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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
6章
172/184

第172話 発表会


 最終日の朝くらいは格好つけようと思って早めに起床した。


 コーヒーカップを握ってバルコニーのチェアに腰かけ、澄んだ空気をさかなにしてコーヒーをあおった。


 遅れて起きてきた芳樹にはキザと言われた。起きたのが隼人だったら同じテーブルを挟んでコーヒー談義できただろうか。


 お洒落な時間は別の機会に回して、起きないルームメイトの体を揺り動かした。洗面所まで引きずった後は私服に着替えさせて、何とか教師の点呼に間に合わせた。


 お腹に食べ物を詰めた後は最終調整だ。借りたノートパソコンと向かい合ってキーボードの上で指を走らせた。


 時間を見て荷物をまとめた。部屋を後にして廊下の床を突き進む。


 視界に同級生の姿がちらつく。


 同年代の後ろ姿を追いかけてファンクションルームに踏み入る。


 和の香り漂う大部屋にテーブルとチェアがずらっと並んでいる。


 クラスメイトに混じって腰を下ろした。喉元をきゅっと絞められたような緊張感に浸る。


 周囲では早速感想会が行われている。みんな自分達のコースこそが一番と信じて疑わない様子だ。


 見渡す限り広場を満たすのは笑顔。旅行委員の生徒が見れば感動もひとしおだろう。


 引率教師の宣言で発表会が開催された。


 照明を落とされた部屋の中、別コースの発表者が壇上に靴裏をつけた。スクリーンにパワーポイントのスライドを映して旅行中に学んだものを語り出す。


 理路整然とした発表だった。同年代はみんなこうなんだろうか。


 俺は彼らの後に発表しなければならない。そっと膝の上で拳を固める。


 海づくしコースの番になって、俺はUSBメモリを持って腰を上げた。発表台の前に立ってメモリをパソコンに挿入する。


 用意したパワーポイントを展開して薄暗くなる室内を視界で捉える。


 ぽうっと光を放つモバイルスクリーンの前で四日間で見て体験したものを口にする。沖縄の魅力が伝わるように言葉を尽くした。


 発表を終えて自分の席に戻った。チェアに腰かけた時には意図せず安堵のため息がこぼれた。


 明るさを取り戻したファンクションルームの中で解散が告げられた。室内を飾る人影がぞろぞろと腰を浮かせる。


 俺も立ち上がって廊下にはける。


 ちょび髭の担任教師と目が合った。


「よっ市ヶ谷」

「浅田先生。修学旅行楽しかったですか?」

「それ俺の台詞だろ。まあ楽しかったけどよ。中でもバーベキューのビールは格別だった」

「俺は沖縄の観光について聞いたつもりなんですけど」

「知ってるっつーの。冗談だよ冗談」

 

 本当に冗談だろうか。


 浅田先生がビール缶を片手にうめーっ! と叫ぶ光景は簡単に思い描ける。きれいな景色に感嘆するタイプには見えないし証言でも集めてみようか。


 いや、やめておこう。


 せっかくの沖縄旅行最終日。そんなことに時間を使いたくない。


「んなことより発表見たぞ。上手だったぜ」

「そうですか? ちょっと口調が早かった気がするんですけど」


 言葉とは裏腹に胸の奥がじんわりと熱を帯びる。


 奈霧ならこういう時「ありがとうございます」から入るんだろうな。


「確かに途中から少し早くなったが、あれくらいなら誰も気にしねえよ。内容自体はちゃんとまとまってたし高二であれだけやれりゃ十分だ。


 にっとした笑みを向けられて視線を逸らす。


 面と向かって褒められるのは気恥ずかしい。


「俺だけ褒めてると息子さんが嫉妬するんじゃないですか?」

「あいつそんなたまじゃねえし、そもそも発表すらしてねえだろ。照れ隠しするならもうちょっと上手くやれって」


 苦笑されてしまった。耳たぶが熱い。


 ちょびヒゲが感慨深そうに息を突く。


「お前、生徒会長やんの?」

「いきなりですね。どういう脈絡ですか?」

「花宮の時も今みたいなやり取りしたからよ。何だか懐かしくなっちまってな」

「それって元生徒会長ですよね?」

「ああ。市ヶ谷は文化祭の実行委員で会っただろ?」

「はい」


 何なら花宮邸でも顔を合わせた。


 あの時まで他人だと思っていたけど、よくよく考えると才覇さんの娘ってことは従姉弟いとこだ。他人事とは思えない。


「花宮が発表した時は四国の方に行ったんだが、あいつも発表上手でな。新しいことをやりたがってたから生徒会長やればいいんじゃねえかって提案したんだ」

「それで立候補したんですね」

「そ。企業をスポンサーにつけて文化祭やったり、そこまでするかってくらいアグレッシブにやったもんだ。言い出した手前協力させられたりもしたが、何だかんだで楽しかった。だから市ヶ谷にも期待しちまってな」


 俺が生徒会に。


 考えたこともない。変えたい規則に心当たりはないし、役職を背負って人前に立つ理由は皆無だ。


 ただでさえ愛を語る者の出現によって悪目立ちしている。これ以上目立ってどうする。

 

 断りの意思を告げようとして、発表会前の光景が脳裏をよぎる。


 ファンクションルームをにぎわせる笑顔と感想。旅行委員が作り出した和やかな空間。


 旅行委員と生徒会長では立場が違うけど、自身の行動で周囲が一喜一憂する点は変わらない。


 あの光景を俺の手で作る。想像してみると悪くない気分だ。


 浅田先生が思いついたように手をかざす。


「あ、強要してるわけじゃねえからな? 人には向き不向きがあるし、やりたいことが見つかってないなら一考するのもありじゃねえのって話だ」

「分かってます。強要されたなんて思ってませんよ」

「そりゃ良かった。今は色々厳しい時代だからな、こんなことで懲戒ちょうかいになったらやってられん」


 もういっそ発言をAIが管理してくれねぇかなぁ。そんなつぶやきが、浅田先生を呼ぶ声にかき消された。


 浅田先生が背を向けて遠ざかる。


 芳樹に声をかけられるまで、俺は覚えのない感情に浸った。

 

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