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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
3章
45/184

第45話 俺達もう友達だろ?

 いつ告白するのか、だって? 

 何だそれは。どういう流れでそんな発言が飛び出した?


 気が付くと立ち止まっていた。俺は我に返って足を前に出し、仕切り直すべく咳払いする。


「口を慎め。誰かに聞かれて誤解されたらどうするんだ」

「だって市ヶ谷さんのクラスは劇やるんでしょ? 奈霧さんとの思い出を題材にして」

「ああ」

「文化祭マジックを利用して告白するつもりなんだよね?」

「違う」

「どゆこと?」


 糸崎さんが首を傾げる。

 そんなに難しいことじゃないだろう。その言葉を呑み込んで口を開く。


「クラスメイトに押し切られたんだよ」

「よくOK出したね。恥ずかしくなかったの?」

「そりゃ恥ずかしかったけど、ノーって言える雰囲気じゃなかったんだよ」

「つまり雰囲気に押し流されたと。前々から思ってたけど、市ヶ谷さんって結構弱い人だよね」

「もしかしなくても馬鹿にしてるな?」

「違う違う。やらかしてきた所業の割に内気過ぎるって言いたかったの。何で?」

「そういう性格なんだよ。悪いか?」

「悪いというか、もっと堂々としてればいいのに」

「できるわけないだろう、そんなこと」


 ただでさえ周りに負い目がある。友人と呼べる相手は手の指で数えられるし、復讐にかまけたせいで圧倒的に出遅れている。何かしたいと考えて簿記に手を出したけど、ペンを動かす間も他の生徒は積み重ねる。生じた差は永遠に縮まらないのに、自信なんて持てるわけがない。


「うわ、色々考えてそうな顔してる」

「どんな顔だよ」

「見せてあげたいけど、鏡持ってないしなぁ。市ヶ谷さんってあれだね、面倒くさい人だ」

「知ってるよ」

 

 口を開かせるとろくな話題にならなそうだ。都合のいい会話がないかと考えて、糸崎さんに聞きたかったことを思い出す。


「糸崎さんとは渋谷が初対面だったよな?」

「だと思う」

「どうして物怖じせずに俺と話せるんだ? 俺が怖くないのか?」

「そりゃ多少は怖かったよ。でもおどおどしたって良いことないじゃん。私に恥じることはないし、胸張って歩くぞーって決めてんの」

「糸崎さんはしっかりしてるんだな」

「伊達に十数年も生きてませんからねー。奈霧さんみたいにスタイル良くないし、結構そういう経験したから学習したのだよ」

「何でそこで奈霧が出てくるんだ?」

「だってそこにいるから」


 俺は糸崎さんの視線を目で追う。

 スーパーの駐車場に設けられた歩行スペース。そこに佇む二つの人影があった。一つは奈霧、もう一つは尾形さんだ。何をしているのかと思った矢先、胸がきゅっと締め付けられて口元を引き結ぶ。


 亜麻色の髪が垂れ下がる。お辞儀だ。奈霧は何を謝っているのだろう。

 奈霧が背を向けてスーパーの中に消える。尾形さんが俺達のいる方向へと踏み出す。


「やばい、隠れないと。糸崎さ……ん?」

 

 いない。頭二つ低い女子の姿が街並みから消えている。


「あれ、市ヶ谷さんじゃん」


 どこに行った? 疑問符に頭の中を埋め尽くされたおかげで、俺は物陰に隠れる時間を失った。

 俺は顔に笑みを貼り付けて振り返る。


「や、やあ尾形さん。奇遇、だな」

「見てたな?」

 

