらないと分かんないよ」

「いや、もう十分すぎるくらい分かった。確かに、俺の頭のネジは何本か飛んでるよ。でなきゃ放送室に籠城して同級生を破滅させたりしないだろうし」

「……え?」

 

 素っ頓狂な声が漏れた。小畑さんが目をぱちくりさせ、笑い混じりの息を突く。


「いや、何言ってんの? 誰も市ヶ谷さんのことをそんなふうに思ってないって」

「それはおかしいだろう。だって俺は、佐郷の友人だったんだぞ?」


 小畑さんがきょとんとして、次の瞬間にハッとする。目を見開いて首を左右に振る。


「ち、違うからね⁉ 私はそういう意味で言ったんじゃないから!」

「じゃあどういう意味なんだ? 加害者の友人は等しく加害者なんだろう? だったら俺も加害者じゃないか」

「何でそういうふうに曲解すんの⁉ 私はそこの女に言ってるのに、何で市ヶ谷さんが反応すんの⁉」

「曲解してるのは俺か? 違うだろう。俺と奈霧の仲を裂いたのは佐郷だ。俺でも、奈霧でも、ましてや金瀬さん達でもない。君達がしていることは、小学校で俺をいじめたクラスメイトと同じだ。醜いんだよ。真偽を探ろうとせず石を投げる奴らも、誹謗中傷を発して陰でほくそ笑む君達も、俺は心底嫌いだ」


 俺は小畑さんを睨み付ける。俺より背の低い体がぴくっと震えた。見開かれた目が潤い、溢れた滴が頬を伝う。

 腕が目元を隠した。小畑さんが踵を返して廊下を走り去る。


「留美!」


 二人の女子が教室から飛び出した。俺に軽蔑の視線を向け、すぐに友人の背中を追いかける。


「あの、市ヶ谷さん……」


 俺は腕を伸ばし、戸惑う金瀬さんの手首を握る。


「行こう」


 拒否権は行使させない。金瀬さんを連れて下の階を目指す。


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