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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
6章
160/184

第160話 沖縄へ


 同級生に混じって整列した。


 点呼を終えて簡単な朝礼が行われた。担任教師を先頭に通路の床を踏み鳴らして空港内の喧噪に混じる。


 飛行機内部の床に靴裏を付けた。独特の芳香に包まれて座席に腰を下ろす。アナウンスを耳にしてシートベルトを締める。


 背中が背もたれに押し付けられた。窓の向こう側にある景色が徐々に目尻へと流れる。やがて地面が遠ざかって歓喜の悲鳴が上がる。


 空間が和やかさを取り戻した。


 俺は友人とトランプをたしなみつつ視界内に空の色を映す。


 一面に広がるのは済んだ水色。雲が織り成す白いじゅうたんは見事の一言だ。衝動的に一枚写真を撮って、快晴の南極を映したような写真を前に胸が弾んだ。


 機内食で小腹を満たしながら友人とたわむれること二時間。アナウンスが流れて自分の席に腰を下ろした。シートベルトを着用して窓外に視線を振り、刻々と迫る地面を見詰める。


 機体が微かに揺れた。体に掛かる慣性が止まって、視界内のクラスメイトがアナウンスに従いぞろぞろと腰を浮かせる。


 俺も同年代の背中に続いて生温かい外気に身をさらした。花の匂いだろうか、独特な甘い芳香に鼻腔をくすぐられて口角が浮き上がる。


 今度はバスに乗り込んだ。窓ガラスに映る景観が後方に流れて、視界内を占める緑色の割合が増す。


 青々しい眺めを背景に移動すること数十分。炭酸が抜けたような音に続いて土と樹木の濃厚な香りが漂う。


 芳香に違わず樹木が立ち並んでいる。自然の活力で飾られた視界内には、赤みを帯びた草木や花がアクセントとして散りばめられている。


 同級背に混ざって歩行スペースに踏み出した。潮の香りに包まれながら、進んだ先に鎮座している石碑を囲む。


 平和への祈りを捧げてから資料館に立ち寄った。戦争を経て残された資料に目を通して、当時を知る老人から当時の話をうかがった。


 黙々と元来た道をたどって再びバスの床に靴裏をつけた。フロントガラス越しに主張された数字を視認して靴先を向ける。


 ここから先はグループごとに分かれてバスに乗り込む決まりだ。


 俺達のグループは海づくしコース。車体に揺られて公園の景観を目尻に流す。


 心無しか周囲の声が抑えめだ。戦争の話を耳にして思うところがあったのかもしれない。


 よく歴史は繰り返すという言葉を耳にする。歴史を紡ぐのが人なら、見方によって人は進歩しないと同じ意味になる。


 賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ。ビスマルクの格言だけど、俺も前者の側であることを心がけたいものだ。

 

 前を走る車両が別の道に消えた。後ろを走っていたバスも右に消える。


 海づくしコースのルートを進む内に橙色の屋根が見えた。忘れ物がないように注意を受けて、数十分ぶりに外の空気を吸い込む。


 左右に退く自動ドアの隙間に足を踏み入れるなり開放的なエントランスが広がった。


 落ち着いた色合いがカフェみたいで洒落ている。円形を上手く取り入れた内装は柔らかな雰囲気が醸し出されて面白い。


 入館式を経て一旦解散した。芳樹に尾形さん、佐田さんと合流して用意された部屋へと歩みを進める。


 途中尾形さんと佐田さんが足を速めた。いっち! いっち! と言いながら入り口前で腕を引き合う。


 俺はルームメイトの横を擦れ違って『いちばーん』を告げた。後から入室した二番と三番にもみくちゃにされた。

 

