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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
6章
162/184

第162話 修学旅行二日目


 お金を払って馬にあいさつした。首の辺りを撫でながら言葉を投げ掛け、ニンジンでご機嫌を取って馬の背中に重みを預けた。


 馬の上から見た景色は視点が高い。身長が数センチ違うと世界が変わると聞くけどまさに世界が拓けたような感覚だった。


 この快感を味わいたくて人は重力に抗うのだろう。馬に揺られて、奈霧も満足げに白い歯を覗かせていた。


 奈霧の笑顔を写真に収めてグリーンフィールドを後にした。


 ホテルにはプールやカラオケもある。遊ぶ場所には困らないけど、飛行機を用いた長時間移動で予想以上に疲労が溜まっている。遊びに行くのは控えて奈霧と小史料館の資料を見て回った。


 夕食はレストランでのディナービュッフェ。噛めばじゃくっとした柔らかな肉に、沖縄の野菜や果物を用いた副菜。色とりどりなスイーツを皿に盛って口に運んだ。


 郷土料理の旨みと甘みを満喫して自室に戻ると、真剣な顔つきをしたルームメイトが待っていた。


 俺は空気を察して右腕を振りかぶり、三人と拳を突き合わせた。


 俺はまたもや勝者となった。もろもろの準備を済ませてバスルームに踏み入り、高そうなシャワーヘッドから降り落ちる湯のつぶてを浴びた。


 この日に以降の予定はない。ルームメイトと談笑して床に就いた。


 スマートフォンのアラームを耳にして腕を伸ばした。電子的な音をワンタッチで黙らせて上体を起こし、顔に冷水を叩き付けて私服に袖を通す。


 カーテンを開けるとベランダに尾形さんの姿があった。「おはよう」を口にしてティーカップに視線を落とすと中にはジュース。優雅だなぁと思っただけに残念な心持ちになった。


 起きない二つの巨体を揺り動かして叩き起こし、何とか教師の点呼を間に合わせた。


 朝食もり見取り。サラダにハム、自家製豆腐にスパイスカレー。おもちゃを選ぶ子供のように迷いながらプレートに盛り付けて、シークワーサージュースの酸味と苦味で味覚をリセットしつつ舌を唸らせた。

 

 食事を終えて元来た廊下をたどり、荷物をまとめて数時間ぶりにバス特有の芳香に包まれた。


 バスガイドや友人の言葉に耳を傾けて時間を潰し、次はうるま市の地面に靴裏を付けた。鮮やかな赤色にまみれた建物を仰ぎ、同級生の背中に続いて入り口へと歩を進める。


 催されるのはグループでの陶器シーサー作り。無数のシーサーとインストラクターに迎えられて体験工房に踏み入った。


 インストラクターからの指導を受けながら赤い陶土をちぎってはこねる。粘土をこねているみたいで童心に帰った。視界に奈霧の手が映って、立派な物を作ろうと負けん気に身を任せる。

 

 こねる感触を楽しむ内にシーサーのパーツを完成させた。顔や腕を繋ぎ合わせて、様相を脳裏に浮かぶ完成図に近付ける。


 ふと視線を上げて奈霧の品を確認する。

 

 盛り上がるクラスメイトをよそに、奈霧は真剣な表情で手を動かしている。ほっそりとした指で素早く、されど丁寧に形を整えて赤い陶土を完成形へと近づける。ハンドメイドを作る時もこんな表情で生地と向かい合っているに違いない。


 奈霧が留学したらこの横顔も見納めになるのだろうか。


 感傷に浸っていると芳樹や尾形さんにばれた。二人のからかいを適当に流して作業に戻る。


 こねこね終了。鳴り響くスマホのシャッター音をバックミュージックにして板の上にミニシーサーを鎮座させた。


 可愛げのある獅子が頑張って威厳を出そうとえている。奈霧のシーサーはちゃんと威厳を感じるから不思議だ。


 焼き上がって自宅の一部と化すのは八月以降になる。楽しみを胸にバスに乗り込んで赤色を目尻に流した。


 時刻はもう十三時を過ぎている。作業に勤しんだ甲斐あってすっかりお腹ぺこぺこだ。


 海面を眺める内に黒い建物が映る。


 風通しの良さそうな建築物を前に慣性が止まった。炭酸が抜けたような音を発して車内に外気が雪崩れ込む。


 潮の香りに鼻腔をくすぐられながら沖縄最大級のバーベキュー施設に足を運ぶ。


 教員の指示に従って奈霧達と木製のテーブルを囲んだ。炭を積み上げる係とソフトドリンクを取りに行く係に分かれてバーベキューの準備を進める。


 店員が大きな皿を持ってきた。特産ブランド牛や与那城よなしろ漁港から直送された魚介類が新鮮な身を晒す。鶏肉に豚肉、ウインナーと種類も盛りだくさんだ。


 焼肉奉公は芳樹が請け負った。焼肉はレア以外認めないという謎のこだわりを見せて焼肉トングで赤身を持ち上げる。たらんと揺れる重量感が何とも食欲をそそる。


 ジューっとした音に遅れて香ばしい匂いが漂う。


 隆々とした腕に促されて仕切りプレートで肉を受け取った。東海岸を一望しながら旨みのかたまりを口に運んだ。程よい柔らかさと肉の味に本能的な歓喜を呼び起こされた。


 聞けば芳樹はバスケ部メンバーとバーベキューをした経験があった。先輩から教わった焼きテクとその味に感銘を受けて、肉は休ませろ理論の伝道師になったようだ。

 

 お肉美味しいーから始まって、会話がシーサーの出来に移り変わる。


 上手くできた、できなかった。金瀬さんのシーサーはチワワみたいだったと、笑みジェスチャー交えて愛あるいじりが展開される。


 俺も自然なノリで加わって、人影が一つ少ないことに気付いた。横目を振った先で井ノ原さんがポツンと肉をかじっている。


 談笑に加わる隙をうかがっているようには見えない。むしろ目立たないように動きを最小限にする節さえ見られる。


 一日目の展望ラウンジで奈霧と話した内容が脳裏をよぎる。


 俺はタイミングを見計らってグループの輪から抜けた。


「井ノ原さんはどの肉が好き?」

「え?」


 井ノ原さんが身をこわばらせる。


 俺は一人分のスペースを開けてベンチに腰を下ろした。

 

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