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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
3章
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第32話 奈霧と歩む帰り道


 静謐とした空間でペン先を走らせる。


 請希高校は部活動が盛んな学び舎だ。


 運動部文化部問わず、多くの生徒が自身の興味あることに時間と労力を捧げる。


 学校もサポートして、指導員や顧問の先生を指導に当たらせる。


 その一方で部活に所属しない生徒もいる。


 自宅より集中できるということで、学校側が用意した自習スペースを使う生徒もめずらしくない。


 そこはあくまで勉学に励むための場所。関係のない雑談は控える暗黙のルールがある。部活が終わるまでの時間潰しには向かない。


 だから俺は図書室を選んだ。


 本棚に囲まれての勉強は久しぶりだ。今までは悪目立ちするから控えていたけど、俺はもうプリン頭じゃない。


 時間が経ったことで多少は悪評も薄れたし、俺だって請希高校の生徒だ。図書室を利用する権利はある。


 部に所属する友人を待つなら部活に属した方が早いけど、今さらどこかに入部しようとは思わない。


 まだ俺を怖がっている人は少なからずいるし、何より俺は復讐にかまけて時間を無駄にした。同級生に置いて行かれないように、わずかでも将来に繋がることをしておきたい。


 手頃な暇潰しはないかと考えて簿記の勉強に手を伸ばした。将来何をするにも取っておいて困らない資格だ。


 ドアのスライド音を聞いて手を止める。


 顔を上げた先で亜麻色の髪が揺れた。地味な図書室の入り口がぱっと華やいで見えた。


「お待たせ釉くん」

「忘れ物は無いか?」

「うん」

「じゃあ帰ろうか」

 

 文房具と問題集をカバンに詰め込んでチェアから腰を浮かせた。


 通学カバンを持って奈霧と廊下に踏み出す。


 廊下は窓から差し込む光で黄金色に染まっていた。簿記の勉強に集中したこともあってタイムスリップした錯覚を受ける。


「今日も終わったね」


 感慨深そうな吐息が静かな空気を震わせる。


 幼馴染にとっても部活帰りの放課後だ。俺と似たような感傷を抱いているのだろうか。時間を共有しているみたいで微かに気分が浮き上がる。


 相づちを打って階段を下った。昇降口で履き物を替えて校門へと踏み出す。


 以前は何も考えないようにして帰途についていた。


 今は色んなことを考える。奈霧とのわだかまりが解消されて余裕が出たのだろうか。生まれ変わったみたいな心持ちだ。


 奈霧と肩を並べて通学路をたどる。


 言葉はない。当初は何かしゃべらなきゃと浮足立ったけど、すぐに気にならなくなった。


 体が二人でいる時の過ごし方を覚えていたような感覚だ。会話がなくても苦にならない。


 ふと思い付いて口を開いた。


「奈霧って友人いるんだよな?」

「いるけど、突然何?」

「入学当初はすごい人気だったなと思って。接点を持とうとした同学年は大勢いたんじゃないか?」


 教室内でも奈霧の名前が聞こえてきたくらいだ。食堂では耳にしない日の方が少なかった。


 その人気の割に、最近は俺と一緒に下校することが多い。


 俺に気を遣って友人からの誘いを断っているんじゃないか? そんな考えが脳裏をよぎった。


「それなりにはいたけど、今はだいぶ落ち着いてるよ」

「付き合う人を絞ったのか?」


 小学生時代の話だ。俺ほどではないにしろ、奈霧も友人を選ぶタイプだった。


 話しかけられれば応じるし、困っている同級生を助けたりもした。その一方で、多くの時間を共有した相手は片手の指で数えられる。お世辞にも全員仲良くといったタイプではなかった。


