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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
3章
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第40話 月が綺麗だよ!

「ふーん。釉くんもプレゼントを選んでたんだね」


 合点した声が自室の空気を震わせる。スマートフォンから聞こえたのは奈霧の声。ショッピングの際に言えなかったことを伝えるべく、俺から電話を掛けた。


 本当は間食時に伝えたかった。誤解を解くならくあるべきだというのは、俺の信念に等しい経験則だ。一度ろくでもない目に遭った身としては焦りすら覚えたものだ。


 でもその機会はなかった。クレープでお腹を満たしてからは、再び別行動に戻ったから弁解する暇がなかった。金瀬さんのプレゼント選びに付き合い、解散して自宅に戻るなりスマートフォンを取り出して今に至る。


 自宅に戻ってすぐ電話と言うのはどうかと思ったけど、俺はデートじみたことをした自覚がある。誤解されて困る人がいるわけじゃないけど、言葉を交わさないことで奈霧には誤解されたくなかった。いっそ拒絶反応と言い換えてもいい。そういう擦れ違いで何か起こるんじゃないか、そう思ったら怖くなった。


 誤解は解けた。俺は内心ほっと胸を撫で下ろす。


「奈霧もプレゼント選びに付き合わされてたのか?」

「うん。来月金瀬さんの誕生日だから、女性の意見が聞きたいって相談を受けてたの。私と金瀬さんじゃ趣味が違うだろうし、無難にタオルにしたよ」

「タオルって、また味気ないな。香水とかマニキュアじゃ駄目なのか?」

「そういうのって、人によって合う合わないがあるんだよ。苦手な品だったら使われないまま放置されちゃうし、誰も幸せにならないよ」

「プレゼントって難しいんだな」


 俺が贈ったネックレスは奈霧の趣味に合っていたんだろうか。渋谷で見た時は身に付けていたけど、もらったから仕方なくぶらさげていた可能性も否定できない。今度何かを贈る時には気を付けるとしよう。


「釉くんは? 誕生日プレゼントは選べた?」

「ああ。キャラメル色のニットにしたよ。すぐに決まって拍子抜けしたくらいだ」

 

 要した時間は数分だった。お礼と言うことで俺にも服を選んでくれたけど、その時間の方が長かったくらいだ。途中から楽しくなったのか、金瀬さんの着せ替え人形になって何度も試着室を出入りする羽目になった。マネキンや着せ替え人形には給料を払っても良いと思いました、まる。


「釉くんって金瀬さんと交流があったんだね」

「ああ。初めて言葉を交わしたのはボランティアの時だけどな」

「一時期ボランティアにはまってたもんね。何のボランティアだったの?」

「林間学校の付き添いだよ。小学生のオリエンテーリングを手伝ったり、一緒にカレーを作って食べたりしたんだ」

「楽しそうだね。ボランティアって言うから雑用をやらされるのかと思ってたけど、そういうのなら私も行きたかったなぁ」


 いいなぁ、と呟きが続いた。今でこそ服飾をやっているけど、俺の知る奈霧は体を動かす方が好きだった。本気で行きたかったと思っていそうだ。


「多少は楽しかったけど、ちょっとしたトラブルもあったんだよ」

「そうなんだ。小学生が喧嘩したとか?」

「似たようなものだな。一部の男児が女児に意地悪してたんだ。簡単に言えば、孤立を嫌がった男児が女児を突き離してた」

「よくある擦れ違いって感じだね。二人はどうなったの?」

「仲直りはしたみたいだけど、後は二人次第だな。キャンプファイヤーでは手を繋いで踊って、二人とはそれっきりだ」

「ボランティアだもんね。小学生と縁を保つのは難しいか」


 ただでさえ年齢が違う。小学生と縁を繋ぐには、校舎に足を運ぶくらいはしないと無理だ。

 しかしこのご時世、子供に接触しようとする人物は怪しい目で見られる。悪評の有る俺が接触を図って、それで誤解するなと言う方が無理だ。


 男児には俺の後悔を言葉に乗せて伝えた。金瀬さん達よりは二人の記憶に残っていると思うけど、よほど強い印象がないと時間の経過には勝てない。あと数年もすれば俺のことは忘れて青春を謳歌することだろう。

 

「そっか。その二人の恋、実ると良いね」


 何気ないその言葉は相槌以上の響きを帯びていた。芳樹相手なら頭お花畑と茶化すところだけど、今回は俺も同意見だ。ふざけるのは自重する。


「単純に友達として好いていた可能性もあるけどな」

「そうなの?」

「ああ。男児の方はまんざらでもなさそうだったけど、女児の方の気持ちはよく分からなかったよ」

「そっか。まあ小学生だし、出会いはいくらでもあるもんね」


 出会いはいくらでもある。それはあの二人に関してだけ言えることじゃない。俺はもちろん、奈霧にもその可能性はあった。入学時の人気ぶりからして、中学生の頃にも多くの男子が言い寄ったはずだ。


 奈霧に彼氏はいないと聞いている。それが本当なら、果たしてそれは喜ぶべきなのか、それとも悲しむべきなのか。今の俺には難しい。


「あ!」


 奈霧の声が元気を増した。眉を持ち上げると言葉が続く。


「釉くん! 空を見て! 月が綺麗だよ!」

「月?」


 月ならそんな珍しくもない。俺は窓際に歩み寄り、数分前に閉めたカーテンをつまんで腕を振る。蛇の威嚇音じみた音に遅れて室内が映る。顔をしかめて鍵を開け、窓の取っ手を隅に追いやる。

 改めて夜天を仰ぐ。濃い藍色を背景に、白い円がぽつんと浮いている。


「満月か。確かに綺麗だな」


 儚い光だけど、周りが暗いからはっきりと見て取れる。きちんと輪郭を描くさまは芸術的の一言に尽きる。


 十月の月。またの名を神無月かんなづき。神々が出雲いずもの国におもむき、留守になった月をそう称するようになったと言われている。不吉な臭いのする話だけど、出雲に足を運んだ神は人間のために会議をするそうだ。特に縁結びにおもきを置いて言葉を交わすのだとか。


 人の縁は、出雲大社に集まった八百万の神によって仕組まれるという。何とも壮大な話だ。正直言って信じられないが、それでも俺は縁を得た。悪意によって一度はズタズタに引き裂かれても、今は奈霧と同じ月を見上げている。


 今日まで色んなことがあった。何かが違えば、穏やかなこの時間を享受きょうじゅすることは叶わなかった。神の存在は信じていないけど、そんな俺でも神頼みをしたくなる時はある。


 これから先も、こんな時間が続きますように。月におわすであろう八百万やおよろずの神に、言葉もなく祈りを捧げる。

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