第45話 俺達もう友達だろ?
いつ告白するのか、だって?
何だそれは。どういう流れでそんな発言が飛び出した?
気が付くと立ち止まっていた。俺は我に返って足を前に出し、仕切り直すべく咳払いする。
「口を慎め。誰かに聞かれて誤解されたらどうするんだ」
「だって市ヶ谷さんのクラスは劇やるんでしょ? 奈霧さんとの思い出を題材にして」
「ああ」
「文化祭マジックを利用して告白するつもりなんだよね?」
「違う」
「どゆこと?」
糸崎さんが首を傾げる。
そんなに難しいことじゃないだろう。その言葉を呑み込んで口を開く。
「クラスメイトに押し切られたんだよ」
「よくOK出したね。恥ずかしくなかったの?」
「そりゃ恥ずかしかったけど、ノーって言える雰囲気じゃなかったんだよ」
「つまり雰囲気に押し流されたと。前々から思ってたけど、市ヶ谷さんって結構弱い人だよね」
「もしかしなくても馬鹿にしてるな?」
「違う違う。やらかしてきた所業の割に内気過ぎるって言いたかったの。何で?」
「そういう性格なんだよ。悪いか?」
「悪いというか、もっと堂々としてればいいのに」
「できるわけないだろう、そんなこと」
ただでさえ周りに負い目がある。友人と呼べる相手は手の指で数えられるし、復讐にかまけたせいで圧倒的に出遅れている。何かしたいと考えて簿記に手を出したけど、ペンを動かす間も他の生徒は積み重ねる。生じた差は永遠に縮まらないのに、自信なんて持てるわけがない。
「うわ、色々考えてそうな顔してる」
「どんな顔だよ」
「見せてあげたいけど、鏡持ってないしなぁ。市ヶ谷さんってあれだね、面倒くさい人だ」
「知ってるよ」
口を開かせるとろくな話題にならなそうだ。都合のいい会話がないかと考えて、糸崎さんに聞きたかったことを思い出す。
「糸崎さんとは渋谷が初対面だったよな?」
「だと思う」
「どうして物怖じせずに俺と話せるんだ? 俺が怖くないのか?」
「そりゃ多少は怖かったよ。でもおどおどしたって良いことないじゃん。私に恥じることはないし、胸張って歩くぞーって決めてんの」
「糸崎さんはしっかりしてるんだな」
「伊達に十数年も生きてませんからねー。奈霧さんみたいにスタイル良くないし、結構そういう経験したから学習したのだよ」
「何でそこで奈霧が出てくるんだ?」
「だってそこにいるから」
俺は糸崎さんの視線を目で追う。
スーパーの駐車場に設けられた歩行スペース。そこに佇む二つの人影があった。一つは奈霧、もう一つは尾形さんだ。何をしているのかと思った矢先、胸がきゅっと締め付けられて口元を引き結ぶ。
亜麻色の髪が垂れ下がる。お辞儀だ。奈霧は何を謝っているのだろう。
奈霧が背を向けてスーパーの中に消える。尾形さんが俺達のいる方向へと踏み出す。
「やばい、隠れないと。糸崎さ……ん?」
いない。頭二つ低い女子の姿が街並みから消えている。
「あれ、市ヶ谷さんじゃん」
どこに行った? 疑問符に頭の中を埋め尽くされたおかげで、俺は物陰に隠れる時間を失った。
俺は顔に笑みを貼り付けて振り返る。
「や、やあ尾形さん。奇遇、だな」
「見てたな?」
ぴくっと背筋が伸びた。尾形さんが肘を引き、両手の指を真っ直ぐ伸ばして交互に突き出す。
脇腹を軽く突かれて前かがみになる。
「おわっ、くすぐったいって!」
「良いではないかー良いではないかー」
さっきまで表情を陰らせていたのに、尾形さんはすっかり笑顔だ。笑い声を上げる辺り完全に楽しんでいる。心なしか、突きの力が微かに強くなっているように思えた。
「痛っ⁉」
指が深く入って顔をしかめる。尾形さんがバッと腕を引く。
