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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
3章
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第44話 いつ告白するの?


 時刻は放課後。文化祭に向けて劇の練習が始まった。

 俺は原案を提供した。それ以上演劇には関わらなくて済む――はずだった。

 

「そう! それでいいの! 今の動き忘れないで!」


 女子がビシッと人差し指を伸ばす。指の先端を向けられたのはこの俺。何故か壇上に脚を立て、汗に額を撫でられている。


 演劇部の部員をリーダーに据えた演技指導。クラスメイトが頑張る中、一人先に帰る罪悪感に縛られた。女子に声を掛けられたのはそんな時だ。話の流れで演劇の練習を見学することになり、自分自身の役を押し付けられて今に至る。


 もう原案を提供したからお役御免だ、なんて言える空気じゃない。クラスメイトのやる気を侮っていた。俺一人サボりたいなんて口にしたら、村八分むらはちぶならぬ室八分しつはちぶにされそうだ。


 嫌々自分を演じたのも最初だけ。今は何だかんだ楽しめている。振り付けはともかく、発声の方は何度か褒められた。短いながらも放送部として活動した経験が活きている。


 休憩の指示が出た。俺は教室の壁に背中を付けて一息突く。教室内を一瞥いちべつすると、クラスTシャツを付けたクラスメイトが道具の制作に勤しんでいる。


 文化祭が終われば、演劇の衣装を着用する機会はない。お役御免になれば消えるだけの在り方は花火に似ている一方で、クラスTシャツは思い出の品として残る。

 それらをまとった人影が、俺と奈霧の思い出を再現するために動いている。嬉しいような、こそばゆいような、むずむずして教室から逃げ出したい衝動に駆られる。火照った体を覚ましたいと言えば、校舎の外に出ても許されるだろうか。


「喉乾いたねー」

「誰か飲み物買ってきてー」


 チャンスがやってきた。俺は腕を上げて名乗りを上げる。丁度いい、外の澄んだ空気を吸ってリフレッシュしよう。お願いする声をBGMにして廊下へと踏み出す。


「あ、待って市ヶ谷さん、私も行くー!」

 

 げっ、と飛び出しかけた声を寸でのところでこらえた。小畑さんだ。また聞きたくもない自分語りと愚痴を聞かせるつもりか。

 そうはさせん、そうはさせんぞ。


「いや、俺一人で十分だ、じゃあ行ってくる!」


 急ぎ足で廊下に踏み出す。


「あ、ちょっと!」

「領収書忘れないでねー!」


 声を背中で受けながら廊下を疾走する。急な飛び出しを警戒しつつ階段を駆け下り、昇降口のロッカーに上履きを投げ込んで下履きに足を挿す。振り向いて人影がないことを確認し、ほっと息を突いて昇降口を出る。


 ベンチに腰を下ろして小休憩。中庭で見つかった時のような愚は犯さない。今座したベンチは校舎の陰になる。窓ガラス越しに発見するのは困難な場所だ。


「あ、サボりだ! いけないんだー!」

「っ⁉」


 背筋が伸びた。息を呑んで振り返る。


「いや違くて、これは劇の練習で疲れてただけで、まず小休憩してから買い出しに……」


 言葉を連ねる内に気付いた。意地悪な笑みを向ける少女はクラスメイトじゃない。ついでに言うなら友人ですらない。


「糸崎、さん?」


 間違いない。渋谷で俺に臆さず語り掛けてきた女子だ。


「覚えててくれたんだー、意外」

「どうして? こう言っちゃなんだけど、記憶力には自信があるぞ?」


 俺が『愛故に』と知っていて物怖じしなかった相手だ。そう簡単に忘れられるわけがない。奈霧と遭遇した出来事も相まって、今も強く記憶に刻まれている。


「でも麻里のことは忘れたんでしょ?」


 糸崎さんが瞳をすぼめて口端を吊り上げる。

 俺はバツが悪くなって目を逸らす。


「誰から聞いたんだ?」

「麻里以外にいると思う?」

「いいや」


 告白された時は俺と早乙女さんの二人だけだったし、芳樹にすら喋っていない。糸崎さんが知っているなら、それは麻里さんの口から広められたとしか思えない。


「私言ったよね? 奈霧さんの代わりにしてたらどうしようかと思ったって」

「代わりにしたわけじゃないけど、多少不義理を働いたのは認めるよ。だから、ごめん」

 

 俺は糸崎さんの目を見据える。やましいことは何もしていない自負がある。視線越しに誠意を伝えようと試みる。


 糸崎さんの表情が崩れた。ぷっと吹き出したのを皮切りにして、同級生がお腹を抱えて破顔する。


「嘘嘘! ごめん、実はあんまり怒ってないんだ。事情は麻里から聞いてるから」

「理由って、どこまで知ってるんだ?」

 

 風間さんの件は俺達しか知らない。下手に広められると、俺の悪評をもってしても抑えが効かなくなる。自棄になった人の犯行を未然に防ぐのは難しい。抑えるには別のアプローチを考えなければならなくなる。


「麻里がストーカーに付きまとわれてたから、市ヶ谷さんが恋人の振りをして諦めさせたんだよね」


 俺は内心ほっと胸を撫で下ろす。

 風間さんの『か』の字もない。俺達に弱味を知られているとはいえ、いまだ彼には失う物が山程ある。この程度の話なら自暴自棄にはならないはずだ。


「それで、市ヶ谷さんはどうしてここに居るの? 買い出し?」

「ああ」

「だったら一緒に行かない?」


 どうしよう、行きたくない。

 糸崎さんが苦々しく身を震わせる。


「そんな嫌そうな顔しないでよ。大丈夫だって、もう意地悪しないから」

「言質取ったからな」

 

 俺は渋々ベンチから腰を上げる。糸崎さんと並んで校門をくぐり、スーパーへの道のりを進む。


「ところでさ」

「ん?」

「奈霧さんには、いつ告白するの?」


 何の脈絡みゃくらくもなくぶっ飛んだ発言を投下された。



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