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罪には罰を  作者: 原滝飛沫
5章
145/185

第145話 思わぬ伝手


 霞さんはあれから登校していない。


 食事も配達プラットフォームを使っているようだ。スマートフォン越しに呼び掛けても既読すら付かないし、外でチャンスをうかがっていても接触する機会がない。


 白鷺さんにも話をしたけど収穫はなかった。誕生日会での粗相を叱ったことで逆ギレされて、そのまま顔も合わせていないらしい。


 問題は俺が思っている以上に根深い。


 霞さんが奈霧を疎んでいるのは分かった。思い至る節と言えば俺への好意以外にない。


 でも自室で見た感情の発露は相当なものだった。水族館では、デザインの技術も俺との再会に備えて磨いたと告げていた。


 小さい頃に一度会ったくらいで、あそこまで激烈な好意を抱くものだろうか。恋慕と執着は紙一重だけど、霞さんの入れ込みようはそれだけじゃ説明できない気がする。


 諸々に頭を悩ませているとスマートフォンにコールが掛かった。俺は速やかに放課後の帰路を辿って歩き慣れない道に逸れる。


 指定された事務所に足を運んだ。備え付けられたインターホンのボタンを人差し指で突く。


 ドアの向こう側から人工的な明かりが漏れた。筋肉で難事件を解決しそうな探偵と視線を交差させる。


 軽く挨拶を交わして事務所に踏み入り、洋風の内装を突き進む。シャーロック・ホームズを意識したのだろうか。アンティークに並々ならぬこだわりがうかがえる。


 ソファーを勧められて腰を下ろした。茶碗の底がテーブルの天板をことっと鳴らす。会釈して茶碗の中身を口に含む。


 体格からは想像できない繊細な味だった。


「早速だがこれを見てくれ」


 隆々とした腕が封筒を差し出した。俺も腕を伸ばして中身を改める。


 封筒に入っていたのは書類。文字がずらっと並んでいる中で、見たことのある顔が写真に納まっている。


「その人物で間違いないか?」

「はい、間違いありません。父には?」

「知られてないはずだ。その伝手は使ってないからな。もちろん伏倉聡やその関係者にも接触していない」

「ありがとうございます」

「じゃ分かったことを説明するぞ。今回対象となった人物は伏倉才覇、お前の叔父だ。両親は存命で、別姓の伴侶に子供が二人いる」

「離婚したってことですか?」

「いや、単に性別を伏倉にしてないだけだ。姓を選ぶ権利ってやつだな」


 呆気にとられた。


 才覇さん結婚してたのか、あの性格で。いかにも家庭内暴力を振るいそうだけど家族には甘いタイプなのだろうか。


「それで、才覇さんの連絡先は分かりましたか?」

「それは無理だった。連絡先の入手に限っては秀正を介さないと難しそうだ」


 すーっと体から熱が引く感覚があった。


 表情には出さないように努める中、龍治さんが頭の後ろで手を組む。


「才覇って奴とんでもねえ野郎だぜ。心当たりがある奴に片っ端から当たってみたが、あいつの連絡先知ってる奴はほとんどいなかった。以前才覇と取り引きした奴も例外なくだ」

「教える先を見定めてるってことですね」

「ああ。一目置いた奴にしか直の連絡先を教えないし、そういう奴は口も堅い。直接電話で話すのは諦めた方がいいだろうな」

「そう、ですか」


 才覇さんを通して圧力が掛けられないとなると、次は祖母に連絡するしかない。


 日本に戻る航空機内で聞いた話では、祖母は優峯の追放について口を開かなかった。


 優峯の所業を考えれば仕方ないことだけど、聡さんのはかりごとは父や祖母にとって二度目の裏切りだ。祖母は聡さんを見逃すだろうか。


 仮に処断へと踏み切るなら、俺は間接的に聡さんを破滅させることになる。想像しただけで心が鉛と化したように重くなる。聡さんが祖母への告げ口を警戒しないはずはないし、これからどこに舵を切ればいいのだろう。


 どのみち俺がやれることは少ない。後悔しないように身の振り方を考えよう。


「ありがとうございました。後のことはよく考えてみます」


 靴裏に体重を乗せて腰を浮かせる。


「待て待て、まだ話は終わってねえぞ」

「でも連絡先は分からなかったんですよね?」

「渡りを付ける手段はスマホだけじゃねえだろ。俺達は人間だぜ? 結びつきのある人を紹介してやる」

「本当ですか⁉」


 思わず声が張り上がった。


 座れとジェスチャーされて、俺は再びソファーに体重を預ける。


「それで、誰なんですかその人は」

「聞いて驚け、お前の先輩だ」

「先輩って、請希高校の先輩ですか?」

「おう」


 まぶたが重くなった。


 何というか、すごく嘘くさい。俺の知り合いで傍若無人を感じさせる先輩はいない。ギリ菅田先輩が当てはまるかどうかだ。


 知り合いならまだいい。俺の悪評はある程度払拭されたけど、警戒心を残している相手だと厄介だ。


 龍治さんが左手首に視線を落とす。


「来ねえな。もうとっくに集合時刻過ぎてんのに」


 呟いた直後だった。軽快な電子音が室内を駆け巡る。


 龍治さんがソファーから腰を上げた。ドアに歩み寄ってモニターを視認し、鍵を開けて外の人物を迎え入れる。

 

「すみません、遅れました」


 俺は思わず目を見張る。


 レンズ越しの瞳と目が合った。


「やあ、始業式前に会って以来だね。市ヶ谷さん」


 花宮元生徒会長。知り合いの卒業生がニッと白い歯を覗かせた。


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