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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
6章
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第161話 展望ラウンジにて


「へえ、加藤さんがそんなことを」


 奈霧が感嘆の吐息をもらした。


 遅めな昼食を摂った後は次のプログラムまで自由行動だ。足を運んだ展望ラウンジで奈霧と鉢合わせて今に至る。


 佐田さんやゴリラ、性欲モンスターはグリーンフィールドへ乗馬体験しに行った。


 乗馬体験、いかにも面白そうな響きだ。小休憩したら奈霧を誘って一緒に行こう。


「正直俺は意外とは思わなかったよ」

「どうして?」

「ただの脳筋じゃバスケでエースは張れないだろうし、文化祭でもフォローしてもらったからな。地頭は良い方なのは知ってたんだ」

「それ分かる。私も釉くんと仲直りする時は手伝ってもらったし。加藤さんがいなかったら今も釉くんと追いかけっこやってたかも」

「どれだけ臆病なんだよ俺」

「違うって言い切れる?」

「言い切れる」


 奈霧が目をぱちくりさせる。


 心からの言葉だけど、奈霧が考えているであろうそれとは意味合いが異なる。


 奈霧と仲直りしてなかったらきっと父さんに逆らえなかった。これ以上奈霧に迷惑は掛けられないと自分に言い聞かせて留学を決めたはずだ。追いかけっこする機会は永久に失われていただろう。


 そうならなかったのは、勲さんや祖母と言葉を交わしたことが大きい。何より奈霧と請希高校を卒業したかったから、勇気を振り絞って父に会う約束を取り付けることができた。


 奈霧と追いかけっこしたのも、全ては芳樹と知り合えたからこそ。入学式の日に二股野郎呼ばわりされた甲斐があったというものだ。


「そっちはどうだ? 仲良くやれてるのか」

「うん。ちょっとしこりはあるけどね」

「しこり?」

「何て言うのかな。金瀬さんとはいつも通りに話せるんだけど、井ノ原さんとは時々距離を感じるんだよね」

「距離か」


 思い至る節はある。


 井ノ原さんが俺達のグループに加わってから二か月ほど経った。体育祭で一緒に頑張ったし、同じテーブルを囲んで食事もした。仲は大分深めた自信がある。


 でも彼らは普通の級友じゃない。今の関係は一度千切れてから修復されたものだ。


 井ノ原さんは元々金瀬さん達と交友関係があった。佐郷の件で金瀬さん達が誤解を受けた際に、交流して間もなかった井ノ原さんが距離を置いた経緯がある。


 悪く言えば、金瀬さん達と同類だと思われたくなかったから逃げた。そりゃ仲直りしたところで罪悪感は残る。全部元通りというわけにはいかない。


「居心地が悪いってわけじゃないんだよな?」

「うん。最低限コミュニケーションは取れてるよ。さっきも同じテーブルで昼食を摂ったし、笑顔の金瀬さんに引きずられていったから」

「最後のは仲が良い証明になるのか?」

「なるよ。金瀬さんかなりグイグイ行くタイプだし、仲良くなかったらとっくに敬遠されてるって」

「距離の見極めが上手だよな」

「そう。絶妙なところで線引いてくるよね。何度か釉くん取られそうになったけど、あの笑顔見るとつい許しちゃう」


 教室での一件が脳裏をよぎって苦笑する。


 奈霧には気の毒だけど、懸命な声で「私の彼氏」宣言されて胸の内が熱くなった。定期的に聞きたいくらいだ。


「口元が緩んでるよ。何を想像してるの?」


 栗色の瞳がすぼめられる。


 俺は仕切り直しの意図を込めて咳払いした。


「話を聞くに、距離を詰めるのが上手い金瀬さんでも詰めあぐねてるってことだな」

「そういうこと。どうすればいいのか分からなくてさ」

「放っておいていいんじゃないか?」

「え?」

 

 奈霧が目をぱちくりさせた。


「放っておくって、時間が解決するまで干渉しないってこと?」

「ああ。冷たく思えるかもしれないけど、俺達が井ノ原さんのためにしてやれることは何もないよ」


 おそらく必要なのはきっかけだ。


 ただ時間が過ぎ去るだけじゃ何も変わらない。解決の足掛かりを得る機会に恵まれるから好転するんだ。俺が奈霧や父と関係を修復できたのも、元を正せば時間の変遷で環境が変わったからだ。


 井ノ原さんのケースも同じこと。


 下手に詰め寄っても同じ極を帯びた磁石のごとく反発して終わる。糸口が得られるまで付かず離れずを維持した方が、結果的には適切な付き合いに繋がるはずだ。


 奈霧がグラスを傾ける。


 内部の氷が当たってカランと音を立てた。


「ずいぶん決め付けるね。経験則?」

「ああ」

「そっか。分かった、気長に接してみるよ。話は変わるけど、これからグリーンフィールドに行ってみない? 馬に乗れるみたいなんだ」

「ちょうど俺も誘おうと思ってた」

「じゃあ決まりだね」


 クッキーを咀嚼そしゃくしてグラスを握った。紅い液体を口に含んで口内を品のある苦さで満たす。


 人生初の乗馬に想いを馳せて椅子から腰を浮かせる。


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