「良い眺めだなー!」

「ほんとなー」


 気を取り直した佐田さんと尾形さんが窓際で声を張り上げた。


 窓の向こう側にはバルコニーが設けられている。早朝にコーヒーカップを持ってチェアに腰かければ優雅なひと時を過ごせそうだ。


 視線を奥に向けると幾多もの屋根が散在している。キノコの群生じみた景観の奧には青々とした海面が広がっている。部屋が高所にあるとちんまりした別の島が見えておつだ。


 一人静かなことに気付いて振り返る。


「どうした芳樹、今日はずいぶん静かだな」


 さっきの競争も普段の芳樹なら嬉々として参加する。持ち前のフィジカルで二人を押しのけた末にいっちばーん! を叫んでいただろう。


「ちょっと考えごとをな。市ヶ谷は、何でオリンピックが四年に一度開催するか知ってるか?」

「古代ギリシャの太陰暦だろう? あくまで有力な説って話だけど」

「そうみたいだな。当時のギリシャはドンパチしてたって話だけど、宗教が絡む古代オリンピックの日だけは休戦した。その歴史にちなんでなのか、オリンピックは世界平和を祈念して立ち上げられたんだってよ」

「よく知ってるな」

「平和の礎にいる時にクラスメイトの話が聞こえてさ。ほら、俺バスケやってるだろ? 気になってバスの中で調べたんだ。スポーツが平和の祭典として続けられてるって、よくよく考えるとすげえことだよな。オリンピックのシンボルも考えられてるみたいだし」


 オリンピックのシンボルマークを描いたのはフランスの男爵ピエール・ド・クーベルタンだ。


 彼がデザインした輪はアジア、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、ユーラシアの五大陸を表す。輪を彩る色に背景の白を用いると大半の国旗を表現できるという理由で配色されたらしい。


 そんな近代オリンピックの父には「重要なのは参加することである」という名言がある。実際に継げたのはペンシルベニア大主教だけど、どのみち深い言葉であることに変わりはない。


 オリンピックには、世界大戦で中止を余儀なくされた時期がある。大勢が命を散らせた惨劇だ。国際交流が破綻してもおかしくなかった。


 オリンピックの歴史は現代でも紡がれている。世界各地での紛争は終息する気配がない一方で、致命的な破綻までは起こっていない。


 どんなに馬が合わなくても、話し合いの席に参加することに意味がある。それは現代社会においても通じることなのかもしれない。


「どうしたんだよ。二人ともしんみりして」

 

 尾形さんと佐田さんが窓際から戻ってきた。


 せっかくの修学旅行。しんみりした空気は台無しだ。


 俺はチャンスとばかりにおどけてみせた。


「芳樹が腹減ったってさ」

「言ってねえ! もっと良い話してたぞ俺っ!」

「え、そうだっけ」

「あーそういうこと言うんだな市ヶ谷。二人とも聞いてくれよ。市ヶ谷ってひどいんだぜ? 奈霧さんと寝たいから、先生に内緒で奈霧さんと変われだってさ」

「言ってない!」


 突然何口走ってるんだこいつは⁉ 


 バッと尾形さん達の方に視線を向ける。


 まずい。ハロウィンの日に俺のベッド下を覗き込んだ二人だ。どうせ悪ノリするに決まっている。早く何とかしないと。


「普通じゃね?」


 予想に反して、尾形さんが真顔で言い放った。


「真顔⁉ ひっど!」

「ひどくないっしょ。誰だってゴリラより奈霧さん抱いて眠りたいだろ」

「尾形の方がひっど⁉ この性欲モンスターめ!」

「ええそうですよ? 性欲旺盛な男子高校生ですとも」

「アルフォート食う? バナナ味」

「食う!」

 

 芳樹が佐田さんに歩み寄る。


 芳樹が弾けた時はどうしたものかと思ったけど、これで一件落着だ。


 内心ほっと胸をなで下ろした刹那、尾形さんと目が合った。


「一応言っておくけど、やるなら別のホテルでな」

「何を⁉」


 一難去ってまた一難。声を張り上げたせいで、芳樹と佐田さんにも絡まれる羽目になった。


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