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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
3章
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第34話 実行委員と劇の題材

 休み明けのロングホームルームで一つの議題が上がった。文化祭の日が近付いてきたことで、実行委員を決める必要性が出てきたらしい。生徒が表立って指揮を執り、一つのイベントを成功へと導く。何とも珍妙な催しだ。


 その実行委員を募る集会が始まった。担任教師により立候補者が募られたのを機に、俺は腕を掲げる。クラスメイトは中学生だった頃に文化祭を経験している。俺だけが賑わいの場に参加していない。実行委員として立ち回ることで、後れを取っている分を取り戻したかった。


 一つ懸念があった。俺が男子の実行委員に立候補することで、女子の文実が決まらないのではと心配していた。髪を黒に染めたとはいえ、『愛故に』の異名が消えることはない。俺を敬遠する女子は多いはずだ。


 俺の懸念とは裏腹に、女子の文化祭実行委員は数秒で決まった。俺は担任教師の指示に従って壇の上に立ち、女子の文実と合流する。名前は小畑おばたさんと言うらしい。クラスメイトなのに名字を知らなかったことは内緒だ。


 場の流れでクラスの出し物を決めることになった。

 お化け屋敷、演劇、カジノ、ジェットコースター。本当にできるのか? と問いたくなる案ばかりだけど、クラスメイトの反応を見るに定番の出し物らしい。


 会話を聞くうちに、小学校の頃に一度だけ体験したような気がしてきた。確か名称はフェスティバル。覚えているのはそれだけで、記憶の大半は時間の彼方に消えている。時折聞こえてくる思い出話は耳にするだけで楽しい。


 クラスの出し物は演劇に決まった。比較的速やかに決まったこともあって、そのまま演劇の題材を定めることになった。白雪姫、ロミオとジュリエット、その他。俺でも知っているレベルのメジャーな名前があちこちで挙げられた。どの題材も一長一短。中々決まらず、頬杖ほおづえを突いてだれる生徒も目に付くようになった。


「さっきからなーんかパッとしねえなぁ」

「この学校らしさがないよね。何かこう、特別感と言うか」

「そうそう。この前よその高校の文化祭を覗いたんだけどさ、演劇で星の王子様やってたんだよ。聞き覚えないから調べたらフランスの童話だったわ」

「やっぱ童話か、皆考えることは同じなんだな」


 会話の流れが完全に別方向へとひん曲がる。時間も時間だ。放課後の集会に向けて、そろそろ教師が切り上げの宣告を下す――はずだった。


「何かいい題材ないもんかねー」

 

 待ってましたとばかりに一本の腕が上がった。

 

「俺めっちゃ良い案思い付いた!」


 芳樹だ。声がでかいことも相まって、クラスの視線が俺の友人に集まる。

 

「良い案ってどんなの?」


 クラスメイトの問いかけを前に、芳樹が呆れを浮かべて肩を上下させる。


「おいおい分かんねえのか? あるじゃん、この学校にしかない特別なやつが!」

「そんなのある? もったいぶらないで教えてよ」

「ほら、愛故にだよ」


 思わず変な声が出そうになった。声を抑えたのもつかの間、芳樹に集まっていた視線が俺に殺到する。『あー』と納得する声が室内を駆け巡った。


「いいなそれ!」

「だろ?」

「だろ、じゃない! 却下だ却下!」


 あり得ない。俺は手の平を教卓に叩き付けて意志の強さをアピールする。


「えー何でだよ?」

「分かるだろう⁉」

「いっちょん分からーん!」

 

 芳樹が頭の後ろで手を組み、そっぽを向いて口笛を吹く。無駄に上手いのが腹立つけど、いっちょんって何だ? どうして今それを言った? 芳樹は九州の出身じゃないだろう! 突っ込みが頭の中を駆け巡って思考がまとまらない。


「せんせー! 演劇ってオリジナルの脚本でもいいんですよねー?」


 女子の問いかけにサムズアップがかざされた。グッドサインを見てクラスメイトが賑わいを増し、そっち方向で進める流れができ上がっていく。

 俺は全力でかぶりを振る。


「待て待て待て! 勝手に話を進めるな!」

「勝手にって、もう決まったようなもんだろ」

「まだだ! 俺が認めてないんだから無効だ無効!」

「思い出に著作権はねえよ?」

「あるかもしれないだろう。著作権じゃなくてもさ、それっぽいのが!」

「そんなこと言ったら伝記なんて書けねえじゃん。アインシュタインとかどうなるんだよ。あの世でベロ出しながら怒ってると思うか?」

「さすがにそんな怒り方する奴はいないだろう」

「いるんだなぁこれが。ほら、よく聞くだろ? あっかんべーって」

「話題を逸らすな。俺は思い出を劇にするつもりはない」

「頑固だなぁ。んじゃ原案を提供してくれたってことで、出し物の準備はしなくていいってのはどうだ?」

「駄目だ」

「どうしても?」

「駄目」


 ブーブーと不満の声が上がる。芳樹だけじゃない。名も知らないクラスメイトが一致団結して俺に遺憾を表明している。


 聞いたことがある。人を団結させるには、共通の敵を作ることこそ最適だと。ブーイングを上げるクラスメイトの中には、先程自身の案を蹴散らされた同級生もいる。そこの君、この空気に流されるな。目を覚ませ! 君の大好きなコスプレ喫茶が泣いているぞ!

 すみに座していた担任が腰を上げる。


「よし、多数決で決めよう!」

「何故だ⁉」


 一瞬相手が教師であることを忘れた。冷静でなんていられるか。この状況で多数決に持ち込まれたら俺には勝ち目がない。視線で教師に否を訴える。


「だってもう時間ないし。実行委員の集会始まっちまうよ」

「では後日決めましょう」

「ここまで来て後日ぅ~~?」

 

 担任の口が3の字を描いた。いや分かるよ? 劇の内容なんて早く決まるに越したことはない。それは分かるけどさ、教え子が困っているんだ。もう少し親身になってくれてもいいと思うんだけど。


 俺は一人戦った。代案を提示し、クラスメイトの同意を得ようと努力した。

 数分とせず数の暴力に屈し、クラスの出し物が確定した。

 


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