第141話 年下の彼女
中間試験が始まった。
心配事を抱えていても試験は待ってくれない。俺もクラスメイトに混じってシャーペンを握った。
奈霧は見るからに元気がなかった。休み時間になっても金瀬さん達と顔を合わせることなく、一人で机の天板と向かい合っていた。
中間試験最終日。奈霧の様子が気になったらしい。金瀬さんに何か知らない? と問いかけられた。
奈霧は別れたことを広めていない。その事実を耳にして、内心ほっと胸を撫で下ろした。
奈霧の男子人気の高さは、佐郷や風間といった過激な連中が教えてくれた。俺達が別れたと知ったら急接近する輩が出るかもしれない。奈霧が自暴自棄になって応じたら最悪だ。
俺だって本意で別れたわけじゃない。奈霧が他の男子にべったりする様を想像すると胸をかきむしりたくなる。同級生が状況を知らないのは都合が良い。
この状況は永遠じゃない。何がきっかけで破局が広まるか分からない。
俺達の破局が広まる前に、この件に片を付けたいところだ。
「ユウーっ!」
俺が決意を新たにした時だった。教室の出入り口でナチュラルな金色が揺れる。
教室内が微かに賑わいを帯びた。クラスメイトが近くの友人と顔を見合わせて言葉を交わす。
霞さんの容姿は目立つ。対面式の日から度々話題に上がっていた。そんな下級生が突然自分達の教室に来たら驚いて当然だ。
「あれ?」
視線を戻した頃には、美麗な人影が出入り口から消えていた。
ポケットの中から振動が伝播した。スマートフォンを引き抜いて通知を視認する。
俺は椅子から腰を上げて廊下の床に靴裏を付ける。
いない。
歩を進めると、霞さんが廊下の曲がり角に隠れていた。
「どうしてこんな所に隠れたんだ?」
「人が多いところは苦手だから」
「苦手って、学校にいるじゃないか」
「広い場所なら大丈夫なの。アンナもいるし」
「そういえば今日は白鷺さんがいないな。教室にいるのか?」
「うん、まあ」
サファイアのような瞳が逸れた。
ただ置いてきたって雰囲気じゃない。深入りするのも酷と思って話題を変える。
「それで、教室まで来てどうしたんだ?」
「せっかくだから顔見て話したいと思って。午後はフリーでしょ? デートしようよ」
心臓が跳ねた。とっさに首を振って廊下を見渡す。
人影はない。小さく息を突いて霞さんに向き直る。
「デートするのはいいけど、あまり吹聴しないでくれよ?」
「どうして?」
「どうしてって……」
俺は口をつぐむ。
俺と霞さんは付き合っている。スマートフォン越しに好意を告げて、霞さんが了承した。
俺にとっては一時的な関係だ。聡さんに手を引かせたら、俺は奈霧と縒りを戻したい。その時のことを考えると、霞さんとの関係が広まるのは好ましくない。
これはあくまで俺の事情。霞さんが俺を好いてくれているのは知っている。罪悪感に苛まれながら適当な言葉を考える。
「その、恥ずかしいじゃないか」
「どうして?」
「霞さんも愛故にくらいは耳にしたことあるだろう?」
「うん。クラスメイトが盛り上がってた」
「それなら分かるだろう? あれだけ派手にやったのに一年ももたなかったって、さすがに思う所があるんだ」
「気持ちは分かるけど、ユウと奈霧さんは合わなかったんでしょ? だったら堂々とすればいいじゃん。大丈夫! 別れたことを後悔させないくらい、私がユウを幸せにするから!」
小さな顔に満面な笑みが浮かぶ。
こんな可愛らしい子の好意をもてあそんでいる。罪悪感で胃の中身が逆流しそうだ。
ゆがみかけた表情に笑みを間に合わせた。
「話をデートに度すけど、行きたい場所はあるのか?」
「んーまだどこに何があるか覚えきれてないんだよね。ユウにエスコート頼んでいい?」
「分かった。放課後までに考えとく」
やった! 霞さんが意気込んで身を翻す。
ショートホームルームの時間が迫っている。俺も霞さんに背を向けて教室への道のりを歩む。