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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
5章
149/184

第149話 聡と才覇


「はぁ」

 

 聡は深く嘆息した。絢爛けんらんな内装を突っ切って高級ホテルの一室に踏み入る。


 スリッパに足を差し入れて床を踏み鳴らした。身をひるがえして柔らかなソファーに体重を預ける。


「困ったな……」


 まぶたを閉じる。


 そのまま意識を闇に浸そうとした時だった。スマートフォンがバイブレーションを鳴り響かせる。


 ポケットに手を突っ込んで携帯端末を握った。液晶画面に記された名前を見て眉をひそめる。


 怪訝に思いつつも親指を引き寄せて耳に近付けた。


「やあ才覇。屋敷で顔を合わせた時以来だね」

「そうだな。ところで調子はどうだ? 買収計画の方は上手くいっているのか?」

とどこおっているよ。どこからか情報が漏れたみたいでね、すっかり警戒されちゃってるんだ。複数の子会社にTOB(ティーオービー)を仕掛けた奴もいるし、まったくどこの成金なんだか」

「それは災難だったな。せいぜい頑張れ」


 突き放された感覚を受けて目を細めた。


「ずいぶん他人事だね」

「俺の問題ではないからな」

「買収計画は定例会議で決まったことじゃないか。伏倉家全体のことだよ」

「貴様が無能の烙印を押されるだけだ。俺には関係ない」

「冷たいなぁ、それが弟に対する兄の言葉かい? もっと年下の家族を労わってもいいと思うんだけど」

「俺にそんなものを期待するな。それに、家族に礼を欠いたのは貴様の方だろう」


 息を呑んだ。


 記憶をたどった限り、該当する件は一つしかない。

 

 才覇がそれを知り得た理由。必要な時以外は連絡を寄越さない才覇が、このタイミングでコールをしてきた意味。


 思考が一つの解を導き出して、ソファーの背もたれから上体を離した。


「なるほど、この電話はそういうことか。理由は? 才覇は彼のこと嫌いじゃなかったっけ?」

「奴には借りがあってな。恩義には報いてやろうと思っただけだ」

「それはリサーチ不足だったなぁ。いつ借りなんてものができたんだい?」

「貴様の知るところではない」

「大事なことははぐらかしてばかりだね」

「何を言う、これは貴様が招いたことでもあるんだぞ。ビリヤードルームでのことを忘れたのか? 貴様から受けた恥辱ちじょくは今も覚えているぞ」


 きょとんとした。一泊遅れて苦々しい笑みが口元を歪ませる。


「根に持つねぇ。おいに良いところを見せられなかったのはそんなにショックだった?」

「そのような感性は持ち得ない」

「どうだか。秀正と百合江さんが屋敷に来た時は、わざわざ腰を落ち着けて釉さんと遊んでやったんでしょ? 秀正が意外だったって言ってたよ」

「あのお喋りが」


 頭の中で冷たいマスクが顔をしかめる。


 小さく笑い声が口を突いた。


「何故笑う」

「いや何も。正直失敗するとは思ってなかったなぁ。釉さん相手なら行けると思ったのに」

「情報が古かったな。今の奴はそこそこ逆境に慣れている。築いた人脈も相当なものだ」

「何があったら一年でそんなに変わるんだか」

「女だ」


 予想外の返答を耳にして思わず吹き出した。


「そうかそうか! 彼は奈霧さんと結ばれて元気になったわけか! 図らずも秀正に出し抜かれた時と同じあやまちを繰り返したわけだね」

「そうなるな。どのみち奴が脅迫に屈した時点で俺が敵に回る。娘の願いを叶えてやりたかったんだろうが、何をどうやっても貴様の悲願は叶わんよ」


 目を見張る。


 こわばりそうになる口を無理やり動かした。


「知ってたの?」

「当然だ。普段は余所余所よそよそしいくせに、俺達の目を盗んで霞に菓子や小遣いを恵んでいただろう?」


 才覇の言葉に嘘はない。


 嫌われ者たる優峯の子に親愛を向けるのは不自然だ。親切にする現場を見られたら、私と霞さんの仲を怪しまれると理解していた。だから霞さんにも姿を見せないように、時折お金を入れた封筒やお菓子を渡した。


