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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
6章
163/184

第163話 のろけってやつか!


 戸惑う井ノ原さんの隣で言葉を続ける。

 

 肉の好みから始めてシーサー作りの感想に繋げた。初めての修学旅行に初めてのシーサー作り。話題には事欠かない。


「いいよ? 市ヶ谷さん」

「何が?」

「気を遣わなくて良いってこと。私が独りでいるのを見兼ねたんでしょ?」

「ああ」


 隠しても仕方ないから間髪入れず肯定した。


 井ノ原さんが目をぱちくりさせた。


「えっと……ここは否定する場面じゃない? そんなことないよって」

「否定してほしかったのか?」

「そういうわけじゃないけどさ」

 

 井ノ原さんが皿に視線を落とす。


 自嘲めいたものが垣間見えて問いを紡いだ。


「井ノ原さん達は一年生の頃もこうだったのか?」

「どうだろうね」

「以前は仲良くやってたって聞いたぞ」

「なんだ、聞いてたんだ。私から言わせるなんて意地が悪いね」


 非難めいた視線に見据えられる。


 責められるのは覚悟の上だ。ここで誤魔化されると話が進まないし。


「どうして壁を作るんだ? 教室ではもっとグイグイ行ってたじゃないか」

「そうだったっけ? 忘れちゃったなぁ」

「大丈夫だ、俺がちゃんと覚えてる」

「今のそういう意味じゃないから。市ヶ谷さんってたまに素でとぼけるよね」

「そうだったっけ? 忘れたな」


 同級生の顔がむっとした。細い腕がムチのごとくしなる。

 

 甘んじて肩で受けた。


「冗談はさておき、何で距離を空けるんだ?」

「誰にだって独りになりたい時はあるでしょ」

「そりゃあるけど、周りが盛り上がってからフェードアウトする奴はいないだろう。奈霧が心配してたぞ」

「ああ、奈霧さんに相談されたんだ。いい子だねぇ」

「だろ?」

「……そんな彼女さんをほっぽって別の女と話してていいの? また嫉妬されちゃうよ?」

「話を逸らすなよ」


 思いのほか強情だ。このままだと物理的に逃げられるかもしれない。

 

 少し強引に行くか。


「輪に入らない理由を当ててやろうか。佐郷絡みの罪悪感だろう」


 井ノ原さんが息を呑む。


 想像に難くないところではあった。尾形さんからそれらしい話は聞いていたし、林間学校のボランティアに井ノ原さんの姿はなかった。交流が途切れた要因はあの事件以外に思い付かない。 


「まるで心の中を覗かれたみたい。気持ち悪いね」

「気持ち悪いとか言うな。それよりも俺は言い当てて見せたぞ。何がご褒美があってもいいんじゃないか?」

「キスとか?」

「釣り竿持って独りでキス釣りに行くか、俺に胸の内を吐露するかだ。さあ選べ」

「前者は完全に罰ゲームだよね。ここキス釣れるの?」

「知らん」


 井ノ原さんの口からため息がこぼれた。


「分かった分かった、もう洗いざらい吐くよ。と言っても、大体市ヶ谷さんの推測で合ってるよ。放送部の件があってから、皆と一緒にされないように突き放して逃げたの。最低だよね」


 自嘲の笑みに遅れて井ノ原さんの口端が吊り上がる。


 当時の金瀬さんグループは浮いていた。

 

 あの状態で一人味方をしても周囲の懐疑心は晴れない。金瀬さんグループから離れて他の同級生とつるむのが一番ダメージを抑えられる。


 その点井ノ原さんは現実を見たと言える。


 誰だって疎まれたくはない。同じ立場なら大半の同級生が似た行動を取ったはずだ。


「誰かに責められたか?」


 同級生の首が左右に揺れた。


「全然。みんなは私を責めなかった。それどころか私を友達として迎えてくれた。それが申し訳なくて」


 金瀬さん達がどんな顔で井ノ原さんを迎えたのか。これほど想像が容易い問答もない。


 俺が初めて話した時もそうだった。俺のせいで孤立したようなものなのに、金瀬さん達は笑顔で俺と接してくれた。


 だから分かる。そういう優しい人達だから心にくるんだ。


「事情は分かった。今からきついことを言うけど覚悟はいいか?」

「よくない」

「それはエゴだ。金瀬さん達は赦したのに、君はまだ距離を置いている。皆が可哀想だと思わないのか?」

「えぇ……普通こういう時って私をなぐさめるものじゃない? もしくは自業自得って突き放すとか」

「じゃあ言い換えよう。加害者の分際で勝手に理解した気になるなよ。金瀬さん達がやっぱり絶交したいって言ったらそうすればいい。でも違うだろう? 金瀬さん達の望みと井ノ原さんの望みは合致してる。だったらそれでいいじゃないか」

「いいの? そんなことして」

「少なくとも金瀬さん達が良いって言ってる。気持ちは分かるけど自罰に酔うのはやめた方がいい。その選択じゃ誰も幸せにならないからさ」


 井ノ原さんが目をぱちくりさせる。


 予想以上に沈黙が長くて思わず口を開いた。


「俺の言葉はしっくりこないか?」

「いや、市ヶ谷さんって年齢詐称してんのかと思って」

「急に何だよ」

「達観してるなぁって驚いたからさ。本当に同級生かと疑っちゃったよ」

「人聞きが悪いな、詐称なんてしてない。周りよりちょっと色々あっただけだ」

「言われてみると市ヶ谷さんの周りってほんっとに色々あったよね。佐郷に振り回されたり、奈霧さんと熱烈に抱き合ったり、かと思ったら公開告白したり……あ、これあれだ。のろけってやつか!」

「ぜんっぜん違う」

「照れなくていいのに。このこのぉーっ」


 井ノ原さんが意地悪く笑って肘を突き出す。


 つんつんする友人の表情は、どこか憑き物が取れたように見えた。


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