「わ、悪い! ちょっと調子に乗り過ぎた。大丈夫か?」
「大丈夫だけど、今後そういうのは佐田さんにやってくれよ」
「何で佐田なんだ?」
「尾形さんと仲が良さそうだから」
「だったら市ヶ谷さんでもいいじゃん」
「どうして?」
「俺達もう友達だろ?」
友達。俺にとっての芳樹と同じ、友達。
反芻して、胸の内がぽかぽかと温かくなった。気恥ずかしくなって視線を逸らす。
「……まあ、それなら仕方ないか」
尾形さんが目を丸くする。
「嫌じゃないのか?」
「嫌って、何で?」
普通友達って言われたら嬉しいだろう。尾形さんはルッキズムの権化だけど悪い人じゃないし、男性の俺が嫌がる理由はない。
「いや、嫌じゃないならいいんだ。市ヶ谷さんも買い出しに来たの?」
「ああ。クラスメイトが喉乾いたらしくて」
「そっか。演劇だもんな、大声出せば喉も乾くか」
「そうなんだよ。もう喉乾いちゃって」
言葉に詰まった。こういう時、一般的な友人はどんな会話をするんだろう。沈黙が妙にそわそわする。
何か手頃な話題はないものか。記憶を辿って、先程の光景が脳裏に浮かぶ。
「尾形さんは奈霧と何を話してたんだ?」
口にして後悔した。
奈霧は尾形さんに対して頭を下げていた。芳樹のような頭お花畑じゃなくても、和気あいあいとした内容じゃないことくらいは分かる。暗い内容が飛び出したらどんな顔をすればいいんだろう。
「文化祭当日は一緒に回らないかって誘ったんだ」
左胸の奧でトクンと鼓動が響いた。
「振られちまったけどな」
一拍置いたその言葉で心の平穏が戻った。
尾形さんが力なく笑う。
「いやー恥ずかしいところを見られちまった。これでもモテる男を自称してたのに、まさか振られるところを知り合いに見られるとは」
「振られたって言っても、断られたのは一緒に文化祭を回ることだろう?」
「確かにそうだけど、態度を見れば何となく分かるだろ?」
「そんな露骨な態度してたか?」
「露骨ではないけど、一線を引いてるっつーのかな。すっごく手慣れた感じで断られた。何度も断った経験あるんだろうなーとか、俺は今まで振ってきた中の一人でしかないんだなーとか、そういうことを思っちゃうわけよ」
「それは……実際にされたらきついな」
「だろ? 結果なんて分かり切ってたけど、思ったより心に来るわ」
「分かり切ってたならどうして」
想いを打ち明けたんだ? 飛び出しかけたその言葉をとっさに呑み込む。
既視感がある。早乙女さんも告白の後で、俺に振られるのが分かっていたような反応をした。事前に知っていたのに、苦しい思いをすると分かっていたのに思いの丈を打ち明けた。
あの時は、失恋の涙で飾られた笑顔に見惚れて問えなかった。二度目でこれだけの衝動だ。次の機会があったらうっかり問い掛けてしまうかもしれない。
「どうして、の次は?」
「いや、何でもない。気のせいだ」
「そうか? まあ終わった俺のことはいいさ。市ヶ谷さんはナナとどんな感じなんだ?」
「どんなって、仲良くできてると思うよ」
「そりゃ良かった。あいつかなりフリーダムだから軽率に見えるかもしれないけどさ、つるんでみるとすげえいい奴なんだよ。だから市ヶ谷だけは、色眼鏡を掛けずに見てやってくれよな」
「色眼鏡?」
尾形さんがスマートフォンを取り出す。サッと画面を一瞥してポケットにしまう。
「悪い、急用入った。俺もう行くわ」
「え? あ、ああ」
尾形さんが横を駆け抜け、友人の背中が小さくなる。色眼鏡が意味するところを問い掛ける間もなかった。
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