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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
2章
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第27話 好きにしろ


 休日明けの重い体を起こす。素足をスリッパに挿し込み、体重を乗せて直立する。 

 毎朝のルーティンを終えて玄関を後にする。足がにぶい。大事な試験の結果を聞きに行くような気分だ。自分が起こした行動の結果を見たいような、見たくないような。気を抜くと足が元来た道を辿たどりそうになる。

 色んなものを失った俺が、今さら何を恐れると言うのか。今の俺は愛故にご奉仕するプリン。人型をしているだけのタンパク質だ。余計な感情はいらない。自分がやるべきことは分かっている。後は決めたことを貫き通すだけでいい。

 俺は校門をくぐって昇降口に踏み入る。ロッカーから上履きを出した時に視線を感じた。ヒソヒソ話が昇降口の空気を震わせる。

 俺は聞こえないフリをして廊下に靴裏を付ける。いつも歩くルートを進み、階段の段差に足を掛けて体重を乗せる。


「おはよう」


 俺は足を止めて顔を上げる。風間さんが踊り場の壁に背を預けていた。友人に接するような態度を前に、俺は一瞬面食らった。声が震えないように努めて口を開く。


「おはよう風間さん。今日は朝練なかったのか?」


 バスケ部の活動なんてどうでもいい。とにかく会話の取っ掛かりが欲しかった。俺は早乙女さんの味方をすると決めた。彼女を百パーセント信用しているわけじゃないけど、少なくとも風間さんの味方じゃない。敵に回ったことへの申し訳なさから、気を抜くと目を逸らしそうになる。

 

「今日は早めに切り上げさせてもらったんだ。用事があったからね」

「その用事って言うのは、今ここにいることと関係があるのか?」

「あるよ、そりゃもう大有りだ。俺は君に用があってここで待ってたんだから」


 内容の察しが付いた。俺は風間さんに背を向ける。


「そうか。じゃあ場所を移そう」

「宛はあるの?」

「食堂はどうだ? この時間帯なら人もそんなにいないだろう」

「その案採用」


 風間さんが壁から背を離す。俺は一足先に階段を下り、制服姿とすれ違って食堂の床を踏み締める。隅っこへと歩を進め、椅子に腰を下ろして向かい合う。


「今日は実力試験の結果発表だね。市ヶ谷さんはどうだった? 俺は国語の問題が解けなくてさ、最後の問題嫌らしかったよな。絶対まかピーが作った問題だぜあれ」


 真下先生。通称まかピー。強面で知られるものの、意外と生徒に優しいことが発覚して付けられた愛称だ。当然本人の耳に入っているが、まんざらでもないようでニックネームとして定着している。


御託ごたくはいい。俺に何の用だ? わざわざあんな所で待ち構えていたんだ、相当大事な用件なんだろう?」

「御託はひどいなぁ。これでも市ヶ谷さんとは仲良くしようと思ってるんだよ?」

「そう思うなら真っ直ぐ来いよ。策から入るな。いきなり小技を見せられたら誰だっていぶかしむぞ」


 御託は社会人の技だ。日常的な会話で相手の警戒心を解き、自らの要求を通しやすくする大人の工夫だ。そんなものを、まだ二回しか顔を合わせていない俺に対して使った。身構えるなと言われても無理だ。

 風間さんが肩を上下させる。


「警戒されたもんだねぇ。それってあれかな? 市ヶ谷さんが早乙女さんと付き合ってるから、俺が警戒されてるってことかな?」

「仮にそうだったらどうするんだ?」

「何も。俺の忠告は聞き入れてもらえなかったみたいで、少し残念だなぁって思っただけ。ちなみに早乙女さんのどこに惚れたの? やっぱりおっぱい?」


 あまりにも直球な問い掛けだった。意図せず眉がぴくりと跳ねる。


「君、デリカシーがないって言われないか?」

「今日君に言われたのが初めてだよ。これでも爽やか高校生で生きてるからさ。ちなみに結構モテる」


 それは分かる。唐突な下ネタで評価を下げたけど、バスケ部の見学後に話した時は好感しか抱かなかった。独特な空間演出能力とでも言うのか、俺には持ち得なかった才能だ。取り敢えず彼氏が欲しいと望む女子ならイチコロだろう。


