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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
2章
23/183

第23話 先輩と後輩


 勉強とボランティアに勤しんで夏休みを乗り切った。


 カーテンを開いて平日の日光を全身に浴びた。制服で決められたシャツを手に取って袖を通す。


 パンでお腹を満たして玄関を出た。通学路に靴裏を刻みながら考えをめぐらせる。


 バスケ部を見学した日からずっと考えている。早乙女さんと風間さんのどちらを信じるべきか、頭をひねっても答えは見つからない。決断するには材料が不足している。


 風間さんが口にした東朔中学について調べた。リサーチした限りでは何の変哲もない中学校だ。


 いや、何の変哲もない中学校『だった』。


 少し前にボードゲーム部の部員が飲酒をしたらしく、そのことで騒ぎが起こった。関与したとされる部員は停学になり、ボードゲーム部には一年間の活動停止が言い渡された。注目を引く話題はそれくらいだ。


 時期から逆算して、ちょうど早乙女さんが在籍していた時期に当たる。


 いくつかのニュースサイトを探してみたけど、処分を受けた部員の名前が記載された記事は見つからなかった。これでは何も分からなかったのと変わらない。


 確実なのは、早乙女さんが証拠として嫌がらせの手紙を所持していることだ。コミュニケーションアプリ越しに画像を送ってもらったから間違いない。


 画像が送信されるまでに要した時間は約一分ほど。文章は一行や二行じゃない。俺に要求されてからしたためたのでは間に合わない。


 もちろん要求されることを想定して準備した可能性は残る。


 でもそこまで頭が回るなら、もっと上手い手法で俺を騙しに来たはずだ。懐疑の余地が残る手法を取る意味はない。


 踏み出せない。


 確信できないからどうしても足がすくむ。


 それっぽい要素を拾って推測はできるけど、思い込むことの怖さは強い後悔とともに胸に刻まれている。


 冗談でも何でもなく、俺の身の振り方で二人の学校生活が一変する。


 すでに二人の学校生活を破壊した身だけど、誰かの人生が背にのしかかる感覚には慣れない。同じてつを踏むのは御免だ。


 視界に制服を着込んだ少年少女が見えて、前に出す足が鉛と化したように重くなる。


 平静を装って昇降口に踏み入った。履き替えた内履きで教室に靴先を入れる。


 逃げも隠れもせず試験にのぞんだ。


 勉学に励む時間は山程あった。試験特有の張り詰めた空気とは裏腹に、シャーペンを走らせるのが少し楽しかったくらいだ。全教科九十点以上は固い。


 残りの授業を消化して廊下に出た。


 一度あることは二度もあると言うべきか。前方に二人の先輩が見えた。


「よっ、後輩君」

「こんにちは。最近よく会いますね」

「部室への通り道だからね、時間が合えばこんなものでしょ。そんなことよりまーた暗い顔してる」


 おっと、表情が思考に引っ張られたか。


 練習した微笑を顔に貼り付ける。


「どうですか?」

「どうですかじゃないよおのれ。話してみたまえ」

「吐ーけ、さあ吐ーけ」

「新手のいじめですか?」


 困った。


 夏祭りで説教を受けた身だ。またすっ呆けたら今度こそ先輩方に見放されかねない。


 どうせ手がかりはない。駄目で元々か。


「東朔中学って知ってます?」


 俺にとっては何気ない問い掛け。実の有る答えなんて期待していない。


 それでも二つの微笑がわずかに、しかし確実にこわばった。


「それって、君の悩みと関係ある質問?」

「はい」


 菅田先輩が隣に視線を落とす。


 波杉先輩の小さなポニーテールが縦に揺れた。


「知ってるよ。わたし、そこの卒業生だから」


 思わず目を見張りそうになった。


 そりゃ探せば一人や二人はいるだろうと思っていたけど、俺の数少ない知り合いの中に紛れ込んでいたのは幸いだ。


 時とめぐりに感謝して言葉を紡いだ。


「先輩が在籍していた頃に事件が起こりませんでしたか? 例えば生徒が嫌がらせを受けたりとか」

「無かったはずだよ。有ったら問題になってただろうし」

「ですよね」

 

 そう簡単に都合の良い情報を入手できるはずもないか。


 我ながら変な話題を出してしまった。先輩の心証を損ねなかっただろうか。


「東朔中学って言えばさ、双葉に泣いて相談してきた後輩ちゃんってどうなったの?」


 礼を告げて去ろうとした時、菅田先輩が興味深いことを口にした。


 俺は再び意識を先輩方に戻す。


「泣いたって、あの涙を流すやつですよね? それかなり大事では?」


 まさか隠したのか? 


