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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
5章
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第147話 天秤


 これで二人きり。あの怖い人と、二人きり。


 俺は固唾を呑んで才覇さんに向き直る。


「座れ」

「はい」


 俺はソファーの前で足を止めた。短く断りを入れて腰を下ろす。


 ソファーのが沈む。家具は値が張る物を置いているようだ。


「何か言いたそうだな」

「いえ、そんなことは」

「どうせ外観と家具の質に差があると思ったのだろう」


 意図せず息が詰まる。


 才覇さんが鼻を鳴らした。


「貴様も伏倉の人間なら覚えておけ。金はあればあるほどおのれを研げるが、同時に虫を集める諸刃の剣だ。巨額を有した途端に知らない友人や親戚が増えた、という話を耳にしたことくらいはあるだろう。金持ちほど絢爛けんらんに着飾らないのはそういうことだ」

「貴重なお話ありがとうございます。覚えておきます」


 本当かどうかはさておき、知らない親戚を警戒しているのは確かだろう。玄関には監視カメラやフラッシュマルチサイレンが備え付けられていた。今も横目を振れば窓はしっかり二重ロックだ。他の場所もホームセキュリティが行き届いているに違いない。


「それで、伏倉姓を捨てた恩知らずが何の用だ」

「話を聞いていただけるんですか?」

「娘の頼みだ、話くらいは聞いてやる。もっとも俺に話を持ち掛けるくらいだ、要求は金か権力のどちらかだろう。言ってみろ」


 身も蓋もないけど、ここで誤魔化すと後が怖い。


 俺は意を決して口を開いた。


「俺は今、聡さんに脅されています」

「ほう、それは興味深いな。詳細を聞かせろ」


 才覇さんの背中がソファーの背もたれから離れる。俺はここぞとばかりに内情を口にした。


 才覇さんが背もたれに体重を預ける。


「事情は把握した。聡に茶々《ちゃちゃ》を入れるのはやめろとさとしてほしいのだな?」

「はい」

「そうか。ならば俺は、貴様に一切手を貸さない」


 思わず目を見張る。


 予想はしていた。俺は才覇さんに疎まれている。簡単に良い返事を聞けるとは思っていない。


 それでも、何のためらいもなく言い放たれるとは思わなかった。


「理由を、うかがっても?」

「俺には何のメリットもないからだ」

「メリットはあります。聡さんを伏倉から追放せずに済みます」

「虎の威を借る狐と来たか。確かに今の秀正ならやりかねんが、それが俺のデメリットになるのか?」

「少なくとも伏倉家の力が弱まります」


 伏倉家は歴史が浅い。名門と比べて格は落ちる。


 それでも一目置かれているのは、父も含めて豊富な資産を有しているからだ。新たに事業を始める際には、一族のコネクションや情報、時には金力を総動員する。


 その影響力は計り知れない一方で、伏倉一族を支えるのは三つの柱だ。祖父や祖母もそれなりの資産を有しているはずだけど老い先は決して長くない。一人欠けただけでも大きな打撃になる。


 才覇さんの口からくぐもった笑い声がもれた。


「貴様は勘違いをしているようだな。俺は伏倉の名に執着していない。欲しいのは力だ。それが手に入るならば喜んで伏倉の敵に回ろう」

「そんなこと、父に聞かれたら」

「何かしらの処罰はされるかもしれんな。だから何だ? 優峯のように切り捨てられる可能性は常に想定している。備えもしてきた。聡が伏倉の名を失うならば、俺は伏倉家当主の座をエサに奴を引き込むだけだ。さすがの秀正も、俺と聡を敵に回せばひとたまりもないだろうな」


 情けなさに負けて視線が膝元に落ちる。


 駄目だ、全然思う通りに事が運ばない。このままじゃ奈霧だけじゃなく父も巻き込みそうだ。


「どうしてそんなに冷たいことを言うんですか。父と才覇さんは兄弟なんでしょう?」

「クハハハハッ!」


 哄笑が室内を駆け巡る。


 嘲笑の気配を感じてキッと視線を上げた。


「何がそんなに可笑しいんですか?」

「これが笑わずにいられるか。何を言うかと思えば家族だと? つまり貴様はこう言うわけだな? 相手がどれほどのクズでも家族ならば助けると。何て薄情な男なのだ貴様は」

「薄情?」

「違うのか? ならば何故貴様はアメリカの屋敷を訪れた」

「父の計らいです」

「そうだ。請希高校に入学して自らをはずかしめた輩に引導を渡し、秀正の力で短期留学の機会を得たからだ。さて、貴様は今日に至るまで何人のしかばねを踏み付けた? この際二人のクズは外してやろう。貴様が請希高校に受かったことで、同じ学校を志望した善良なる同期が一人泣く羽目になった。そいつはいいのか? 家族じゃないから泣いても構わないと?」

「それは屁理屈です。枠は決まっているんですから、あふれる者が出るのは仕方ありません」

「その通り。人生は基本蹴落としゲームだ。恵まれた者から順に用意された椅子に座る。またある時は、人に不幸を押し付けてその席を奪う。今回の貴様がまさにそれだ。好きな女を取って秀正と連絡を取るか、聡のために自らの幸せを諦めるか。選択は二つに一つだ。どちらを選ぶ? 次期当主」


 才覇さんの右腕が九十度を描く。返された手の平の上に天秤を幻視した。奈霧を諦めるか、聡さんを破滅に追いやるか。実体のない天秤が二つの選択肢を載せて揺れる。


 奈霧は言わずもがな、聡さんを追放しても俺は自責の念を感じるだろう。


 どちらを選んでも詰め腹を切らされる。その上で選ぶしかないのなら。


「俺は、どちらも選びません」


 意思を視線に乗せて、不敵に細められた瞳を見返す。


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