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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
5章
148/184

第148話 ごまプリン


「何だと?」


 才覇さんの柳眉が寄る。


 選択は二つに一つと言われた手前だ。怒鳴られる覚悟を決めて口を開いた。


「俺は今、その決断をするつもりはありません」

「理解しているのか? 優柔不断はこの場で最も罪深き選択だぞ」

「勘違いしないでください。俺にも優先順位があります。いずれ選択を迫られる時が来るかもしれませんが、今はその時じゃない。だから最後まで足掻きますよ。奈霧と縒りを戻して、聡さんが伏倉でいられる未来を掴めるように」

 

 この選択を間違っているとは思わない。


 現にこれまでもそうだった。途中で折れていたら俺は何かを取りこぼしていた。積極的にしろ受動的にしろ、最善の未来を諦めなかったから今がある。


 だから諦めない。刺すような視線を真っ向から迎え撃つ。見定めるような瞳を凝視して、こちらに引く気はないと言外に伝える。


 どれくらいそうしていただろう。室内と廊下を隔てるドアがノックされた。


「大事な話をしている。後にしろ」

 

 ドアが開いた。思わず廊下の方に意識を向ける。


 レンズの向こう側にある瞳と目が合った。


「沙織、後にしろと言っただろう」

「ごめんごめん。でもお父さんは明日の早朝に日本をつでしょ? しばらく会えなくなるんだから、ちょっとくらいは我がまま聞いてくれてもいいんじゃない?」

「いや、俺達は伏倉の今後に関わる大事な話をだな」

「ほら悠治、いつまでドアの裏に隠れてんの? 久しぶりに会うから照れくさいのは分かるけど、お父さんがここに居られる時間は限られてるんだよ? 話したいことあるんでしょ?」


 廊下を背景に男の子がそーっと顔を出す。小学生の高学年だろうか。あどけなさを残した顔立ちと目が合う。


 俺は目を見張る。男児の大きな目も丸みを帯びた。


「あれ、プリン頭じゃん!」


 忘れもしない。林間学校のボランティアで顔を合わせた男児だ。


 どうしてここに? そう告げようとした刹那、空港帰りのカフェで交わした会話が脳裏をよぎる。


 花宮先輩は弟がいると告げていた。その弟がボランティアで説教した男児だったとは。世間は俺が思っている以上に狭いらしい。


 男児が口角を上げて歩み寄る。


「何でプリン頭がここにいんの? てか髪黒いじゃん! ごまプリンじゃん!」

「どっちも違う、俺は市ヶ谷さんだ。市ヶ谷さんと呼べ」

「だから何でさん付け強要なんだよ」

「悠治。知り合いか?」


 男児の視線が才覇さんに向けられる。


 小さな頭が縦に揺れた。


「うん。林間学校でアドバイスくれた人の話したでしょ? それがこいつ」

「市ヶ谷さんな。あの後帆苅さんとはどうしているんだ?」

「仲良くやってるよ。勇作とは大喧嘩したけどな」

「帆苅さんに意地悪してた男児か?」

「ああ。あいつ帆苅に気が合ったらしくてさ、俺が帆苅とキャンプファイヤーで踊ったのが気に食わなかったんだって」

「それは災難だったな」

「そうでもないよ。気まずくなったけど仲直りはできたし」

「それは良かった。これからも色々あるだろうけど仲良くやれよ」

「おうっ!」


 悠治なる少年がにかっと笑む。


 花宮先輩が弟の両肩に手を置いた。


「んじゃ悠治こっちおいでー」

「今度はどこに行くの?」

「自室。そろそろ行かないとお父さんキレそうだから」


 んじゃねーと言い残して、二つの人影がドアの向こう側に消えた。

 

 話はまだ終わっていない。俺は気を引きしめて才覇さんに向き直る。


 俳優然とした顔立ちが心中複雑そうにしわを寄せていた。


「貴様、これは計算の上か?」

「いきなり何ですか。俺が何を計算したと?」

「ふん、やはり秀正の息子というわけか。油断も隙も無いな」


 才覇さんが体の前で腕を組んだ。まぶたを閉じて小さく息を突く。


「喜べ、気が変わった。貴様に協力してやる」

「え?」


 戸惑いが言葉となって口を突いた。


 どういう気持ちの変化だろう。いまいち解せないけど、迂闊なことを問い掛けて気を変えられても困る。


 取り敢えずお礼を口にした。


「ただし条件がある。聡はポリープだ、優峯のような悪性ではない。この件を秀正に明かさないと誓うなら現状を打破してやる」

「元からそのつもりでしたから構いませんが、本当に父の力無しで収拾しゅうしゅうを図れるんですか?」

「それには心当たりがある。一週間だ。それまでに俺が収拾を付けられなければ告げ口でも何でもすればいい」

「分かりました。では連絡先を交換しましょう」


 互いにポケットからスマートフォンを引き抜き、長方形のそれを近くに寄せる。


「悠治が世話になったようだな。感謝する」


 何の前触れもなくつぶやかれて一瞬思考が漂白された。


 この人、どうやらお礼を言えるタイプだったらしい。見掛けによらず子煩悩こぼんのうなのかもしれない。


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