 ぴくっと背筋が伸びた。尾形さんが肘を引き、両手の指を真っ直ぐ伸ばして交互に突き出す。

 脇腹を軽く突かれて前かがみになる。


「おわっ、くすぐったいって!」

「良いではないかー良いではないかー」


 さっきまで表情を陰らせていたのに、尾形さんはすっかり笑顔だ。笑い声を上げる辺り完全に楽しんでいる。心なしか、突きの力が微かに強くなっているように思えた。


「痛っ⁉」


 指が深く入って顔をしかめる。尾形さんがバッと腕を引く。


「わ、悪い! ちょっと調子に乗り過ぎた。大丈夫か?」

「大丈夫だけど、今後そういうのは佐田さんにやってくれよ」

「何で佐田なんだ?」

「尾形さんと仲が良さそうだから」

「だったら市ヶ谷さんでもいいじゃん」

「どうして?」

「俺達もう友達だろ?」


 友達。俺にとっての芳樹と同じ、友達。

 反芻して、胸の内がぽかぽかと温かくなった。気恥ずかしくなって視線を逸らす。


「……まあ、それなら仕方ないか」


 尾形さんが目を丸くする。


「嫌じゃないのか?」

「嫌って、何で?」


 普通友達って言われたら嬉しいだろう。尾形さんはルッキズムの権化だけど悪い人じゃないし、男性の俺が嫌がる理由はない。


「いや、嫌じゃないならいいんだ。市ヶ谷さんも買い出しに来たの?」

「ああ。クラスメイトが喉乾いたらしくて」

「そっか。演劇だもんな、大声出せば喉も乾くか」

「そうなんだよ。もう喉乾いちゃって」


 言葉に詰まった。こういう時、一般的な友人はどんな会話をするんだろう。沈黙が妙にそわそわする。

 何か手頃な話題はないものか。記憶を辿って、先程の光景が脳裏に浮かぶ。


「尾形さんは奈霧と何を話してたんだ?」

 

 口にして後悔した。

 奈霧は尾形さんに対して頭を下げていた。芳樹のような頭お花畑じゃなくても、和気あいあいとした内容じゃないことくらいは分かる。暗い内容が飛び出したらどんな顔をすればいいんだろう。


「文化祭当日は一緒に回らないかって誘ったんだ」


 左胸の奧でトクンと鼓動が響いた。


「振られちまったけどな」


 一拍置いたその言葉で心の平穏が戻った。

 尾形さんが力なく笑う。


「いやー恥ずかしいところを見られちまった。これでもモテる男を自称してたのに、まさか振られるところを知り合いに見られるとは」

「振られたって言っても、断られたのは一緒に文化祭を回ることだろう?」

「確かにそうだけど、態度を見れば何となく分かるだろ?」

「そんな露骨な態度してたか?」

「露骨ではないけど、一線を引いてるっつーのかな。すっごく手慣れた感じで断られた。何度も断った経験あるんだろうなーとか、俺は今まで振ってきた中の一人でしかないんだなーとか、そういうことを思っちゃうわけよ」

「それは……実際にされたらきついな」

「だろ? 結果なんて分かり切ってたけど、思ったより心に来るわ」

「分かり切ってたならどうして」


 想いを打ち明けたんだ? 飛び出しかけたその言葉をとっさに呑み込む。

 既視感がある。早乙女さんも告白の後で、俺に振られるのが分かっていたような反応をした。事前に知っていたのに、苦しい思いをすると分かっていたのに思いの丈を打ち明けた。

 あの時は、失恋の涙で飾られた笑顔に見惚れて問えなかった。二度目でこれだけの衝動だ。次の機会があったらうっかり問い掛けてしまうかもしれない。


「どうして、の次は?」

「いや、何でもない。気のせいだ」

「そうか? まあ終わった俺のことはいいさ。市ヶ谷さんはナナとどんな感じなんだ?」

「どんなって、仲良くできてると思うよ」

「そりゃ良かった。あいつかなりフリーダムだから軽率に見えるかもしれないけどさ、つるんでみるとすげえいい奴なんだよ。だから市ヶ谷だけは、色眼鏡を掛けずに見てやってくれよな」

「色眼鏡?」


 尾形さんがスマートフォンを取り出す。サッと画面を一瞥してポケットにしまう。


「悪い、急用入った。俺もう行くわ」

「え? あ、ああ」


 尾形さんが横を駆け抜け、友人の背中が小さくなる。色眼鏡が意味するところを問い掛ける間もなかった。



読んでくださりありがとうございます。


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