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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
3章
33/184

第33話 一位は奈霧さんみたいですよ


 休日を迎えた。天井を眺めて、寝覚めの良さに頬が緩む。


 奈霧と仲直りをして以来、悪夢を見る回数がグンと減った。元々夏休みに入る前から減少傾向が見られていた。もうしばらくすれば夢にうなされることは無くなるだろう。


 朝のルーティンをこなして自室に戻る。今日は芳樹に勉強を教える約束がある。バッグの口を開け、外出に備えて道具を詰める。


 準備を終えて壁際に視線を振る。たたずむのは木製の棚。板でいくつもの長方形に区切られた空間には、紙の書籍しょせきに混じって小学生時代の小道具が鎮座している。不登校になった際に捨てようと思って、けれど捨てられず段ボール箱に封印した思い出の品々だ。


 俺はふっと笑んで廊下に踏み出す。マンションを後にして街に出る。近くのコーヒーチェーン店に足を運び、カフェラテとアメリカンワッフルを注文して待ち人に歩み寄る。俺が挨拶を口にする前に腕が上がった。


「よっ」

「おはよう芳樹」


 芳樹の視線が俺の手元に落ちる。


「今日はカフェオレか。最近ブラック飲まないよなお前」

「趣向が変わったんだよ」


 俺は正面の椅子に腰を下ろす。芳樹が意地の悪い笑みを浮かべた。


「趣向ねぇ。さてはあれか? 奈霧さんと甘々な毎日を送って甘党にでもなったのかぁ?」

「あのな、俺と奈霧はただの友人だぞ? 甘々な毎日なんて送る関係じゃない。大体そんなこと言っていいのか? 芳樹は奈霧のこと良いって言ってたじゃないか」

「良いとは思ってるけど、俺のこと眼中に無いみたいだからさ。諦めた」

「そう、なのか」


 気まずさに混じってほっとした感覚があった。芳樹は悪い奴じゃない。奈霧との仲直りにも尽力してくれた。奈霧と付き合うことになっても余計な心配をしなくて済む。しかし安堵した辺り、俺の心はまだ断念していないようだ。諦めるって難しい。


「冗談はさておき、お前こっからどうすんの?」

「どうって、何を?」

「色々あんだろ? 奈霧さんとか、奈霧さんとか、奈霧さんとか」

「何で全部奈霧なんだよ」

「仲直りしたんだろ? チャンスじゃん」

「何の?」


 芳樹が呆れ混じりに瞳をすぼめる。


「本気で言ってんのか? 市ヶ谷頭良いんだし、俺が言ってる意味分からない訳じゃないよな?」

「分かってるから言ったんだよ。男女の関係をそっちに持っていきたがるのは君の悪い癖だ」

「けっ、校門前で熱烈に抱擁ほうようしといてよく言うぜ」

「あれはその、感極まった結果と言うか、そもそも俺はかれそうになった奈霧を助けただけであって!」

「声大きくなってんぞー」

 

 芳樹が肘杖を突いてストローの口を付ける。俺が顔の火照りを感じる中、ズズズとコーラフロートが友人の口に吸い込まれる。


「行儀悪いぞ」

「へいへい。お前さ、俺が彼女欲しーって言った時、自分が何て言ったか覚えてるか?」

「ああ」


 放送部に入ったことを芳樹に伝えた昼休みのことだ。恋愛に興味があるくせに徹底して臆病な芳樹が目に余って、バスケ部でエースをやれ、小賢しいことは止めろと諭した。結局芳樹はバスケ部に属した。本人が気付いているかどうかはともかく、一部の女子が話題に上げることは多くなった気がする。


「……はぁ~~」

「何だそのため息は」

「いいや、奈霧さんも大変だなと思って」

「市ヶ谷さん!」


 発言の意味を問おうとした時だった。店内で聞き覚えのある声が上がり、感じの悪い友人から視線を逸らす。


 早乙女さんの微笑みがあった。私服に覆われたボディラインが波打っているものの、身なりは肌の露出を抑えた長袖に半ズボン。靴も履きなれていそうなスニーカーだ。偽デートで渋谷の街に駆り出した時とは雰囲気が違う。覚えのある顔よりもリラックスしているように見える。