 奈霧が微かに瞳をすぼめた。


「絞ったって人聞きが悪いなぁ。自然体で振舞う内に接する人数が限られてきただけだよ。大勢と仲良くするのって疲れるんだから」

「俺には想像できない体験だな。一斉に話しかけられればそりゃ疲れるか」

「それもあるけど、人が集まるとまとまりができるんだよ。派閥って言うのかな? 私のあつかいを管理したがる人が出るの」

「管理って、そりゃまた物騒だな。マネージャー気取りでも出没するのか?」

「マネージャーというよりはイメージの押し付けかな。私に夢を見てる人が多かったみたい」

「ああ、なるほど」


 身に覚えがある。


 俺も初めて奈霧を見た時は、子供ながらに学校を間違えているんじゃないかと思ったものだ。


 今は歩を進める姿すらも絵になる。紅茶やケーキスタンドを勧めたくなる雰囲気を醸し出している。


 だけど現実は違う。


 奈霧は紅茶よりもジュースを好む。くらげの前では子供のようにはしゃぐし、暴漢の前では人並みに怯える。長い時間を過ごせばそれなりに人間味が感じられる少女だ。


 そのことを知っているのは一握りの同級生だけ。既知の優越感を覚えずにはいられない。


「じゃあ手芸部の部員は? 下校時刻は重なるし、付き合いもあるだろう?」

「うーん。言っちゃなんだけど、ちょっと空気に馴染めなくてさ」

「と言うと?」

「請希高校の手芸部って、どちらかと言うと同好会に近いの。一生懸命作業はするんだけど、みんなで一緒にってスタンスなんだよ。そのためなら妥協はするし、学外へのアピールに舵を切ることもある」

「部活動だから実績を欲するってことだな」

「そうそれ。私がやりたいこととは少し違うんだよね。作品に妥協はしたくないし、服飾と関係ないことに時間を割きたくない。熱量の違いで口論になったこともあって、今は通信制の学校で学ぶことを検討してるの」

「どうしてそこまで突き詰めるんだ? 部活動に本気になるのは良いことだけど、口論するまで何かに熱中したことって無かったよな?」

「う~~ん」


 奈霧が目を逸らす。


 含みを感じる反応を前にして胸の奥がぞわっとした。


 以前にも奈霧がこういう反応をする時があった。


 ズボン派だった奈霧がスカートを履き始めてから、こんな煮え切らない態度を取ることが増えた覚えがある。何か思うところがあったのは間違いないし、結果的にそれが佐郷たちの付け入る隙になった。


 第二の佐郷が現れないとも限らない。危機感が言葉になって口を開いた。


「話してくれ。それとも俺の前じゃ言いにくいことか?」

「そんなことはないけど」

 

 桃色のくちびるが引き結ばれた。空いている方の指がぎゅっと丸みを帯びる。


「笑わないで、聞いてくれる?」

「当たり前だ」

「私ね、ファッションデザイナーになりたいの」


 思わず目をしばたかせた。


 高校生になってからの奈霧については知らないことが多い。少なくとも小さかった頃の奈霧は、それほど着飾りには興味がなかったように思う。


「やっぱり、変かな?」


 ブラウンの瞳が下がる。夕焼け降り注ぐ中でも分かるほど耳たぶが赤い。


 俺は反射的にブンブンとかぶりを振った。


「全然変じゃない、ちょっと驚いただけだよ。小学生の頃は、土で服が汚れても気にしてなかったからさ」

「あの時は衣服に興味がなかったからね。両親に着る服を押し付けられてたし、その反動もあったのかも」

「娘にズボンを強制する父親って相当レアじゃないか?」

「違う違う、用意されたのはスカートの方だよ。お母さんも私に可愛い目の服を着せたかったみたい」

「なるほど、そっちの反動だったか」


 勉学や真面目に生きることを強制された子供は、その反動で規則から脱する動きを取りやすくなると聞く。他にもゲームに触れず育った大人がソシャゲで破産するなど、価値観の押し付けが不幸を招くケースは多い。


 奈霧の場合はそれが服だった。


 可愛い物を身の回りから遠ざけて、無骨な衣服を好き好んで身にまとった。上級生相手に怯まなかった勝気な性格も、両親の押し付けによる反発で形成されたものだったのかもしれない。


「デザインに興味を持ったきっかけは何だったんだ?」

「釉くんだよ」

 

 意図せず眉が跳ねた。


「俺? 特に何かをした覚えはないぞ?」

「だろうね。釉くんが直接何かをしたわけじゃないし」

「回りくどいな。もったいぶらずに教えてくれよ」

「それはいいけど、言葉を変な意味に受け取らないでね?」

「何だよ変な意味って」

「いいから」


 念を押されて、怪訝に思いつつも首を縦に振る。


 奈霧がおどおどしながら口を開いた。


「私が衣服に興味を持ったのは、スカートを履いて登校した日の出来事があったからだよ」

「その出来事って?」

「放課後の砂遊び」

「砂遊びって、砂の城を作るやつだよな?」

「うん」


 思わず首を傾げる。


 砂の城を作ると手が汚れる。集中すれば服にも砂が付着する。


 洗濯に興味を持つならまだしも、お洒落に関心を持つきっかけにはならないはずだけど。


 奈霧がそっとうつむいた。


「釉くん、その……ちらちらと私の脚を見てたでしょ?」

「なっ⁉」


 頭の中が真っ白になった。


 ほのかな茜色が差した顔に見上げられて、顔がお風呂でのぼせた時のように熱を帯びる。


 ああ見たよ、見ましたよそりゃ見るだろう! 


