第166話 来ちゃった!
服の下に水着を着込んだ。着替えやタオル、貴重品一式を所持してホテルを後にする。
借りた自転車で目的地に足を運んだ。インストラクターとあいさつの言葉を交わして、ダイビングに必要な道具一式を身に付ける。
簡単な注意事項を耳に入れて足ヒレをを海水に浸した。砂の地面を蹴って頭を水に付ける。
宝石のアクアマリンに顔を突っ込んだみたいだ。沖縄の海が綺麗なのは知っていたけど、本当に透明度が高い。
下を目指して、海面を照らす日光から遠ざかる。
視界内の青が濃さを増すにつれて、体をくねらせるオレンジや黄色が際立つ。サンゴ礁や奇怪な生物が醸し出す非現実感は気分転換にぴったりだ。
ボートに乗って海上を堪能してから陸に戻った。シャワーを浴びて海水を洗い落とし、リフレッシュした身をサドルの上に下ろす。
お昼ご飯を求めて同級生とペダルを回す。
建物がちらついて靴裏を地面につけた。スマートフォンとにらめっこして、どの店を選ぶか奈霧と相談する。
「ユウ! お姉様!」
「……は?」
聞こえるはずのない声に意識を引かれてバッと顔を上げる。
思わず目を見張った。俺達の気も知らず、金髪の少女が細い腕を左右に往復させる。
「やっほー。来ちゃった!」
「来ちゃったじゃない! 何でここにいるんだ⁉」
周囲を見渡し、教員の姿がないことを確認して奈霧と駆け寄る。
「学校はどうしたんだよ。休んだのか?」
「うん。お休みの電話入れたから大丈夫!」
「ずる休み⁉ 全然大丈夫じゃないだろう!」
いくら請希高校の教育スタイルが放任主義とはいえ、さすがに限度はある。ずる休みを知られたら教師に呼び出しされてもおかしくない。
「でも秀正さんは許してくれたよ?」
「何してるんだ父さん……」
どこかで仕事をしているであろう父に呆れの念を向ける。
さすがに自分の父がずる休みを許したとは思いたくない。もしやあれか? 勲さんよろしく娘に甘い父親の図か? 息子としては複雑だ。
「もしかして、迷惑だった?」
霞さんの眉がハの字を描いた。
「迷惑とまでは言わないけど、どうしてこんなことをしたんだ?」
「だって、今年を逃したらユウ達と修学旅行に行けないでしょ?」
「学年が違うんだから仕方ないだろう」
「そうだけど、私はユウと奈霧さんも含めて旅行したかったんだもん」
一年生の霞さんは俺たちの修学旅行に参加できない。それこそ学校をずる休みして旅行しないと無理だ。
そこまでして俺達と沖縄の街を歩きたかったのか。嬉しいような、呆れたような、何とも言えない感慨が込み上げる。
「おーい、市ヶ谷、奈霧さーん、どこ行ったー?」
意図せず背筋が伸びた。
芳樹達に相談するか、それとも一人帰らせるか。
前者は反対意見が出る可能性も否めない。本来叱られるべきだとは思うけど、ずる休みの理由が「一緒に沖縄の地面を歩きたいから」と聞いた今では突き出すのも気が引ける。一人放って行くのも可哀想だ。
「奈霧、俺と共犯になってくれないか?」
「うん。いいよ」
俺は顔に微笑を貼り付けて芳樹と対面した。
「ここにいたのか芳樹。探したぞ」
「俺が迷子あつかいされんのかよ⁉ 誰がどう見たってはぐれたのお前らじゃん!」
「良さげな所は見つかったか?」
「ああ。そっちは?」
「それなんだけど、やっぱり奈霧と二人で回りたいんだ。いいかな?」
芳樹が目をぱちくりさせる。
に~~っと口端が吊り上がった。
「何だよ」
「いや、べっつにー。分かった、俺から上手く伝えとくよ」
「話を盛るなよ?」
「だいじょーぶだって。ありのままを伝えとくからよ」
じゃあなーと言葉を残して大きな背中が遠ざかる。
間違いなく誤解された。俺達としては好都合だけど釈然としない。ホテルの部屋でいじられる覚悟をしておかないと。
小さく息を突いて身をひるがえした。
「霞さん。昼食は食べたか?」
「ううん、まだ」
「それなら三人でそばでも食べないか?」
「いいの?」
「ああ」
コンパクトな顔がぱぁーっと華やぐ。
スマートフォンを頼りに足を進めた。飲食店に踏み入って香ばしい匂いに包まれる。
三人で囲んだテーブルが骨付き肉に飾られたお椀にかざられた。店員いわく、ソーキは沖縄方言でスペアリブの意味になるようだ。
箸を持って、旨みのあるスープに浸された麺を口に運んだ。沖縄のソウルフードを味わいながら奈霧や霞さんと次の行き先を話し合う。
お腹を満たして再び外気に身をさらした。自転車のハンドルを握って二人と肩を並べる。




