第39話 モテるんだね
会話の流れで間食することになった。各自クレープを購入し、フリースペースに腰を落ち着ける。
奈霧と尾形さんがここに居る理由を聞きたい。
でも金瀬さん達が織りなす陽気な空気を壊すのは気が引ける。適当に談笑に付き合って言葉を交わす。途中、奈霧がちらちら俺を見ていることに気付く。俺と同じことを考えているのかもしれない。
「ところでさ、ナナと市ヶ谷さんはどうしてここにいんの?」
「今そこに触れるんだな」
あまりにも自然に談笑しているから、もうその疑問は浮上しないと思っていた。
金瀬さんが元気よく手を挙げる。
「わたしはお買い物! 市ヶ谷さんに付き合ってもらってたの!」
「へえ、デートじゃなかったんだ。店の外から見えたから声を掛けたけど、傍目から見ると本物のカップルにしか見えなかったぜ?」
「ほんとに⁉ 嬉しい! 尾形と奈霧さんもこうして見るとお似合いだよね! 美男美女カップルって感じ!」
「そう? そんな風に見えちゃう?」
「うん! あまりにお似合いすぎてカップルにしか見えないもん!」
金瀬さんと尾形さんが盛り上がって言葉を重ねる。ついさっき抱いた印象を共感し合う会話。改めて二人の仲の良さがうかがえる。
会話の大半が冗談なのだろう。あたかも俺と金瀬さんがデートしてたような内容にシフトしているけど、俺はプレゼント選びを手伝いに来ただけだ。会話に真実は何一つ含まれていない。
冗談を本気に受け取ることがマナー違反なのは理解している。
だけど俺には、冗談を冗談として受け取る余裕がない。どうしても夜のキャビンで交わした内容がちらついてしまう。尾形さんと奈霧がそういう関係にあるだなんて、耳にするだけで心がざわざわして落ち着かない。
「俺は金瀬さんに頼まれてここにいるだけだよ。理由は話せないけど」
二つの口が閉じる。奈霧のものも含めて、計三つの視線に突き刺された。喧噪が遠い。自分だけが賑わいから切り離されたような錯覚を受ける。
尾形さんが困ったように苦笑いする。
「何かすまん。ちょっといつものノリで喋り過ぎたわ。次から気を付けるから許して」
「別に怒ってはいないよ。口調が強かったら謝る」
「市ヶ谷さんが謝ることないさ。冗談でも程度ってあるもんな。大して交流のない相手に分かってくれだなんて、ちょっと虫が良すぎたわ」
「二人とも話しやすいから、つい調子に乗っちゃったね。佐田なんかはすぐ自分が興味あることに引っ張ろうとするけど、市ヶ谷さんと奈霧さんは相槌打ってくれるんだもん。ちょっと嬉しくなっちゃった」
苦々しい笑みが二つ並んでほっとする。俺を気遣ってくれているのだろう。静まり返った時はやってしまったと思ったけど、空気が壊れなくて良かった。
「カップルうんぬんはさておきさ、お似合いに見えたってのは嘘じゃないぜ? 髪が黒くなってから雰囲気変わったしな。女子から声掛けられるようになったんじゃないか?」
「まあ、多少は増えたな」
奈霧が目をぱちくりさせる。
「そうなの?」
「ああ。やっぱり皆プリン頭を警戒してたみたいだ」
女子と話す機会が増えた。それは本来喜ぶべきことなのだろう。長年を勘違いで無駄にした身だけど、恋愛に興味がないわけじゃない。入学式前に早乙女さんに話しかけられた時は嬉しかった。告白された日の夜には、気を抜くと口端が上がりそうになったものだ。
良かったのは最初だけだった。話しかけてくれる人数が増えれば増えるほど、誰も俺の中身を見ていなかったことを痛感した。奇抜な髪を放って置いた俺にも非はあるけど、プリン時代は俺を見たら逃げるレベルの対応をされていたんだ。複雑な心持ちを抱くくらいは許してほしい。
「ふーん、釉くんってモテるんだね」
奈霧が瞳をすぼめた。妙に含みを感じたけど、スルーを決め込む。
「モテるってほどじゃないよ」
「そうなの? 市ヶ谷さん人気あると思うけどなーっ」
「告白されたことくらいはあるだろ?」
「そんなこと……」
ない、とは言えなかった。心当たりがあるのは早乙女さんとの一件。広める予定はないし、早乙女さんから言わない限りは胸の内に秘めるつもりでいる。
一方で、告白されたことを否定するのは違う気がする。涙を流すくらい勇気を出してくれたんだ。嘘でも告白をなかったことにするのは申し訳が立たない。
「お、何か心当たりがあるみたいだな」
「まあ、一応」
これくらいならいいだろう。あの廊下には誰もいなかったし、早乙女さんに迷惑は掛からないはずだ。
「それで?」
振り向いた先で栗色の瞳と目が合った。
「それでって?」
「釉くんは何て答えたの?」
俺は目をしばたかせる。深掘りするのは尾形さんか金瀬さんだと思っていたけど、まさか奈霧の口からピンク色な問い掛けが飛び出すとは。
見栄を張りたい気持ちが顔を出した。ぴょこんと飛び出したそれを理性で押し込める。
「断らせてもらったよ。そういう気分じゃなかったからな」
「ふーん、そう」
桃色のくちびるがストローを咥える。筒状のそれから離れるまで数秒を要した。全部食べ終わるまでに容器が空になるペースだけど、飲み物は足りるのだろうか。
「隙あり!」
視界内で金髪が揺れる。金瀬さんが身を乗り出して、俺のクレープにかじりついた。
「あ、俺の」
湧き上がった感情が口を突いて、次の瞬間には言葉に困った。芳樹しか友人がいなかったから、こういう時どんな反応をすればいいか分からない。
困惑する内に、視界が苺と生クリームでかざられる。
「グレープフルーツも美味しいね。わたしのも美味しいよ? 食べてみて!」
俺は眼前の菓子に視点を当てる。白と紅に彩られた甘そうな菓子に、かじった後が付いている。それが誰のものかなんて問うまでもない。
金瀬さんがきょとんとする。
「どうしたの? 毒なんて入ってないよ?」
そんなことは分かっているけど、じゃいただきまーす! となるわけがない。だって金瀬さんのクレープだ。女子が食べた後なんだ。間接キスではしゃぐのは子供っぽいと分かっていてもドキドキする。
幼さを残した顔立ちが小首を傾げる。これ以上無言でいるとあらぬ誤解を与えそうだ。
俺は意を決して目の前のクレープにありつく。ボリュームのある甘みと、それを程よく中和する酸味が口の中に広がる。
「どう? 美味しいでしょ?」
「ああ。凄く美味しい」
こんな状況じゃなければ、すぐにでも二口目にありつきたいくらいには美味だ。
金瀬さんが満足げに口角を上げ、俺が口を付けた個所をぱくっとする。俺は気恥ずかしくなって俯き、ストロー越しのアイスコーヒーで口の中を満たす。
「ゆ、釉くん!」
奈霧が声を張り上げた。顔を上げて視線を送ると、奈霧が微かに腕を動かす。
「何だ?」
奈霧が口を開く。言葉を待ってみるものの、声は発せられない。
「……何でもない!」
奈霧が自身のクレープに噛み付く。心なしか、端正な顔立ちが拗ねているように見えた。
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