 いつもズボンを履いていた幼馴染が、急に可愛いミニスカートを履いて登校してきたんだ。


 しかもスカートのすそから伸びるのは、普段お目にかかれない美脚ときた。


 だから仕方がなかった。見るんだよ、俺じゃなくても!


 こんなこと、そのまま奈霧に伝えるわけにはいかない。そんなことしたら立派な変態だ。


 でもこの場を脱するための言い訳は浮かばない。沈黙に耐え兼ねて口を開いた。


「違うからな? 単に珍しかったから気になっただけで、変な意図があったわけじゃないからな!」


 焦燥に駆り立てられて早口になった。


 奈霧の目を盗んで脚を見ていたなどと、変な誤解を受けても仕方ない所業だ。


 ようやく仲直りできたのに、こんなしょうもないことで軽蔑されたくないのに、妙案を考えるための貴重な時間を自ら手放してしまった。


 てか、よくよく考えると珍しかったって何だよ? 


 スカートを履いた女子なんて当時もそこら中にいた。奈霧にそれを指摘されたらどう答えるつもりだ?


 俺ってこんなにアドリブが利かない奴だったのか、度しがたい。


「そんなに女子のスカート姿は珍しかった? 当時のクラスメイトにも履いてる子いたよね?」


 終わった。


 肩を落として声を絞り出す。


「それはそうだけど……そもそも、嫌なら言ってくれれば良かったじゃないか」


 自棄やけになって思ったことを直接ぶつけた。恥ずかしい思いをした分、少しばかり責める口調になったことは許してほしい。


「嫌では、なかったよ」

「え?」


 反射的に振り向く。


 熟れたりんごのような横顔があった。


「もちろん恥ずかしくはあったよ? でも他の男子の目よりは気にならなかった。ちょっと嬉しくもあったんだ。もしかしたら、意識してくれてるのかなって」


 意識。


 その言葉の意味が分からないほど鈍感じゃない。つまりは両想いだった、ということなのだろう。


 心が風船のごとく浮き上がるのを感じて、次の瞬間に墜落する。


 恋人になれるなら、それはとても嬉しいことだ。


 奈霧はすごく綺麗になった。気が合う性格も変わっていない。誰か一人を選ぶなら奈霧以外に思い付かない。


 でも勘違いはしない。


 両想いだったのは小学生時代の話だ。俺が奈霧の隣に立っていられるのは、優しい幼馴染が俺を赦してくれたからだ。


 それに佐田さんと尾形さんも言っていたじゃないか。俺は重いんだ。五年以上も年月が経てば、人の気持ちなんていくらでも変わる。


 請希高校に在籍する生徒は、俺が復讐にかまける間も研鑽を積んできた人ばかり。優良物件なんていくらでも転がっている。奈霧に別の想い人がいたって不思議じゃない。


 だからこれ以上は望まない。


 せっかく昔みたいに笑い合えるようになったんだ。下手にせまって関係が壊れたら後悔する。もうご奉仕プリンには戻りたくない。


「……ねぇ、何か言ってよ」


 我に返ると、顔を真っ赤にした奈霧が足を止めて縮こまっていた。


「ご、ごめん! ちょっと考え事をしてた。要するに奈霧がファッションに興味を持ったのは、脚に集まる視線が気持ち良かったからなんだな!」

「なっ⁉ ち、違うよ! 服装一つでここまで変わるんだなって感銘かんめいを受けたの! 当時の衝撃が忘れられなかったから、私も服を作ってみたいって思うようになったの!」

 

 ふんっ! と奈霧が頬を膨らませてそっぽを向く。


 ねられた。反射的に言葉を紡いだから、つい昔の調子でいじってしまった。


 歩を進める幼馴染を追いかけて謝罪の言葉を連ねる。


 むくれた奈霧をなだめて再び帰路に就いた。




読んでくださりありがとうございます。


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