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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
2章
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第22話 紹介と忠告


 後日早乙女さんからチャットがあった。土曜日に二人で出かけないかという誘い文句だ。


 俺は理由を付けて断った。


 今回は用事がある。芳樹にチャットで呼びかけて、バスケットボール部の見学をさせてもらうことになっている。


 スニーカーに通した足で校舎に足を運んだ。体育館の床に内履きの裏を付けて部活の指導員とあいさつを交わす。


 開けた空間の隅にたたずむ。


 重低音が広い空間を伝播する。


 暗褐色あんかっしょくのボールが床を打ち、人から人の手を渡ってゴールのネットを揺らす。


 体格のいい部員が床を踏み鳴らしてあっちへこっちへ駆け回る。

 

 躍動感やくどうかんのある行き来はダイナミックで見ごたえがある。高校生の試合でこのインパクトだ。プロやNBAの試合で観客が沸き立つのも分かる。


 練習風景を楽しんでもいられない。俺は一人の男子を視線で追う。


 風間晴幸かざまはるゆきという名の同学年。早乙女さんが口にしていた容疑者だ。


 俺はバスケ部を見学しに来たんじゃない。彼という人間を見極めるべくこの場に立っている。


 風間さんの練習態度は真面目だ。ランニングや腕立てといった地道なトレーニングにも手を抜かない。


 チームメイトとの仲も良好。一見して女子を脅迫するような人物には見えない。


 でも俺は知っている。世の中には、素知らぬ顔をして悪事に手を染められる者がいることを。


 信用と妄信もうしん紙一重かみひとえだ。長い時間を過ごして人柄を知り、この人になら裏切られても構わないと思ってようやく信頼に値する。それを極大の不幸とともに教えてくれた鬼畜きちくがいた。


 人の本性を見抜くには何をすればいいのか、俺には皆目かいもく見当もつかない。


 それでもやらなきゃいけないんだ。これ以上悪意で誰かがおとしめられるのは見たくない。


 バスケットボール部の練習が終わって芳樹が歩み寄る。


 何故か風間さんが芳樹と肩を並べている。


「よお市ヶ谷、どうだったバスケ部の練習は。入りたくなった?」

「まだ何とも言えないな」


 入部する予定はない。試合の見ごたえはあったけど、俺自身はバスケットボールに興味がないんだ。


 風間さんを観察する目的があるにしても、放送部に働いたような不義理を繰り返すわけにはいかない。


「ところで芳樹、隣にいるのは友人か?」


 知らない振りをして風間さんの紹介を要求すると、芳樹が風間さんの肩にポンと手を乗せた。

 

「ああ。前に紹介を頼まれたって話をしたろ? それがこいつなんだ」


 風間さんが口角を上げた。


「初めまして、一組の風間晴幸です。君が愛故にだよね? ずっと話して見たかったんだ」

「その呼び方はやめてくれ。俺には市ヶ谷って名前がある」

「ごめんごめん。一度本人を異名で呼んでみたくてさ」


 子供っぽい笑みが表情を飾る。


 初対面の相手にしては馴れ馴れしい振舞いだけど、不思議と憎めない雰囲気がある。この点は芳樹に似ているかもしれない。


「顔合わせもすんだし、三人で軽食でも摂りに行かないか?」

「加藤さん。悪いけど、市ヶ谷さんと二人で話させてくれない?」

「えー俺だけ仲間外れかよ!」

「ごめんね。せっかくだし二人きりで話してみたいんだ」


 芳樹がぶーぶーと頬を膨らませて、風間さんが苦々しく笑う。


 結局風間さんになだめられて、芳樹が不服そうに体育館を後にした。


 俺は昇降口で待機した。着替えを終えた風間さんと合流する。


「じゃ行こっか」


 軽い調子で促されてコンクリートの地面を踏み鳴らす。


 他愛もない会話に相づちを打ちつつカフェに入店。木製のチェアに腰を下ろす。


 居心地が悪い。


 二人きりというのもそうだけど、脅迫の容疑者が真っ正面にいる。


 無難な会話はバスケットボール関連の話だけど、俺はあまり詳しくない。うかつに口を開いてボロを出さないように気を付けないと。


 注文をすませたのを機に、風間さんがニコっと笑った。


「市ヶ谷さんさ」

「ん?」

「早乙女から相談持ちかけられてるでしょ?」


 心臓をわしづかみされたような錯覚を受けた。


 間をつなぐために腕を伸ばしてお冷を仰ぐ。


 推測か? それとも鎌かけ? 


