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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
3章
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第42話 嫌そうな顔してたよ


 実行委員としての仕事が始まった。出された企画を吟味ぎんみし、不適正と定められた規格の提案者にその結果を伝えに行く。

 途中、文実仲間から声を掛けられた。企画の却下を口頭で伝えても納得しない人がいるらしい。


 俺は重い気持ちを引きずって文実の仲間に同行する。対象が近付くにつれて男子生徒の声が聞こえてきた。声を荒げて、文実仲間相手に自身の企画がいかに素晴らしいかをいている。一生懸命なだけに妥協だきょうができないのだろう。請希高校は文化祭に力を入れている学校らしいし、一枚かみたい気持ちもよく分かる。


 でも駄目なものは駄目だ。俺それを伝えるために顔を出す。市ヶ谷釉を名乗ると、男子生徒の顔が目に見えて強張った。俺が一から説明すると、男子が納得して教室に引っ込んだ。


 こうなることは何となく分かっていた。何せこれは三回目。俺の悪評が消えていないことは身を以って知っている。

 悪評も使いようだ。俺の存在はヤクザのごとく恐れられ、俺を見て態度を一変させる生徒は少なくなかった。文実委員長の人選は的確だったらしい。役に立ってはいるけど、何だか複雑な気分だ。 


「大活躍だったじゃん市谷さん。さっすがー!」


 隣でペアの小畑さんが陽気な声を上げた。

 このクラスメイトが付いてくるのも疲れる要素の一つだ。基本的に有志と話をするのは俺だし、暇があれば興味のないことを延々と語ってくる。芳樹に対する悪口をつらねられた時は、廊下を全力ダッシュして逃げようかと逡巡しゅんじゅんした。イケメンが好きなのは理解したけど、俺は好きで芳樹と連れ立っている。交友関係をとやかく言われる筋合いはない。


 そうでなくとも、小畑さんは友人を見つけるたびに足を止める。同じ班の文実仲間は自分達の役目に向き合っている。俺達だけのんびり佇むわけにはいかないのに、中々思うようにはいかない。


 歯がゆい。やりがいに溢れていたはずの時間が、思うようにいかない苛立ちと仲間への負い目で濁っていくのを感じる。


「そこの実行委員さんや、企画の相談に乗っておくれ」

「はい?」


 特徴的な口調に興味引かれて振り向く。視界の下方で小さなふさが跳ねた。

 

「波杉先輩? どうしたんですかその口調」

「最近の若者のブームじゃよ」


 絶対嘘だ、こんなブームがあってたまるか。波杉先輩が一人ではまっているだけなのは容易に想像が付く。


「波杉先輩のブームって結構特殊ですよね。以前は変なダンスにはまってましたし」

「フタバッタン踊りな。踊るかえ?」

「また今度にします」


 あどけない顔が目に見えてしゅんとした。つい前言を撤回したくなるから、冗談でもそういう反応をするのはやめてほしい。


「今回のブームは何がきっかけだったんですか?」

「気分だねぇ。最近梅昆布茶にはまっておってなぁ。身から入れば、お茶がより美味しくなると思ったんじゃよ」

「なるほど」


 掃除前にエプロンやマスクを装着するようなものか。

 しかし梅昆布茶、あれはいい。昆布が保有するグルタミン酸の旨みに梅干しの酸っぱさが相まって、お茶らしからぬ美味しさが味わえる。東京に来てから口にしてないけど、今度久しぶりに飲んでみるのも悪くないかもしれない。


「ちょっと市ヶ谷さん、いないと思ったら何で先に行っちゃうの?」


 小畑さんが駆け寄って来た。

 君が友人と話していたからだ、なんて告げる気も起きない。遠回しな注意喚起は何度も行った。反省する気のない相手に指摘するのも疲れる。


「あれ、この子誰?」


 横からぐいっと顔が近付き、俺はさりげなく上体を反らす。二年生の波杉先輩に対してこの子とは、また随分と失礼な物言いだ。背丈が小さいから同級生と勘違いしたんだろうけど、学年はネクタイの色を見れば分かる。芳樹を貶す発言といい、少しは考えてから口を開けばいいものを。


 俺は表情を繕って口を開く。


「二年の波杉先輩だよ。色々お世話になってる人なんだ」

「初めまして女子おなごや。気軽に波杉先輩とでも呼んでおくれ」

「え、何このちびばばあ」

「まぁ、失礼な子じゃのう」


 小さな口元は弧を描いている。機嫌を損ねた様子はない。でも波杉先輩だって年頃の女子だ。思うところが全くないってわけじゃないだろう。小畑さんにはあまり口を開かせない方が良さそうだ。


