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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
6章
165/184

第165話 おやすみ

 

 晩御飯はレストランでビュッフェを食べた。沖縄料理を中心に、ハンバーグや寿司など一般受けするものを口に運んだ。

 

 夕食後の浴場ではサウナで整うを実践した。冷水に浸かった時の魂が抜けるような感覚には愉悦的な怖さを覚えた。


 世の中のギャンブル中毒者は、自身のお金が一瞬で吹き飛ぶことに興奮を覚えると聞く。整う感覚がもたらす快感にはそういう要素が関わっているのかもしれない。


 セパレートタイプの部屋着に身を包んでルームメイトと夜の自由時間に臨んだ。


 会話の流れが恋愛方向に傾いた。三人の視線がぎゅわっと俺を突き刺す。


 スマートフォンがバイブレーションを鳴らした。俺は応答を言い訳にして一人バルコニーに出る。


 遠くに見える夜の海は呑み込まれそうなほど真っ黒だ。


 その一方で、ホテルの敷地内は人工的な灯りで温かさを帯びている。視界内に自然の静けさが共存するからより和やかに映る。


 長方形の端末を耳に当てて口を開いた。


「ありがとう霞さん」

「え、急にどうしたの?」

「いや、こっちの話。それよりどうしたんだ? こんな時間に」

「沖縄の旅行はどうかなーと思って」

「楽しめてるよ。出発前は少し不安だったけど、友人とわいわいやれるのは賑やかで楽しい」


 復讐鬼だった頃は孤独に卒業する覚悟を決めていたのに、今ではそんなこと考えられない。


 俺の心はあの頃に比べて弱くなったのか、強くなったのか。判断に迷うところだ。


「そっか、それを聞いて安心したよ。ユウったらずっとそわそわしてたし、遠足を楽しみにする小学生みたいだったもん。はっちゃけて大失敗するんじゃないかってアンナも心配してた」

「俺は高校生だぞ? どれだけ子供だと思われてるんだ」

「男の子はいつまでも子供だって聞いたことあるよ?」

「子供心を忘れないだけだよ」

「ふーん。そうそう、ユウは明日自由行動だよね?」

「ああ。正確にはダイビングを体験した後にな」

「ダイビングかぁ。熱帯魚は模様が綺麗な種類多いし、奈霧さんがうらやましいなぁ。新しいデザイン浮かんだりして」


 来年は霞さんも。そう告げかけて口をつぐむ。


 修学旅行の行き先は旅行委員が話し合って決める。昨年と行き先が被るケースは稀のようだし、沖縄が選ばれる蓋然性がいぜんせいは低い。


 口を突きかけた軽口を呑み込んで言葉を紡ぎ上げる。


「霞さんなら自腹で行けるんじゃないか?」

「え⁉ 急に何?」


 急に声を張り上げられて一瞬思考が漂白された。


「いや、霞さんお金持ってそうだからさ。修学旅行じゃなくても沖縄行けるんじゃないかと思って」

「あーうん、そうだね! 私なら一人で行けるかもね!」

「何でそんなに驚いてるんだ?」

「えっと、そう! 一人で旅行なんて考えたこともなくて!」

「取って付けた感すごいな」

「そんなことないって! もう、ユウったら疑り深いんだから。私が一人で旅行するわけないじゃん」

「白鷺さんと二人で留学したのに?」

「二人と一人じゃ大分違うよ。ユウだって短期留学の際にお姉様と一緒だったらと思ったことはない?」

「あるな」

「でしょ?」


 スマートフォンから得意げな声がもれた。


 父にいい拠点を用意されたこともあってアメリカの生活は快適だった。

 

 それでも慣れない地での生活は楽じゃない。


 文化が違う。心を許せる知り合いもいなかった。一時期は忙しすぎて奈霧と話す時間さえ確保できなかった。


 同じホテルにいれば会いたい相手に秒で会える。もし奈霧が同行していたら白鷺さんの言葉で精神を乱されることもなかっただろう。


「白鷺さんは今どうしてるんだ?」

「アンナは東京にいるよ」

「そりゃ東京にはいるだろうけどさ。その言い方だとまるで霞さんが東京から出ているみたいじゃないか」

「ここ東京だよ?」

「知ってるよ」


 俺も昨年は校舎で過ごす毎日を送った。一年生に修学旅行がないことは知っている。


 だけどさっきから霞さんの物言いが怪しい。


「霞さん、もしかして」

「あ! はーい今行くねアンナ!」

「何だ、白鷺さん近くにいたのか」


 それなら大丈夫か。


 彼女は年の割にしっかりしている。学校をさぼっての旅行なんて是としないはずだ。


「アンナが呼んでるからもう行くね!」

「白鷺さんによろしく伝えておいてくれ」

「うん。じゃあまたね」

「ああ、おやすみ」


 電話を切って身をひるがえす。


 思わず足を止めた。リビングから向けられるニヤニヤした視線を受けて顔をしかめる。


 どうせ奈霧からのコールと思い込んでいるに違いない。証拠となる通話履歴を開いて室内の床にスリッパの裏を付けた。


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