第38話 奈霧とばったり
金瀬さんの服選びが終わった。
周囲には他の客の視線もある。俺は彼氏に擬態すべく、金瀬さんが店員からもらった紙袋を受け持つ。
他にもアクセサリーショップに足を運んだ。時刻はお昼時に突入し、そこそこ重い荷物を持ってカフェに踏み入る。軽めに昼食を摂って談笑を重ね、十分に足を休めて店の外に出る。
「次はどこ行くー?」
「そろそろプレゼントを選んでくれないか? 重い」
「あーっ、女の子に重いなんて言っちゃだめなんだよ?」
「人聞きが悪いな、荷物が重いんだ。分かって言ってるだろう?」
金瀬さんが愉快気に口角を上げる。図らずも金瀬さんが望む反応をしてしまったようだ。繰り返すといじられキャラが定着してしまう。気を引き締めてかからないと。
メンズファッションの売り場に足を踏み入れる。
落ち着く。視界を埋める大半の衣服は暗い色を帯びている。ジャケットにシャツにスラックス。俺の見知った物ばかりだ。俺が居るべき場所はここだったんだ。
「どうしたの市ヶ谷さん? 救われたみたいな顔してるよ?」
「いや、俺は居ていいんだと思って」
「変なのーっ」
金瀬さんが笑みを残して歩を進める。俺は揺れる金髪を追い、尾形さんに合いそうな衣服を探す。
俺の知る尾形さんは大人びている人だ。外見重視主義ではあるけど、それだけに自身の身なりも整えているように見えた。渋過ぎない程度に大人びた品を選んでおけば間違いないだろう。
そう思った矢先、金瀬さんが腕を伸ばす。指が触れた品を見て、俺は目をぱちくりさせる。
ピンクだ。桃よりも濃厚で、かまぼこよりも澄んだ明るい色合いがそこにあった。
似合うのか?
いや、似合うのかもしれない。お洒落な男性はショッキングピンクすら着こなすと言うし、尾形さんが身にまとっても不思議はない。
金瀬さんがピンクを手に取り、俺に向き直る。
「市ヶ谷さん、これ着てみて!」
「何で⁉」
思わず声が張り上がった。金瀬さんが目をぱちぱちさせる。
「何でって、着てみないと感じが分からないじゃん」
「俺が着てどうするんだよ」
「私が着るよりは参考になるよ。ほら、早く早くっ」
嬉々とした表情に促され、視線が衣服に引き寄せられる。
駄目だ、気持ちが押される。抗えない。俺はこのままピンクデビューをしてしまうのか。
「あれ、ナナに市ヶ谷じゃん」
聞き覚えのある声が上がった。身を翻すと尾形さん。その隣には幼馴染の姿があった。肘が隠れる長さのシャツに長いパンツ。ありふれた装いながら、奈霧が着ると明日には流行りそうな風格がある。
「釉くん? どうしてここにいるの?」
「それはこっちの台詞だ。こんなところで何を――」
「あ、尾形と奈霧さんだ! やっほーっ!」
背後で元気のいい声が上がった。ピンクを握ったまま金瀬さんが隣に並ぶ。
尾形さんが片方の眉を跳ねさせる。
「どしたのその服? 買うの?」
「迷ってるんだー。尾形はどう思う?」
金瀬さんがさりげなく問い掛けへと持って行った。
プレゼント選びを隠すために、俺の服を選んでいたという大義名分を使う。上手いやり方だ。尾形さんの意見を聞くことで、贈った際の感想を知ることもできる。サプライズが失敗してダダ滑りする事態を避けられる。
尾形さんが顎に手を当てる。
「ピンクかぁ。市ヶ谷さんには合うかもしれないな」
「だよね! わたしも似合うと思ってたんだー。じゃあ市ヶ谷さん、試着室行こっか」
「は?」
俺は思わず金瀬さんの顔を見る。ん? と言わんばかりに笑顔を向けられた。
その反応は俺のものだ。俺が試着室に行ってどうするんだ? もしや突然の遭遇でパニックになっているのか?
仕方ない。俺が誘導してあげよう。
「尾形さん、このピンクシャツどう思う?」
「だから似合うって」
「いや俺に合うかどうかじゃなくて、尾形さんが着るならどう思うかを聞いてるんだ」
「俺に聞いてもしょうがなくね? 着るのは市ヶ谷さんなんだから」
俺は反論しようとして、寸でのところで口をつぐむ。
最終的に着るのは尾形さんだぞ、なんて口にするわけにもいかない。金瀬さんに急かされて試着室に踏み入り、ショッキングなピンクのシャツを羽織ってカーテンを開ける。
金瀬さんがぱぁーっと表情を華やがせた。
「いいよ市ヶ谷さん! 凄く似合ってる!」
「本当かよ」
「本当だって! ね? 尾形」
「ああ。バッチリだ! ね、奈霧さん」
尾形さんがグッと親指を立てる。助けを求めて幼馴染に視線を向けると、端正な顔立ちには微笑みが浮かんでいた。
「私も似合ってると思うよ?」
そう言われては何も言えない。奈霧はファッションの勉強をしている。素人の俺よりその手の知識がある。俺の慣性がズレているだけなのだろうか。
ピンクを普段利用する勇気はない。他にも色々着せられそうになり、俺は口八丁で金瀬さんを丸め込む。
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