「市ヶ谷さんって、意外と上級生の知り合い多いんだね」

「そこまで多くはないよ。波杉先輩とも放送部の繋がりで知り合ったんだ」

「へえ」


 地均し後の地面を思わせる平淡さ。全く興味なさそうな声色にむっとする。散々小畑さんの長い語りに付き合ってきたんだから、少しくらいはまともな相槌を打ってくれてもいいのに。


 俺が苦言を呈する前に、波杉先輩が口を開く。


「ちょうど良かった。お嬢さんや、ちょいとこっち来てくれんかの」

「私? まあいいですけど」

 

 二人が背を向けて歩を進める。

 ポンポンと肩を叩かれた。視界に腕の主は見られない。振り返った先で黒い瞳と目が合う。


「菅田先――」


 艶やかなくちびるの前に人差し指が当てられる。細身がひるがえって廊下を静かに進む。そっとついて来いのサインと受け取って、俺は先輩の背中に続く。 


 階段を下って中庭に出た。菅田先輩が歩行スペースを突き進み、ベンチに腰を下ろしてふーっと達成感溢れる息を突く。


「ドキドキしたー! 脱出ミッション成功だね」

「脱出?」

「正確には逃走か。もう少しで下校時刻でしょ? ここで時間潰しなよ」

「何だ、用があったわけじゃないんですね」

「小畑さんを騙したみたいで気が引ける?」


 一瞬息が止まる。心が読まれたような錯覚があった。


 嘘を付いたのはこれが初めてじゃない。請希高校に入学してからというもの、必要に応じて繰り返し嘘を付いてきた。今までは目的があったからあまり気にならなかったけど、今回は別だ。久しく感じなかった罪悪感が心にのしかかる。

 菅田先輩が肩を上げ下げする。


「真面目だねぇ。それが君のいいところでもあるけど、嘘は世の中を回す潤滑油じゅんかつゆだよ? 適宜てきぎ使っていかないとさ」

「分かってはいるんですけど、心に根付いちゃってるんですよね。嘘は悪だって」

「デマで酷い目に遭ったって話だもんね。じゃあ余計なトラブルを避けるためって考えたら? ついさっきまで君がやってたことと同じでさ」

「俺、何かやってましたっけ」

「ずっと言いたいこと我慢してるでしょ? 小畑さんが気付いてるかどうかは知らないけど、市ヶ谷さん結構迷惑そうな顔してたよ?」


 俺は目を見張る。


「身に覚えが無いんですけど、そんなに嫌そうな顔してました?」

「してたしてた、もうめっちゃ眉根寄せてた。最近ポーカーフェイスの練習してないでしょ?」

「はい。最近は使う機会がなかったもので」


 俺にとってのポーカーフェイスは、復讐を成し遂げるための戦化粧いくさげしょうだ。事が済んだ今となっては必要がない。人が成長する過程で土踏まずが無くなるように、不要になったものは薄れていく。自然の摂理だ。


「文化祭が終わるまで練習した方が良いですかね」

「それも一つの手だけど、この際本音をぶつけてみたら? 嫌なことは嫌って言わないと分からないよ、ああいうタイプは」

「トラブルにならないでしょうか?」

「そりゃ多少は発展するかもしれないけど、人付き合いってそういうもんじゃない? 苦手な奴のために心労を募らせるのって馬鹿らしいでしょ」

「確かに」


 ファミレスで佐郷達を相手した記憶が脳裏に浮かぶ。


 あれは拷問じみた時間だった。波風立てないように解散まで持って行き、帰宅するなりベッドに即倒するくらい消耗した。二度目も大遅刻をかまされた時は、口頭で注意しておけば良かったと後悔したものだ。佐郷辺りは屁理屈をこねたかもしれないけど、それを踏まえても注意喚起した方が精神衛生上は良かったと思う。事実、夏祭りで苛立ちをぶつけた時は多少すっきりした。言葉の力は偉大だ。


「話は変わるけど、市ヶ谷さんって一年の金瀬さんと仲が良いの?」

「はい。他の生徒よりは親密だと思います」

「何かトラブルに巻き込まれたことってある?」


 俺は片方の眉を上げる。何かってなんだ? 思ったことをズバズバ発する菅田先輩にしては、珍しく漠然とした質問だ。そんなにデリケートな話題なんだろうか。

  

「いえ、特にありませんけど」

「そっか」


 菅田先輩が体の前で腕を組む。


「……ま、市ヶ谷さんなら上手くやるか」


 呟きに気を取られる間に、先輩がベンチから腰を上げる。


「んじゃ私行くわ。気を付けて帰ってね」

「はい。今日はありがとうございました」


 またねーの言葉とともに先輩の背中が遠ざかる。

 俺はベンチに腰を落ち着け、下校時刻になるまでスマートフォンをタップする。



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