第18話 夜のボーイズトーク
カレーライスを胃に収めて、用意された宿泊用キャビンに足を運んだ。
木造の外観にふさわしく、内装は天然の木材に彩られている。
白や赤などの人工的な色は見られない。窓ガラスを除いて茶色系の色で占められている。
「おーいいねぇ特別感あって」
「外泊はこうでなくちゃな」
佐田さんと尾形さんが内装を仰ぐ。
同級生との寝泊まりは不登校以来だ。二人とじゃんけんして寝る場所を決めて、隅に置かれた布団を掴んで床に広げる。
寝支度は済んだ。
いざ就寝かと思いきや、照明が落とされた後でランプが灯った。暗闇が半端に暴かれて、今にも怪談が始まりそうな内装に早変わりする。
尾形さんの手にはランタンのような物体が握られていた。
「何だそれ」
「ランタン風ライト。雰囲気出ていいっしょ? さぁ始めようぜ、ボーイズトークだ」
「なあ、素晴らしい提案がしたい。寝ないか?」
最近ジョギングをサボってるから疲れた。
まぶたが重いし、意識もほわほわして心地良さすらある。寝るなら今しかないって感じだ。
「夜はまだ長いぜ」
「語り合おうじゃないか」
二人の顔は活き活きとしている。運動部に所属しているのだろうか? 底なしの体力だ。
「そうか。俺は寝るから声は抑えめに頼む」
まぶたを閉じて二人に背を向ける。
「ずっと聞きたかったんだけどさ、市ヶ谷って奈霧さんと付き合ってんの?」
げんなりして目を開ける。
無視するのは簡単だけど明日も一緒に活動する仲だ。しかとを決め込む訳にはいかない。
のっそりと体を反転させた。
「いいや、付き合ってない」
「そりゃまたどうして?」
「振られたから」
二人の目が丸みを帯びた。
「まじ? あんなにドラマチックな事件起こしたのに、振られるとかあり得んの?」
「あり得たみたいだな」
平淡な声で返した。
下手な言い訳をしたら二人が奈霧に突撃しかねない。語弊はあっても俺が振られたことにした方がいい。
俺と佐田さん達は今日が初対面。失恋した相手に質問攻めはしないはずだ。
「現実って残酷なんだな」
ため息混じりな感想が室内の空気を震わせる。
数年ぶりの恋が成就する物語はドラマチックだけど、現実は大抵こんなものだ。大半は幼馴染との再会すら叶わず思い出と化す。奈霧にまた会えた俺は幸せな方だ。
「話は変わるんだけどさ、奈霧さんのどこに惚れたの?」
「顔だろ」
何故か尾形さんが口を開いた。
佐田さんが顔をしかめる。
「お前にゃ聞いてねえよばーか」
「いいじゃん。どうせ市ヶ谷も顔だろ?」
「誰に言ってんだよ。愛故にと呼ばれた男だぞ? お前みたいなルッキズムの権化と一緒にすんな」
「その二つ名で呼ぶのはやめてくれないか? 恥ずかしいから」
「贅沢だねぇ。世の中には二つ名すら付けてもらえない男子が山程いるってのに」
尾形さんがおどけて両肩を上げる。
異名が欲しかった口だろうか? 名付けられても得することなんて何もないのに。
「それでそれで? 奈霧さんのどこを好きになったんだ?」
「顔」
「ルッキズムの権化!
ルッキズムの権化!」
二人の声が重なった。心なしか尾形さんが嬉しそうに見える。
やめろ、そんな目で俺を見るんじゃない。適当に付いた嘘なんだ、君の仲間じゃないんだよ。
奈霧が美人なのは否定しないけど。
「んじゃそういうことで」
「いやいや、絶対嘘だろ。めんどくさいから適当に答えたろお前」
「そんなことないって。おやすみ」
あらためて二人に背を向ける。
肩に温かい物がのっかった。ゆっさゆっさと揺さぶられる。
「いーちーがーやー!」
「頼む、寝かせてくれ……」
「起きるんだ!」
熱い懇願を受けて深く嘆息した。
「二人は何が聞ければ満足なんだ?」
「余すこと無き全てを」
「一緒にいて楽しかったからでいいだろう?」
「それなら友人と変わらないじゃん」
「難しく考えすぎじゃないか? 劇的な展開に憧れるのは分かるけど、それだって場の雰囲気に酔ったって見方もできる。吊り橋効果と変わらないぞ」
「経験者は語るか。奈霧さんが振った理由もそれなんかな」
「むしろ重すぎて引かれたんじゃね? 小学校の頃からの想いを引きずってきたんだろ? この年まで」
「確かにそら重いわ」
「ぐー、ぐー」
まぶたを閉じて寝たふりをする。
気分はさながら熟睡した子供。日付が変わるまで起きることはない。
「ああっ待った! もう話の腰は折らない! 誓うから具体的! 具体的なエピソードよろ!」
「仲むつまじいやつな」
「話してもいいけど、次余計なことを言ったら問答無用で寝る。よろしいか?」
「よろしいぞ」
「うむ」
話すエピソードを吟味する。
大切なものは意図して除き、内容を簡潔にまとめて声を発した。
肩を並べて上級生と喧嘩したこと、テストや駆けっこで競争したことなどを手短に伝えた。
「へー意外。奈霧さんはインドア派だと思ってたよ」
「どうしてそう思ったんだ?」
「雰囲気っつーかさ、奈霧さんってお嬢様感あるだろ? 親父さん社長らしいし」
「初耳だな」
そりゃうまくいかないわけだ。
俺は父に捨てられた元いじめられっ子。
片や社長令嬢。立っていたポジションがあまりに違う。初めからそういう星の下に生まれ出たということか。
変な笑いが出そうになって二人に背を向けた。
「もういいだろう? 俺だって立ち直ったわけじゃないんだ。そっとしておいてくれ」
「ああ、長々と悪かったな。俺達ももう寝よう」
「だな」
まぶたを閉じる。
今度こそ意識を闇に沈めた。