第158話 遠足を楽しみにする高校生
通学路をたどり切って自室の玄関に踏み入った。荷物を置いて下着とジャージを回収し、その足で脱衣所に足を運ぶ。
日常的禊ぎを済ませて湯を浴びた。ジャージにほかほかの腕を通してダイニングルームに踏み入り、調理器具や食器の具合を確認する。
電子音が室内を駆け巡った。インターホンに歩み寄ってモニター越しに訪問者と目を合わせる。
入室許可を出して遠隔で解錠した。ドアを開け放って廊下とリビングをつなぐ。
正面で開くドアの隙間から外の光景が露わになった。
「こんばんはー!」
「お邪魔します」
「いらっしゃい、二人とも」
霞さんと白鷺さんにスリッパを勧めて、一足先にリビングの床を踏みつける。
遅れて踏み入った二人が持参した食材をもらい受けて夕飯の調理に取り掛かる。
作るのはカレー。香辛料の匂いに包まれながらテーブルに人数分のスプーンを並べた。白鷺さんが盛り付けた皿を受け取ってダイニングテーブルの上に並べる。
同じテーブルを囲んでいただきます。三人手の平を合わせて食器に腕を伸ばす。
「修学旅行はどこ行くの?」
「沖縄」
「海が綺麗なところですね」
「沖縄かぁ。行ったことないなぁ」
「沖縄観光したことないのか?」
「ないよ。私達はろくに外出させてもらえなかったから」
「ネグレクト気味でしたからね。大方恥だとでも思われていたのでしょう」
意図せず口元を引き結ぶ。
俺からすれば信じられない話だ。霞さんは服飾でいくつも賞を取っている。白鷺さんは大人びていて俺から見ても格好良い。
父親なら鼻が高いはずなのに、自分の娘をそこまで忌むべきものとして扱えるものなのか。
「ユウは行ったことあるの?」
問いを受けて夕食の場に意識を戻す。
せっかくの会食だ。不愉快なことを考えるのも馬鹿馬鹿しい。
「ないよ」
「そうなんですか? 日本の小学生は修学旅行で沖縄に行くと聞きましたが」
「俺は小、中と学校に行ってないんだ。わけあって不登校だったからな」
「そうでしたか。うかつなことを聞いてしまいました」
「それは気にしなくていいけど、俺の侍従になる時に聞かされてなかったのか?」
「はい。秀正さんからは、母方の義父の家に預けたとしか聞き及んでません」
理由の有無に関わらず、不登校と聞いて良いイメージを持つ人はいない。
霞さんと白鷺さんは俺と年が近い。父なりに俺を気遣って伝えなかったのだろう。
俺は空気が重くならないようにおどけてみせた。
「まあそんなわけでさ、柄にもなく修学旅行を楽しみにしてるんだ。遠足を楽しみにする小学生の気分なんだよ」
「可愛いですね」
「その返しはやめてくれ」
「予定に自由時間はあるの?」
「ああ。三日目が自由行動だ」
「しおり見たい! 見せて!」
霞さんが身を乗り出す。
来年は二人の番だから気になるのだろうか。遠足を待つ子供なのは俺だけじゃないみたいだ。
仲間を見つけた心持ち。くちびるの内容物がヘリウムガスと化したように浮き上がる。
「今取って来るよ」
「食事が終わってからでいいのでは?」
「ううん今! ユウが忘れるといけないから!」
「忘れないって」
苦笑してチェアから腰を浮かせた。廊下の床を踏み鳴らして自室につながるドアを開け放つ。
学生カバンから修学旅行のしおりを引き抜いて元来た廊下をたどった。
「どうぞ」
「ありがと」
繊細な手がしおりを開いた。白鷺さんが霞さんの左頬に顔を近付ける。
「三日目はどこを回るか決めてるの?」
「ああ」
「ルート教えてよ」
「聞いてどうするんだ? 旅行に行くのは俺達だぞ」
「もしもがあるでしょ。アクシデントに備えて、私達だけでも居場所は知っておいた方がいいと思うの」
「んー?」
意図せず首が傾く。
いまいち解せない。今時迷子になってもスマートフォンがあれば合流は容易だ。
それに連絡の相手は教師やクラスメイトが適している。わざわざ東京にいる霞さんに掛ける理由が無い。
とはいえ伏せる理由もない。自由行動中にたどるであろうルートを告げて、その後は夕食の手を進めながら談笑に励んだ。