 そんな疑問が顔に出ていたのか、波杉先輩が両手をかざしてかぶりを振る。


「伏せるつもりはなかったんだよ? わたしが在籍してた頃って言ったからさ、てっきり関係ないと思っちまったい」

「そうでしたか。差し支えなければ教えてくれませんか?」

「ん~~」


 波杉先輩が眉間にしわを寄せる。


 俺は思わず目をしばたかせる。


 波杉先輩は明るい人だ。驚いたりムキになることはあっても、悩んで唸るところは見たことがない。


 聞くのははばかられる雰囲気。


 でもせっかく見つけた手がかりだ。俺も簡単には引けない。


「お願いします、先輩」


 悩む表情を真正面から見据える。


 菅田先輩が幼い顔立ちを見て口を開いた。


「教えてあげたら? 言いにくいのは分かるけど興味本位って感じじゃないよ。何だったら核心的な部分だけ隠せばいいんだしさ」


 唸り声が大きさを増す。


 波杉先輩が勢いよく顔を上げた。


「分かった、教えたげる。とりあえず場所移動しよっか」

「渡り廊下とかどう? 人来てもすぐに気付けるし」

「屋上でいいのでは?」

「それだと私らが市ヶ谷さんをシめてるみたいじゃん」

「俺をですか?」

「すまん、失言だったぜ。愛故に全てを破壊した男よ」

「もういいです。渡り廊下行きましょう」

  

 三人で廊下の床を踏み鳴らす。


 渡り廊下の真ん中で足を止めた。波杉先輩が人影の有無を確認して口を開く。


「あれは六月くらいのことだったかなぁ。後輩の部活に、酒を飲んだうつけ者が出たのだよ」

「それってボードゲーム部ですか?」


 波杉先輩が大きな目を見張った。


「知ってたの?」

「調べたもので」

「そっか、なら話は早いや。後輩はそこの部長やっててね、よく部活の運営に関する相談を受けてたのさ」

「仲が良かったんですね」

「可愛い後輩だからね。まあ、私が立ち上げた部活だからってのはあるけども」

「ボードゲーム部って先輩が作ったんですか?」

「うむ、わたしが最初の部長である。初代部長なのである」


 波杉先輩が腕を組んで胸を張る。


 波杉先輩が活動的な人なのは知っていたけど、新たに部活動を増やしていたとは。本当にエネルギッシュな人だ。


「だからなのかなぁ」


 波杉先輩の声色に陰りが差して、俺は会話に意識を戻す。


「だからとは?」

「飲酒事件を経て廃部が決まってさ、後輩から泣いて謝られたんだ。責任感の強い真面目な子だから部を守り切れなかったことを悔やんでてさ。懺悔ざんげを聞いてる内に、わたしも思わずもらい泣きしちまったい」


 波杉先輩が苦々しく笑う。


 心なしか、声が微かに震えていた。


「ちなみに、その生徒の名前を聞いても?」

「それはごめん、遠慮してほしいな」


 明確な拒絶があった。


 答えてくれるとは思ってなかったけど、予想以上の突き放しを受けて一瞬思考が漂白される。


 先輩方に見捨てられたら、俺はこんな感覚を味わうことになるのだろうか。できれば二度と体験したくない。


「あ、勘違いしないでね! 市ヶ谷さんのことを疑うわけじゃないけど、こうしてる今もどこで誰が聞き耳を立ててるか分からないでしょ? 東朔出身ってだけで色眼鏡をかける人もいるし、あの子は新しい学校で学校生活を送ってる。だから市ヶ谷さんも探らないであげてくれないかな?」


 いつになく真剣な声色で頼まれては断れない。


 東朔出身がばれるリスクを理解していることは、後輩の名を徹底的に伏せる姿勢からもうかがえる。


 その上で波杉先輩は自身の出身校を教えてくれた。


 先輩は俺を信頼してくれている。それが分かっただけでも十分だ。


「分かりました、後輩の名前を聞くのはやめておきます。嫌なことを思い出させてすみません」

「いいよいいよ、市ヶ谷さんから悩みを聞き出したのはこっちだし。呼び止めてごめんね。今さらだけど急ぎの用事とかなかった?」

「ありません。基本暇です」

「それは良かった。わたし達そろそろ部室に行くね。ばいばい」

「はい。またどこかで」


 先輩方が擦れ違って元来た廊下を歩む。


 二つの背中を見送った後で苦々しい笑いが込み上げた。


「またどこかで、か」


 おかしな話だ。復讐完遂後は独りでも構わないと思っていたのに、今は先輩方と仲良くやっていくことしか考えられない。俺もずいぶん弱くなったものだ。


 奈霧との関係は手放した。


 だからせめて、まだ手中に残っているものは手放したくない。断罪待ちの身ながらにそう思う。


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― 新着の感想 ―
[一言]  ああ面倒くせぇ「両者向き合って、ファィッ!」て言葉でも物理でも良いから殴り合わせろと言いたい(短絡的思考の権化  この問題をソフトランディングさせたからといって主人公の過去が救われたり今…
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