「だったらそのキャラを貫き通せよ。それとも、この期に及んで動揺するレベルの話をするつもりなのか?」

「うん。特に、君に対して発するのは気が引ける内容なんだ。その点は聞いてくれれば理解してもらえると思うんだけど」


 俺は内心で気を引き締める。早乙女さんとの交際が発覚したこのタイミングだ。脅迫関連の話が飛び出してもおかしくない。俺はブレザーのポケットに手を忍ばせ、録音アプリの準備をする。


「じゃあ聞かせてもらおうか。その気が引ける話を」

「そうだね。これ以上は時間がもったいないし、単刀直入に話すよ。僕、奈霧さんに告白しようと思うんだ」

「……え」


 頭の中が漂白された。

 高校生の男子が同学年の女子に告白する。全国で起こる、特に珍しくもないイベントだ。眼前の男子が口角を上げているように、ありふれた微笑が付きまとう日常的な茶飯事さはんじだ。そのはずなのに、俺には天地が降ってきたと錯覚するほどの衝撃だった。

 風間さんが首を傾げる。

 


「あれ、そんなに驚くことかな? だって奈霧さん綺麗じゃん。笑うと可愛いし、めっちゃ優しいしさ。昼休みにあれだけの騒動を起こしたんだし、市ヶ谷さんも知ってるよね? それとも小学生の頃の奈霧さんは違った?」

「……いや、違わない」


 俺にだけ優しかった、なんて自惚れるつもりはない。伏倉だった頃の友人は少なかったけど、教室内での奈霧を視線で追うことはあった。名も知らない男子に手を差し伸べる姿を見て、子供ながらに嫉妬心を覚えたこともある。それくらいには思いやりのある女児だった。


「だよね。今日まで市ヶ谷さんは奈霧さんを狙ってると思ってたし、俺も色々と自重してたんだけどさ、君は早乙女さんと交際してるじゃん? そんなわけでさ、改めて狙ってみようと思って」

「駄目だ」 


 無意識の言葉が口を突いてハッとする。心なしか、風間さんの口角が吊り上がったように見えた。

 いけない、客観的視点を捨てるな。俺が見るべきは眼前の男子。心情による補正は真実を曇らせるだけだ。


「何で駄目なの? 君は早乙女さんと付き合ってるんでしょ?」

「それは……そもそも、そんなことは俺に言うことじゃないだろう?」

「まあね。でも君ってやばい奴じゃん? またあんな騒動起こされたらたまんないのよ。だから一応確認しておこうと思って。それでどうなの? 奈霧さんに未練はある?」

「俺、は……」


 思考がまとまらない。語尾まで濁った。気持ちに整理は付けたつもりだった。罪を背負って、奈霧に嫌われて生きていく。その覚悟はできていた。だけど他の男子に奪われることまでは想像していなかった。いや違う、その可能性から必死に目を背けてきた。奈霧は人気がある。誰かに好意を告げられてもおかしくないと分かっていたのに。

 俺は指で太腿を挟む。肉に爪を食い込ませ、その痛みで雑念を振り払おうと試みる。早乙女さんとの交際が嘘だと知られたら作戦が破綻する。ここでボロは出せない。奈霧に未練があるだなんて、そんなこと微塵も悟らせちゃいけない。

 俺ならできる。散々ポーカーフェイスの練習をしてきた。まぶたを閉じて深く空気を吸い、再度風間さんの目を見据える。


「好きにしろ」


 風間さんが目を丸くした。


「いいの? 君にとっての奈霧さんって特別だよね?」

「奈霧はただの幼馴染だ。それ以上でも以下でもない。風間さんが奈霧を好いているって言うなら、俺が止める理由はないよ」

「ふーん、あそう」


 風間さんがつまらなそうに席を立つ。


「まあ、君がそれで良いなら別に良いんだけどさ。じゃあ奈霧さんに告白するから、くれぐれも俺の邪魔しないでねー」


 風間さんが間延びした声を残して歩き去る。俺はしばらくの間食堂の椅子に腰を落ち着けていた。


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