「おはよう早乙女さん」

「おはようございます」

「あれ、早乙女さんって……」


 芳樹がぬっと顔を近付ける。


「なあなあ、早乙女さんってお前と交際疑惑があった子だよな?」

「その疑惑は嘘ですよ」


 芳樹の声がでかいから聞こえていたらしい。早乙女さんが友人に笑顔を向ける。芳樹が苦々しく笑いながら身を引く。


「嘘って、そりゃまたどうしてそんなことを?」

「ちょっと色々あって、市ヶ谷さんの名前が欲しかったんです。今は市ヶ谷さんに振られたので、もう私達の間には何ともないんですよ」


 早乙女さんが寂しげに肩を揺らす。振ったのは俺。自覚して罪悪感が込み上げ、話題を逸らす使命感に駆られて口を開く。


「早乙女さんは友人と来たのか?」

「はい。今列に並んで私の分も注文してくれてます」

「へえ、友人と……ね」


 俺はカウンターの方に視線を振る。


 俺じゃあるまいし、早乙女さんの友人は一人じゃないだろう。でも早乙女さんの友人と言われれば、俺は糸崎さん以外に思い付かない。渋谷の街では釘を刺されたし、できれば顔を合わせたくない。


「良かったら同じテーブルで話しませんか?」

「いいけど、俺達はこれから勉強会の予定なんだ。あまり長くは話せないよ」


 勉強会の予定は教える必要のないことだけど、すぐに店を出ると俺が早乙女さんを避けたと勘違いされかねない。手間でも嘘に真実を混ぜた方が賢明だろう。


「勉強会ですか。やっぱり学年二位となると、外出しても勉強するものなんですね」

「確かに二位だけど、どうして早乙女さんが知ってるんだ?」


 請希高校では試験順位の張り出しは行われない。配られる成績表に科目ごとの点数や順位は記されるけど、誰が何位になったかどうかを知る術はない。それこそ誰かに教えて、その誰かが広めたりしなければ。


 俺は芳樹に視線を振る。友人が頬をへこませ、すでにズズズとも言わないフロートを吸う。


「おい」

「フロートうめー!」

「俺は芳樹にしか教えてないんだが?」

「盗み見てた奴がいたんじゃね? 知らんけど」

「ちなみに一位は奈霧さんみたいですよ」

「……ほう」

 

 呆れで満たされていた心にメラッとしたものが灯った。早乙女さんの言葉が本当なら、俺は奈霧に試験の点数で負けたことになる。

 

 でも本当の意味では負けていない。俺は絶縁と罪悪感で意気消沈としていたし、勉強に身が入らなかった。万全の状態で試験に臨んでいれば、俺が勝っていたことは疑いようもない。

 だから次だ。俺は椅子から腰を上げる。終わった試験結果なんて無意味で無価値。今を生きねば。


「芳樹、行くぞ」

「え、もうちょっとゆっくりしてっても良くね?」

「いいか芳樹、勉強の成果は質と時間で決まる。質だけ良くても時間を掛けないと意味がない。一秒も無駄にできないんだ、さあ行くぞ」

「お前キャラ違くね」

「小学生時代は大体こんな感じだったみたいですよ? 奈霧さんが言ってました」

「早乙女さんは奈霧さんと交流あるの?」

「はい。クラスメイトですし、最近仲良くなったので」


 親や友人には相談できなかったことを論じたくらいだ。元々二人の仲は悪くなかったのだろう。その上風間さんの嫌がらせを止めた恩人ときた。接点が無くても仲良くなるのはそう難しくない。


「そういえば、奈霧さんは実行委員に立候補するつもりみたいですよ?」

「実行委員って?」

「あれ、市ヶ谷知らないの? 文化祭に実行委員って付き物じゃん」

「知らないな。中学校行ってないし」


 女性陣が目を見合わせる。


 もう気にしてないからさらっと告げたけど、大半の少年少女は中学校に進学する。いらないことを言ってしまったかもしれない。


 芳樹が悟った風に息を漏らす。


「ああ、そういや市ヶ谷はそうだったな。ってことは、今回が最初の文化祭か。よし! 俺が先輩としてレクチャーしてやろう」

「不要だ」

「遠慮するなって。お前ただでさえ遊びを知らねえんだから、俺に任せとけって」

「絶対嫌だ」

 

 芳樹に物を教えられるのは何か癪だ。ここぞとばかりにマウントを取ろうとしてくるに決まっている。俺は話を中断させるべく席を立つ。芳樹を急かし立て、半ば強制的に直立させる。


「それじゃ俺達は行くよ。早乙女さん、また学校で」

「はい。勉強頑張ってください」


 俺は出口へ向かって踏み出す。靴音が無くて振り向くと、芳樹がカチコチになって早乙女さんに向き直っていた。


「あ、あの、早乙女さん! よければ文化祭、一緒に回りませんか⁉」

 

 早乙女さんが目を丸くした。

 本当に女性慣れしていないんだな。そんなことを思っていると、早乙女さんが苦々しく笑う。


「ごめんなさい、文化祭の日は友達と回る予定なんです」

「あ……そっすか」


 何かすんません。芳樹が言い残して歩み寄る。しょぼんとした友人の肩を軽く叩き、二人でカフェを後にした。



読んでくださりありがとうございます。


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