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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
6章
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第171話 父との電話


 ハート型の岩を拝んでから今帰仁城跡なきじんじょうあとに足を運んだ。

 

 世界遺産登録されている上に日本百名城にも選ばれている。評判や文化的価値もさることながら、長々と伸びた石垣には圧倒されるばかりだ。


 主郭しゅかくからの壮観を写真に収めて、今帰仁村なきじんそん歴史文化センターで発表の資料漁りをした。


 マングローブ林でのカヌー体験を経て南国チックなホテルに踏み入る。


 まだ十四時。


 今までになく早い到着だけど明日には発表が控えている。蓄積したデータや体験を総動員してパワーポイントを仕上げなくてはならない。


 通過儀礼の入館式を終えて靴裏を浮かせる。


 部屋に向かおうとしたのもつかの間。佐田さんこと遊馬がウェルカムドリンクを取りに行った。

 

 芳樹や隼人も続いた。同級生の背中がもたらす引力に負けて、俺もウェルカムドリンクの紅茶で口内を満たした。

 

 絢爛な廊下を歩いて部屋に着くなり早速作業に取り掛かった。

 




 作業、夕食、入浴。


 それらをすませた自由時間にテラスに出た。すっかり日が落ちた空間で夜の静けさに耳を委ねる。


 バイブレーションが静けさを乱した。スマートフォンの画面を見てきゅっと気が引きしまる。


 父さんからのコール。


 すーっと空気を吸ってから電話のアイコンをスライドさせた。


「久しぶりだね釉。今沖縄は夜かな?」

「ああ」

「旅行は楽しめているかい?」

「楽しめてるよ。良い友人に恵まれたからな」

「それは良かった。楽しみで眠れなくて体調を崩さないか心配してたんだ」


 思わず苦笑する。


「俺はもう子供じゃないんだぞ?」

「親からすれば子は何歳になっても子だよ」

「父さんから見た祖母みたいにか?」

「そうだね」

 

 端末から困ったような響きがもれて口元が緩む。


「母さんから聞いたよ。釉はマンションのオーナーになるんだってね」

「ああ」

「随分思い切ったことをしたね。業者の手配はできているのかい?」

「祖母が手配してくれたよ。俺がやることはほとんどない」

「それなら大丈夫か。困った時は連絡するんだよ? 力になるから」

「心配性だな」


 口とは裏腹に胸の奥がじんわりと温かい。


 少々お節介な気もするけど心配されて悪い気はしない。


 懸念事項が脳裏をよぎって口を開く。


「そうだ。部屋の価格を自由にしていいって言われたんだけど、本当に自由にしていいものなのか?」

「いいんじゃないかな。投資目的で購入したわけじゃないみたいだし。不安なら損失分は僕が補填するよ」

「補填なんかしなくていいって。相談に乗ってくれるだけでいい」


 ただでさえ奈霧には溺愛されていると指摘された。そこまでされたら次は呆れられてしまう。


「分かった、じゃあ気長に連絡を待ってるよ。投資か、社会勉強する良い機会だね。マンションには色んな人がいるしいい経験になると思うよ」


 声色が微かに嬉しそうな響きを帯びている。


 今のどこら辺に喜ぶ要素があったんだろう。父親になれば俺にも分かるんだろうか。


「そうだ、父さんに聞きたいことがあったんだ。華乃井都はなのいみやこって女の子を知ってるか?」

「知っているよ。華乃井家の長女だ。霞さんと同じく服飾の道を志していてね、コンクールで顔を合わせる内に仲良くなったんだ」


 マンション内のカフェで見た光景を想起する。


 確かに霞さんとの仲は睦まじそうに見えた。


 人見知りする霞さんがあれだけ話していたんだ、同じ道を志すライバル以前に気が合っているのだろう。次は奈霧に依存するんじゃないかと思っていたから少し安心した。


「まあ、少し懸念はあるけどね」

「懸念?」

「二人の仲が良いのは確かだけど、華乃井さんは霞さんに憧れている節があるんだ」

「霞さんには実績がある。憧憬を向けられるのは自然なことじゃないのか」

「そうだね。十代後半で霞さんほどの受賞歴を持つ子は滅多にいない。彼女もそれを自覚しているから華乃井さんの前だと見栄を張りたがる」

「それは良いことじゃないのか?」


 見栄を張りたいから頑張れる。俺も身を以って知っていることだ。


 俺も奈霧への見栄が無かったら何かを取りこぼしていたはずだ。


「メリットがあるのは認めるけど憧れが砕けるのは一瞬だよ? 霞さんは精神力のある方じゃないし、きっかけ次第で道を踏み外しかねない危うさがある。だから釉には、霞さんが無理をしないか見ていてあげてほしいんだ」


 一線ならとうに越えた後だ。霞さんはすでにやってはならないことに手を染めた。

 

 つまり父はハンドメイドの件を知らない。そのことに内心ほっと胸を撫で下ろす。


「大丈夫だ。霞さんのことはちゃんと見てるよ」

「ありがとう。釉が見ていてくれるなら安心だね。そっちはいい時間だろうしそろそろ切るよ」

「ああ」


 互いにお休みを交わして通話を切った。


 修学旅行も明日で最後。発表会も含めて楽しもう。


 そう意気込んでスマートフォンをポケットに突っ込む。


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