 その甲斐あって、秀正は才覇の仕業と誤解していた。才覇は否定したけど、元々ツンとデレの気質を持つ男だ。そういうものだと信じて勝手になごんでいた。


 才覇は他人の視線でスタンスを変えるタイプじゃない。


 霞さんは哀れな女の子だけど、表向きはあの優峯の娘だ。才覇は霞さんに対して警戒心を向けた。父と母は、秀正と優峯の因縁から霞さんとの距離感をつかめずにいた。霞さんからすれば秀正とアンナさん以外は敵に見えただろう。


 子供は親を選べない。私が無責任にあの女を抱いたから、霞さんは不幸な環境に生まれ付いた。父と名乗り出る資格がないことも自覚している。


 だけど可愛いと思ってしまったんだ。いつも小さな体をびくびくさせているのに、お菓子を口にした時は幼い顔立ちをぱぁーっと華やがせた。


 娘のそんな姿を見たら、大半の父親は放っておけなくなると思う。もっと嬉しそうな顔を見たい、自分にやれることはやってやりたいと考えるはずだ。少なくとも私はその欲求に抗えなかった。


 かつて見た笑顔を想起する間も才覇が言葉を募らせる。


「気になってDNA鑑定を行ったらほぼ百パーセントで貴様と霞は親子ときた。ずっと胸の内に秘めてきてやったんだ。感謝しろ」

「ありがとう。才覇は口悪いけどお人好しだよね」

「やめろ気色悪い」

「褒めてるんだよ。気を抜くと肩入れしすぎるから、親しい相手以外にはフィルターを設けて冷たく当たるんだよね。釉さんが君に話を持ち掛けた時も意地悪したんじゃない?」

「人聞きが悪いな、俺は試しただけだ。奴は伏倉の次期当主。いずれ俺達の上に立って権力を振るう立場になる。俺は伏倉を支える男子としての義務を果たした。それだけだ」

「義務ねぇ。才覇から見て彼はどうだった?」

「良くも悪くも発展途上だな。優先順位を確立している一方で、早々に身内を切り飛ばせるほど薄情でもない」

「じゃあ及第点か。才覇が手を貸したくらいだし」

「辛うじてな。早々に天秤を傾けていたら俺が直々に引導を渡してやったところだが、そういう意味では合格だ」

「釉さんを認めたところ悪いけど、彼は次期当主の立場を放棄するって言ってたよ?」

「貴様が脅したからだろう。好き好んで権力と金を捨てる者がいるか。それに今回の件で奴も思い知ったはずだ。力を欲していようとなかろうと、名家の長男は策謀に巻き込まれやすい立場にある。大切なものを守るには、俺達に依存しない独立した力が必要だ。次期当主のポストはそれにうってつけだろう」

「ある意味好都合だね。釉さんが正式に婚約するまでは、まだ霞さんにも可能性があるわけだ」

「くどいぞ。念のためはっきりと言葉にしてやる。貴様の悲願は打ち砕かれた。速やかにおいから手を引け」

「はいはい、脅すのはもう止めるよ。奈霧さんとの恋路も邪魔しない。これでいい?」

「ああ」

「じゃあTOBで買い集めた株返してくれない?」

「5%上乗せで勘弁してやる」

「ちゃっかりしてるなぁ」


 話をまとめて通話を切った。大きく息を吐いてソファーの背もたれに身を委ねる。


「私の負け、か」


 実感が湧いて乾いた笑いが口を突いた。腹の底で沸々《ふつふつ》と熱いものが込み上げる。


 父や兄以外に負けたことはなかった。多くのライバルを蹴落とし、ファッションデザイナーとして名を馳せた自分が、あろうことか年下の子供にしてやられるとは。


 やり直せると思っていた。


 血の繋がった長男が息子と和解できたから、自分もやり直せると勘違いをした。娘が喜ぶことをすれば名乗り出る資格を得られるだなんて、あまりにも虫のいい話だ。


 父と名乗り出る機会は失われた。当分は才覇に目を付けられて動けない。


 きっとこれは罰なんだ。このまま真実を胸の内に抱えて生きていけという、身の程をわきまえなかった父親もどきに対する報いだ。


 スマートフォンのボタンをプッシュして液晶画面に親指の腹を叩きつけた。速やかにSNSの裏アカウントを削除してセンターテーブルの上に放り投げる。


 シャワーを浴びるべくソファーから腰を浮かせた。



第137話脅迫における『ドラマや映画で笑む悪役を思わせる。』という文は、聡が演じて脅迫した伏線のつもりで書きました。


あまりにささやかすぎてもはや伏線とは言えないのは内緒です。


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