第163話 のろけってやつか!
戸惑う井ノ原さんの隣で言葉を続ける。
肉の好みから始めてシーサー作りの感想に繋げた。初めての修学旅行に初めてのシーサー作り。話題には事欠かない。
「いいよ? 市ヶ谷さん」
「何が?」
「気を遣わなくて良いってこと。私が独りでいるのを見兼ねたんでしょ?」
「ああ」
隠しても仕方ないから間髪入れず肯定した。
井ノ原さんが目をぱちくりさせた。
「えっと……ここは否定する場面じゃない? そんなことないよって」
「否定してほしかったのか?」
「そういうわけじゃないけどさ」
井ノ原さんが皿に視線を落とす。
自嘲めいたものが垣間見えて問いを紡いだ。
「井ノ原さん達は一年生の頃もこうだったのか?」
「どうだろうね」
「以前は仲良くやってたって聞いたぞ」
「なんだ、聞いてたんだ。私から言わせるなんて意地が悪いね」
非難めいた視線に見据えられる。
責められるのは覚悟の上だ。ここで誤魔化されると話が進まないし。
「どうして壁を作るんだ? 教室ではもっとグイグイ行ってたじゃないか」
「そうだったっけ? 忘れちゃったなぁ」
「大丈夫だ、俺がちゃんと覚えてる」
「今のそういう意味じゃないから。市ヶ谷さんってたまに素でとぼけるよね」
「そうだったっけ? 忘れたな」
同級生の顔がむっとした。細い腕がムチのごとくしなる。
甘んじて肩で受けた。
「冗談はさておき、何で距離を空けるんだ?」
「誰にだって独りになりたい時はあるでしょ」
「そりゃあるけど、周りが盛り上がってからフェードアウトする奴はいないだろう。奈霧が心配してたぞ」
「ああ、奈霧さんに相談されたんだ。いい子だねぇ」
「だろ?」
「……そんな彼女さんをほっぽって別の女と話してていいの? また嫉妬されちゃうよ?」
「話を逸らすなよ」
思いのほか強情だ。このままだと物理的に逃げられるかもしれない。
少し強引に行くか。
「輪に入らない理由を当ててやろうか。佐郷絡みの罪悪感だろう」
井ノ原さんが息を呑む。
想像に難くないところではあった。尾形さんからそれらしい話は聞いていたし、林間学校のボランティアに井ノ原さんの姿はなかった。交流が途切れた要因はあの事件以外に思い付かない。
「まるで心の中を覗かれたみたい。気持ち悪いね」
「気持ち悪いとか言うな。それよりも俺は言い当てて見せたぞ。何がご褒美があってもいいんじゃないか?」
「キスとか?」
「釣り竿持って独りでキス釣りに行くか、俺に胸の内を吐露するかだ。さあ選べ」
「前者は完全に罰ゲームだよね。ここキス釣れるの?」
「知らん」
井ノ原さんの口からため息がこぼれた。
「分かった分かった、もう洗いざらい吐くよ。と言っても、大体市ヶ谷さんの推測で合ってるよ。放送部の件があってから、皆と一緒にされないように突き放して逃げたの。最低だよね」
自嘲の笑みに遅れて井ノ原さんの口端が吊り上がる。
当時の金瀬さんグループは浮いていた。
あの状態で一人味方をしても周囲の懐疑心は晴れない。金瀬さんグループから離れて他の同級生とつるむのが一番ダメージを抑えられる。
その点井ノ原さんは現実を見たと言える。
誰だって疎まれたくはない。同じ立場なら大半の同級生が似た行動を取ったはずだ。
「誰かに責められたか?」
同級生の首が左右に揺れた。
「全然。みんなは私を責めなかった。それどころか私を友達として迎えてくれた。それが申し訳なくて」
金瀬さん達がどんな顔で井ノ原さんを迎えたのか。これほど想像が容易い問答もない。
俺が初めて話した時もそうだった。俺のせいで孤立したようなものなのに、金瀬さん達は笑顔で俺と接してくれた。
だから分かる。そういう優しい人達だから心にくるんだ。
「事情は分かった。今からきついことを言うけど覚悟はいいか?」
「よくない」
「それはエゴだ。金瀬さん達は赦したのに、君はまだ距離を置いている。皆が可哀想だと思わないのか?」
「えぇ……普通こういう時って私をなぐさめるものじゃない? もしくは自業自得って突き放すとか」
「じゃあ言い換えよう。加害者の分際で勝手に理解した気になるなよ。金瀬さん達がやっぱり絶交したいって言ったらそうすればいい。でも違うだろう? 金瀬さん達の望みと井ノ原さんの望みは合致してる。だったらそれでいいじゃないか」
「いいの? そんなことして」
「少なくとも金瀬さん達が良いって言ってる。気持ちは分かるけど自罰に酔うのはやめた方がいい。その選択じゃ誰も幸せにならないからさ」
井ノ原さんが目をぱちくりさせる。
予想以上に沈黙が長くて思わず口を開いた。
「俺の言葉はしっくりこないか?」
「いや、市ヶ谷さんって年齢詐称してんのかと思って」
「急に何だよ」
「達観してるなぁって驚いたからさ。本当に同級生かと疑っちゃったよ」
「人聞きが悪いな、詐称なんてしてない。周りよりちょっと色々あっただけだ」
「言われてみると市ヶ谷さんの周りってほんっとに色々あったよね。佐郷に振り回されたり、奈霧さんと熱烈に抱き合ったり、かと思ったら公開告白したり……あ、これあれだ。のろけってやつか!」
「ぜんっぜん違う」
「照れなくていいのに。このこのぉーっ」
井ノ原さんが意地悪く笑って肘を突き出す。
つんつんする友人の表情は、どこか憑き物が取れたように見えた。