 現時点で決めるには証拠が足りない。適当に誤魔化すのが無難か。


「さぁ、どうだろうな」

「そういうのいいって。別に責めてるわけじゃない。俺はただ、市ヶ谷さんを心配してるんだよ」

「俺を?」


 想像しなかった言葉を受けて、口が反射的に問いを発した。


 風間さんが首を縦に振る。


「こういうことはあんまり言いたくないんだけど、早乙女ってかなりお尻が軽いんだよ」

「と言うと?」

「はっきり言えば面食いなんだ。中学の頃から格好良い男子を見かけては声かけてさ。君もそれっぽいことを言われたんじゃない?」


 脳裏に入学式前の光景が浮かぶ。


 初対面の俺に対して、早乙女さんは好意全開の顔で語りかけてきた。休日お出掛けに誘われたことも思い出す。


 よくよく考えると壬生のように積極的だ。悪魔のことを思い出してテーブルの下で拳を作る。


「確かに、それっぽいことは言われたな」

「出かけようって誘われた?」

「ああ」


 風間さんがテーブルの天板にひじ杖を突いた。


「やっぱりね。早乙女さんは、そうやって気に入った男子に声をかけるんだよ。俺の時もそうだったからね」

「風間さんも誘われたのか?」

「うん。まだ東朔とうさく中学に通ってた頃の話だけどね。交際を断ったら粘着してきてさ、女子特有のネットワークとでも言うのかな。人によってはろくでもないデマを流された奴もいたんだ」

「それはひどいな」


 現在の状況も相まって他人事とは思えない。


 早乙女さんは人畜無害そうな顔をしていたけど、裏では話を聞く俺をほくそ笑んでいたのか? 被害者を装って気に入らない奴に嫌がらせをするなんて、俺が大嫌いな奴にそっくりな手法だ。許せない。


 風間さんが満足そうに笑んだ。


「だろ? 早乙女は容姿が良いからさ、みんなころっとだまされるんだ。市ヶ谷さんも気を付けた方がいいよ」


 同じ男性のよしみとして心配してくれたのだろう。


 俺はうなずこうとして、電撃が走ったような感覚にさいなまれる。


 関係のない他人を巻き込んで誰かをおとしめる。


 その行為自体はまぎれもなく悪だ。唾棄されるべき罪業だ。実行した奴を軽蔑することにためらいはない。


 しかし、だ。


 他者を煽動せんどうして騙す側は、本当に早乙女さんの方なのか?


 俺は身をもって知っているはずだ。誰かの言葉は必ずしも真実じゃない。


 風間さんはデマを流された奴もいたと言ったけど、あくまで風間さんがそう言っているだけだ。眼前の男子が嘘を付いていないと、何も知らない俺がどうして言い切れるのか。


「分かった」


 とりあえずそう答えた。


 風間さんが白か黒かは置いておく。怪しまれないように振舞うのが最優先だ。


 風間さんがテーブルの天板からひじを離した。


「ところで話は変わるんだけどさ、奈霧さんとはどうなの?」


 注文したアイスコーヒーが届いた。店員がグラスの底で天板を鳴らし、一礼して店の奥へと消える。


「何でそんなことを聞くんだ?」

「いや、最近音沙汰ないでしょ? 俺らの中じゃよく上がる話題の一つだし、やっぱり気になるんだよね。どうなの?」

「どうって、何もないよ」


 ストローに口を付けて、苦みで雑念を排斥しようと試みる。


 俺と奈霧はもう終わった。今さら動揺する理由がない。


 適当に話を合わせてこの場を乗り切った。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  うわ面倒くさいw  どっちが引っ掛けようとしているか判らんなこれ。  今のところ、文中の描写だけだと早乙女さんの方がギルティっぽく見えるが単にミーハー兼思い込みが激しいだけかも知れないし…
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